第2話「そこ、そんなに違いがあります?」

 アシャとルネは用意されていた二人部屋をキャンセルし、ギルドにパーティ脱退とその理由を包み隠さず告げた。

 窓口係の副ギルド長はアシャたちに非がないと認め、すぐに次のパーティが組めるよう取り計らうと言ってくれた。

 それでも、空白になった数日間を元パーティメンバーや同僚のいる王都で過ごすのは嫌で、馬車に乗り、小高い丘に造られた近郊の旧市街へ向かった。


 着いた頃にはもう夕刻で、石材の建物が立ち並ぶ街の空が茜色から紺色へ移り変わる様を見ながら、素泊まりの宿を借りた。

 魔女の装束や聖職者の正装そのままでは悪目立ちするため平服に着替え、夕食をとるべく最寄りの居酒屋に入る。

 素朴な普段着の地元民らしき人々が半分を占め、武装を解いた軽装の冒険者もまばらに座っていた。

 女二人の来店に好奇の目を寄せる客からの視線を無視し、アシャは注文したオリーブと一口サイズのチーズ、干し肉をつまみに醸造酒を呷る。

 自家用に醸造されたもので、安価なわりに口当たりと喉越しが良い。

 ほどよい苦味が酒精を感じさせた。


 半分ほど減らしたところでグラスを置き、溜め込んでいた感情を吐き出す。


「いや本当……最低。十歳も歳下の娘に色目使われて、命懸けで戦ってきた仲間をコロッと切り捨てるなんてあり得ない。ずぶの素人で代替えが効くと思われてたのもショックだ」

「早めに縁を切れて良かったではありませんか。あのお二人は今後、後釜を探すのにご苦労なさるでしょう」


 正面の席で薬草酒のカクテルを口にしていたルネが、甘やかな声でなだめてくる。

 癒し手というパーティ内の役割のみならず、彼女の母性と包容力の高さにはいつも救われていた。

 誰かと感情を共有できたというだけで、胸の中を埋め尽くしていた悪感情が霧散していく。


「正直、いい気味……でも、若いうちの結婚か。昔は憧れてたな」


 アシャは机に頬杖をついて苦笑した。

 バーナードにも、その彼女にも今や関心を寄せていないが、愛する者との結びつきによる祝福自体には興味があった。


「どなたかと将来のご予定がありましたの?」


 興味津々といった様子のルネの問いに、ゆっくりと首を横に振る。


「いいなと思った人はいても、何の進展もなかったよ。一度だけ友達だと思ってた人に告白されたけど、断った」

「あら、勿体ない。試しにお付き合いされても良かったのに」

「……冒険者として自由に各地を巡るのが面白くて、楽しいから。もし家庭を作ったら、一つの土地に定住するのかと思うと、それは少し嫌だなって」


 気負う必要のない酒の席だからか、初めてアシャは心根の一部をこぼした。

 長い旅の果てに生まれ故郷を安住の地と定めた旅人の話をよく耳にするが、天涯孤独のアシャは帰るべき場所のない根無草。

 偉人の伝記や冒険譚、創作小説で繰り返し語られる恋愛に夢を抱いても、実現させようなどとは考えなかった。


 ルネはカクテルを静々と飲み干すと、机上で軽く指を組む。


「お子さんを連れて、夫婦で冒険者稼業をされている方もいらっしゃいます。購入した馬車に家財を積んで街から街へ。そういった暮らしもありましてよ」


 至極あっさりとした口ぶりは、実際の例を知っているからだろう。

 治癒魔術を得意とし、神の御業を借りた蘇生術も行使するルネは、攻撃主体のアシャより遥かに引く手あまただ。

 他者と積極的に関わろうとする性質そのものが、長じて人生経験を豊かにする。

 彼女と話せば話すほど、そんな気がした。


「やる前から自ら選択肢を狭めてしまうのは、勿体ないですわ」


 ルネはそう締めくくり、近くを通った店員に空いたグラスを渡す。

 薬草酒の味が気に入ったのか、二杯目を頼んでいた。

 アシャも勢いをつけるために、いったん醸造酒を飲みきって、おかわりを頼む。


「そう……その通りなんだけど、問題はまだあるんだ」


 ルネの正論を肯定した上で、頭から一向に離れていかない共通認識のようなものを述べる。


「人間族の女の結婚適齢期って……他種族に比べてすごく短い。二十五歳でトウが立つと言われ、三十歳ともなれば、おばさんになる」


 人間族は繁殖能力と生存戦略に長け、どこの土地にも根をおろして住み着いている。

 旅をする中で同族の下世話な話は、聞く気がなくても勝手に耳に入ってきた。


「そこ、そんなに違いがあります?」


 ルネは懐疑的な表情を浮かべる。


「あたしも実感は沸かないけど。歳を取ったら、産めよ増やせよが出来ないからだと思う。人間族の子供についての書物を読んだら、安全に産める可能性が高いのは三十代後半までと書いてあった」


 発情に周期がなく、おおよそ常に性行為が可能な人間族の男は、その気になれば年老いても子供を作れる。

 それに対し人間族の女は、加齢と共に妊娠機能を失う。

 バーナードのように可能な限り若い相手を欲する理由が、子孫のためだと言うのなら。

 花開いた進化と文明を誇りながら、根はなんと動物的なのだろう。

 もちろん、この世全ての人間族の男が彼と同じに違いない等と、極端な意見を持っているわけではないが。


「アシャは子供が欲しいのですね」

「えっ!?」


 ルネからの想定外の指摘に、アシャは大きな声をあげる。

 机まで揺らしてしまい、辺りが一瞬だけ静まり返った。

 再び不特定多数の談笑が始まるのを待って、ルネは穏やかに喋り出す。


「必要だと思ったからこそ本を読んで、しっかり覚えてらっしゃるのでしょう。養子という形もありますが、実子をご希望ですか?」

「……ああ、その通り」


 アシャはわずかに椅子を引き、下を向いて自分の腹部に目をやる。

 自分の行動を客観的に振り返った先に答えがあった。


「古くさいと馬鹿にされるかもしれないけど、あたしは自分のお腹で家族を育ててみたい。全く知らないからこそ、一から暖かな家庭を築きたいんだ」


 声に出すと、自分の意見として芯が通る心地がした。


「とても素敵な目標ですわ。心より応援させてくださいまし」

「あ、ありがとう」


 一欠片の嫌味なく褒められてしまい、逆に気が引ける。届いたばかりの醸造酒を傾けて、喉を潤したつもりになった。

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