第1話 初恋の人との別れ

 俺は頭痛が治まらず、辛かったが、『つねちゃん』の事を考えているうちにいつの間にか気絶するかの様に眠ってしまっていた。


 しかしある時、俺の身体に電気が走るような感覚が起こり、続いて頭だけではなく身体中に激痛が走る……



 あまりに突然の出来事で俺は驚き目を覚ました……はずだった……





 目を開けると俺の前には電車が止まっている。

 それもいつも見る光景よりもかなり視界が低かった。


 ん? どういう事だ?


 俺は意外に驚く事はなく冷静でいたが、その冷静な時間は数秒で消えてしまう。


 俺の目の前に……いや、少し見上げるとそこにはあの『つねちゃん』が俺に微笑みかけながら立っていた。


「つ、つねちゃん!?」


 俺は、おそらく今までにないくらいの驚いた表情で『つねちゃん』と呼んだと思う。

 しかし、そんな俺に対して『つねちゃん』は少し腰を低くして俺の頭を撫でながらこう言うのであった。


「あらぁぁ? 隆君、やっと先生の事を『つねちゃん』って呼んでくれたのね? 先生とっても嬉しいわ……隆君、ありがとね……」


 そ、そうだった……


 俺は常々、『つねちゃん』から『先生の事、つねちゃんって呼んでね』って言われていたが、『恥ずかしがり屋』の俺は卒園式の日まで『つねちゃん』って言えなかったんだ……


 多分、この場面……駅のプラットホームでの最後のお別れの時も俺はモジモジしながら、結局、『つねちゃん』って呼べなかったんだった……



 しかし何なんだ!? 一体、俺に何が起こったんだ!?


 何故今このシーンなんだ!?


 俺は数秒間で、この状況を把握しようと努力した。


 そして俺が出した結論は、『今、俺はかなりリアルな夢を見ている』……


 そうである。

 そういう結論を出すのが当然だと俺は思った。


 幼稚園児がそんなに色々と考えているなど知る由もない『つねちゃん』は俺の頭を再び撫でながら、優しい口調で話し出す。


「隆君……? 隆君が最後の最後に勇気を振り絞って、先生の事を『つねちゃん』って呼んでくれた事、先生凄く嬉しいし、凄く励みになったわ。だから次の幼稚園でも先生、頑張れると思う……せ、先生に勇気を与えてくれて本当にありがとね……」


 そう言ってもらった言葉に対して何も言い返せない俺を見て『つねちゃん』は俺が『キョトン』としている様に見えたのだろう。


「ご、ごめんね。隆君には先生の言っている事、少し難しすぎたかな? でもこれだけは覚えていて欲しい。 先生は隆君の事をいつまでも『大好き』だからね。 隆君が小学生になっても元気に、たくさん勉強して、たくさん遊んで、たくさんお友達が出来る事を願っているからね……」


 俺は『つねちゃん』の言った言葉は全て理解している。


 まぁ、当然だよな。

 俺は『大人』なんだから……


 しかし、当時、こんな会話を俺はしただろうか?

 いや、していないはずだ。


 もし、していたとしたら『つねちゃん』の……あの言葉を俺が忘れるはずがない。


 『いつまでも大好きだから』……



 そっ、そうだ!!

 これは『夢』だった……


 神様がこんな情けない俺を哀れと思い、夢の中だけでも『つねちゃん』に会わせてくれたんだ。


 きっと少しだけ俺の願いを叶えてくれたんだ……と、俺は思うようにしよう。


 だったら……これは夢なんだから……


 俺が『つねちゃん』に本当に言いたかった事を……


 言いたかった事を今ここで……



 プオォォォォォォ――――――ンンッ


『まもなく~ 1番線より~ 〇〇行きの電車が~ 出発しま~す』


 あっ!? 時間が無い!!


「それでは隆君もお母さんもお元気でいてくださいね。短い間でしたがお世話になりました……」


「常谷先生、お世話になったのはウチの方ですから。先生の方こそお元気で頑張ってください」



『ドアが閉まりま~す……』


 プシューッ シューーーー


 二人の会話が終わり、電車のドアが閉まる寸前に俺は『つねちゃん』にこう叫んだ。



「つっ、つねちゃん!! 俺が大きくなったら、俺と結婚してくれ~っ!!」



 プシュー


『発車しま~す……』



 ブォォォォン ブォォォォン ブォォォォォン



 俺は『つねちゃん』とのお別れをやり直す事が出来た。


 例え、それが夢であったとしても……






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