序章 初恋の人③
あくる日、俺は慌てて志保さんの自宅に行った。
勿論、『つねちゃん』の事を聞く為だ。
突然、訪問して来た俺に志保さんは驚いた様子だったが、亡くなったのが当時俺の担任だった『つねちゃん』だという事を知り、快く昔の『つねちゃん』の話をしてくれた。
『つねちゃん』は俺が卒園後、俺の最寄りの駅から3つ目の駅が最寄り駅になる近くの幼稚園に転任したそうだ。
今、考えれば自転車でも……いや、今の俺なら歩いてでも行ける距離にある。
そして『つねちゃん』は、その幼稚園に6年近く勤めた後、数年置きに市内の幼稚園を転々としていたという事だが、志保さんとはその間に同じ幼稚園で先輩、後輩の関係になったらしい。
志保さん曰く、昔からとても優しい先輩で後輩からも慕われていたそうだ。
「ところで、常谷先生は何歳くらいで結婚したの……?」
俺は一番聞きたい、でもなかなか聞き辛い質問を志保さんにした。
「それがねぇ、あれだけ美人で優しい人だったのに結婚は遅かったのよ。30半ばだったかな? お付き合いしていた人は数名いたみたいだけど、どれも長続きしなかったみたい。でもようやくアラフォーって呼ばれる手前で年下の男性と結婚したのよ。それもアレよ。お見合い結婚なのよ」
「そ、そうなんだ……」
俺は志保さんの話を複雑な気持ちで聞いていた。何が複雑かと言えば『つねちゃん』の結婚相手は年下で、それもお見合い結婚という所に俺は複雑な心境になってしまったのだ。
もしかしたら俺にも『つねちゃん』と結婚出来るチャンスがあったんじゃないのか!?
思わず俺はそんな気持ちになってしまった。
でもまぁ、実際問題、あり得ないよな……
俺は『臆病』な性格で、今まで何度かチャンスがあったのに『プロポーズ』が出来なかった『チキン野郎』だ。
そんな俺がもし昔、『つねちゃん』に告白出来るチャンスがあったとしても、きっと俺は告白は出来なかっただろう……
ほんと、情けない男だ……
俺は起こってもいない事を想像しながら自分に対して呆れてしまっていた。
それから俺は志保さんから晩年の『つねちゃん』について色々と教えてもらった。
保母さんとしての『つねちゃん』は『主任』『教頭先生』『園長先生』と順調に出世したそうだ。
俺は最後まで『保母さん』として人生を全うした『つねちゃん』に『尊敬の念』が湧いて来た。まぁ、俺も同じ様に全うするつもりで仕事を頑張ってきたが、夢半ばで『リストラ』にあっちまったから余計にそう思うんだろう。
でもここからの志保さんの話は俺にとって衝撃で有り、とても辛い話だった。
『つねちゃん』の年下の御主人は数年前に病気で亡くなった事……
二人の間には子供がいなかった事……
そして『つねちゃん』は誰にも看取られぬまま、自宅で亡くなってしまった事……
数日後に近所の人が不振に思い、警察を呼び自宅の寝室で眠る様に亡くなっている『つねちゃん』を発見した事……
『つねちゃん』の晩年の話を聞いている途中で俺はいつもの頭痛が起こったが、何とか我慢しながら最後まで話を聞いた。
でも、内容が内容だったので俺は頭痛だけでなく胃痛まで起こってしまい、死にそうなくらい、痛いし苦しかったが何とか我慢して作り笑いをしながら志保さんにお礼を言って帰宅したのだった。
帰宅して俺は直ぐにベットに飛び込む。
そして目からは涙が……
頭が痛いから、胃が痛いから涙が出てきたのではない……
あんなに綺麗で優しかった『つねちゃん』がご主人に先立たれ、そして誰にも気づかれずに一人寂しく死んでしまったなんて……
『つねちゃん』……今までの人生、どうでしたか?
幸せでしたか?
本当に幸せでしたか?
お、俺が……
今はこんな情けない俺だけど……
俺が、『つねちゃん』を幸せにしたかった……
今更後悔しても遅いけど……人生をやり直せるなら……
絶対に『つねちゃん』の事を一生、俺が……
俺は顔を枕に埋め泣いている。そして『つねちゃん』の事を思いながら少しずつ意識が薄れていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます