とりかえ家族
月ヶ瀬 杏
I
「
「こんにちは。
自転車を停める博美に挨拶をして、チャイルドシートに座る彼女の娘にも声をかける。博美の娘の凛花は、幼稚園指定の紺の帽子を下げると恥ずかしそうに顔を隠した。
「凛花、こんにちは、は?」
すぐに挨拶をしない凛花に博美が強い口調で注意する。
博美は、挨拶や生活態度など、子どものしつけに結構厳しい。他人の前でも、ダメなこと、よくないことは、はっきりと叱る。
「こんにちは……」
注意された凛花は、うつむきながら小声で沙友里に挨拶をした。
「こんにちは」
沙友里がもう一度笑顔で挨拶を返すと、凛花が目線だけを上げて少しはにかむ。
笑いかけるといつも嬉しそうに笑顔を返してくれる凛花のことを、沙友里は可愛い子だと常々思っていた。
大きくて少し垂れ目気味の凛花は人見知りでおとなしく、気が強そうなつり目でズバズバとはっきりとした物言いをする博美とはあまり似ていない。
「凛花、挨拶は大きな声でね」
おとなしい凛花への博美の声かけはいつも厳しい。
少し萎縮している凛花を横目に見つめながら、沙友里は小さく苦笑いする。
「竜ちゃんは今日もサッカー?」
そんな沙友里に、博美が凛花を自転車からおろしながら訊ねてきた。
「うん。今週末試合だから、張り切ってる」
「竜ちゃん、毎回試合のメンバーに選ばれてるんでしょ。蓮人が言ってたよ。すごいね」
「ありがとう」
今年小学校四年生になる息子の
一年ほど前から、試合にもスタメンで出してもらうことが増え、竜介はますますサッカーにのめり込んでいた。
週末のほとんどが試合で潰れてしまうし、沙友里がサポートしなければいけないことも多いけれど、竜介が毎日楽しそうにしているのは嬉しい。
「
沙友里が軽い気持ちで訊き返すと、博美が「待ってました」というように目を輝かせた。
「頑張ってるけどまだまだかなあ。もっと頑張らせないと志望校のレベルには届かないから」
そう言って肩を竦めていたけれど、博美の表情を見る限り、蓮人の塾での成績は上々なのだろう。
沙友里の子の竜介と博美の子の蓮人は同級生で、幼稚園からの幼なじみだ。
去年までは蓮人も竜介と同じクラブチームに通っていたのだが、教育熱心な博美は蓮人が四年生に上がる前にサッカーをやめさせて、中学を受験するために塾通いに切り替えた。
塾の講義はまだ週二日程度らしいのだが、博美は塾がない日も蓮人に夜遅くまでみっちり勉強させているらしい。
「蓮人くんは、昔から頭よかったもんね。何でも自分でしっかりできてたし」
「そんなことないよ」
蓮人のことを褒めると、博美の小鼻が嬉しそうに少し膨らむ。
「それに引き換え、うちの竜介はだらしないから心配だよ。帰ってきたら、ランドセルはほったらかしだし。いつも宿題は後回しだし」
竜介の愚痴をこぼす沙友里だが、本気でけなしたいわけではない。多少ダメなところがあっても、子どもは可愛い。
だが博美は、それを聞いて明らかにバカにするようにふっと鼻で笑った。
博美はサッカーが得意な竜介よりも、勉強ができる蓮人のほうが上だと思っているのだ。そんな本音が彼女の表情に見え隠れする。
母親たちの話を黙って聞いていた凛花が、少し心配そうに沙友里の顔を見上げてくる。その視線に気付いた沙友里は、博美に感付かれないように、そっと凛花に微笑みかけた。
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