婚約破棄された令嬢は軍神王に囲われる

七夜かなた【10月1日新作電子書籍配信】

第1話

 エイラは、行き先のわからない馬車の中で震えていた。

 この様子では釈放ではなさそうだ。

 猿ぐつわをされて頭から布を被せられ、手首に枷を嵌められ、外の様子もわからない。

 少し前は窓ひとつない暗い牢獄の中にいた。

 一体なぜ、こんなことになったのか。



「エイラ・アンテブロー、そなたとの婚約破棄を宣言する」


 ベニテスベンテ帝国王宮の夜会で、皇太子エルナンドが高らかに宣言した。


「えっ」


 突然婚約破棄を告げられたエイラは、深緑色の瞳を大きく見開いた。

 王宮では皇太子エルナンドの二十二歳の誕生パーティーが開かれていた。

 今現在ベニテスベンテは隣国と戦争が続いており、今も国王の弟は精鋭を率いて戦闘を続けている。

 そんな中、皇太子の誕生パーティーなど、普通では考えられないが、一人息子に甘い国王夫妻は戦勝祈願という名目で、夜会を催していた。

 アンテブロー侯爵家の娘として生まれたエイラは、八歳で二歳年上のエルナンドと婚約した。

 さらりと流れる金糸の髪にサファイヤブルーの瞳、目鼻立ちのくっきりしたエルナンドとの婚約者と決まった時からエイラは厳しい皇太子妃教育を受けてきた。

 それこそ寝る間も惜しんで。

 しかし、エイラが皇太子妃としての教育に励み、成果を上げていけばいくほどに、エルナンドとエイラの間の溝は、どんどん深まっていった。

 エルナンドは勉強嫌いで頭も良くない。そのため教師達に絶賛されるエイラに、敵愾心を剥き出しにしていた。

 国王夫妻は、我が子可愛さでエルナンドを窘めることも出来ないでいた。


「婚約破棄? どうしてですか、エルナンド様」

「そなたは未来の王妃としての資質に欠けているからだ」

「私のどこが資質に欠けるとおっしゃるのですか」

「ほう、シラを切るのか。厚顔無恥も甚だしいぞ。証拠はあがっている。身に覚えがないとは言わせないぞ。リリアナ、こっちへ」

「はい」


 彼の横に立ったのはシルバーブロンドの髪と、アクアマリンの大きな瞳をした小柄ながら肉感的な体つきをしたエイラの義妹リリアナだ。

 体が強くなかったエイラの母は、風邪をこじらせ亡くなった。

 父は喪が明けてすぐに、男爵だった夫を亡くしたミランダという名の後妻を迎え、彼女の連れ子がリリアナだった。

 殆ど毎日皇太子妃教育のために王宮に通っていたエイラと違い、リリアナは侯爵と母親に甘やかされ蝶よ花よとまるで一人娘のように育てられた。

 一方アンテブロー侯爵家で、エイラは彼らから完全に無視され、それどころかリリアナや継母から虐げられていた。


「リリアナ、あなた、どうして?」

「エルナンド様、私、いつも姉にお前はアンテブロー家の血を受け継いでいない居候で厄介者だと苛められているのです」


 リリアナはいきなり大きな瞳に涙を浮かべ、エルナンドに訴えた。


「それに、家ではエルナンド様の悪口ばかり口にしているのです。私が何度止めた方がいいと諫めても、あなたは黙っていろと私のことを叩くのです」

「嘘よ!」

「言い逃れは無用だ! 他の者からも証言を得ている。人畜無害な顔をして他者を貶める者に、国を導く資格などない」

「そんな、私は」

「黙れ! その小賢しい口を閉じろ、驕り高ぶったこの女を不敬罪で即刻牢にぶちこめ!」

 

 エルナンドの宣言でエイラは捕らえられ、そのまま牢に放り込まれた。父も助けてはくれず、それどころか二度と家名を名乗ることは許さないと勘当された。

 エルナンドとの婚約破棄も王妃にも何の未練も無い。アンテブロー侯爵家も今はどうでもいい。だが、エイラにはひとつだけ悔いがあった。

 その時、馬車の車輪の音に混じって、荒々しい馬の蹄の音が聞こえてきた。


「敵襲だ」

「迎え討て」


 激しい怒号と鋼がぶつかり合う音が聞こえ、馬車が大きく傾いだ。


「んんんん」


 猿ぐつわの奥でエイラは悲鳴を上げた。


(何、何が起こっているの)


「エイラ!」


 床に倒れ込んだ彼女の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。


(そんな…だってあの人は)


 これは願望がもたらした幻聴だろうか。このまま会えないのかと思っていた、あの人の声が聞こえた。


「エイラ」


 バンっと扉が開き、今度こそ幻聴ではないと悟った。

 助け起こされ、頭に被せられた袋が取り払われた彼女の目に、ここにいる筈のない人物の顔があった。


「バ、バスティアン…様、ゴホッ、ゴホッ」

 

 猿ぐつわも取り払われ、エイラは現われた人物の名を呼ぼうとして咽せ込んだ。


「無理に話さなくていい。すまない。遅くなった」


 眩しいほどに輝く燃えるような長い赤髪に、ベニテスベンテ王家特有の鮮やかなサファイアブルーの瞳。幾度も戦場に赴きながら傷ひとつない端正な顔立ち。

 バスティアン・アングロ・ベニテスベンテ。今年四十歳になる王の弟でエルナンドの叔父。そして軍神と呼ばれる戦争の英雄。隣国との戦に赴いていたはすが、目の前に居る。

 バスティアンは咳き込むエイラの背中をさすり、優しく声をかけながら奪った鍵でエイラの手枷を外した。


「もう大丈夫だ。さあ行こう」


 どこへという言葉はエイラの口から発せられることはなかった。

 長く続いた緊張と孤独と疲労で彼女はそのまま気を失った。


「ん」

「目が覚めたか」


 次に目を開けると、エイラは柔らかい寝台の上で、バスティアンの隣で寝ていた。


「バスティアン様、ここは?」


 見慣れない部屋にエイラは尋ねた。

 しかもボロボロだった体は綺麗に洗われ、シルクのネグリジェを着ている。


「俺の部屋だ」

「は、はい?」


 驚いて声が裏返るエイラに、バスティアンは口元を緩め微笑んだ。

 

「バスティアン様、私は…」

「大丈夫。すべてわかっている。エルナンドと君の義妹がどんな間柄か、君の父親が何をしたのか。君に何があったのか。すべてわかっている」

「………」


 同じサファイアブルーの瞳でありながら、エルナンドの瞳とは違う。バスティアンの瞳の奥には温かい何かがある。

 皇太子妃教育に忙しく、束の間の休息すら取れず限界を感じていたエイラにとって、時折会話をする彼の存在は癒やしであった。


「エイラ」


 耳に心地よい穏やかで、だが、力強くもある低い声で名を呼ばれただけで、エイラの張り詰めていた何かが破裂した。

 ボロボロと大粒の涙が溢れ出し、目の前のバスティアンの顔が霞む。

 バスティアンはそんなエイラの体を抱き寄せた。温かく大きな体に包まれて、エイラは堰を切ったように泣いた。


「も、申し訳ございませんでした」


 バスティアンの腕の中でひとしきり泣きじゃくって、エイラは謝った。


(私、バスティアン様に抱きついて…でも、このままじゃだめかしら)


 彼の腕の中が気持ちよくて、エイラはここから抜け出したくないと思う。

 

「気にしなくて良い。俺の胸ならいつでも貸す」

「バスティアン様、戦は?」


 はっとエイラは気づいて彼に尋ねた。彼は戦に行っていたのに。


「大丈夫だ。わが軍の圧勝で終わり今は残務処理だけだから、優秀な部下に任せてきた。たとえ戦争中だとしても君のためなら寝る間も惜しんで駆けてきた」

「あの、どう言う意味ですか?」

「そのままの意味だ。俺は君を特別に思っている。自分の半分の年齢の君に、こんな想いを抱くとは夢にも思わなかったが」

「バ、バスティアン様…それって」

「弱っているところにつけ込んだと思われても構わない。君がどうしても嫌だと言うなら諦める。だが、少しでも君が俺に好意を持っているなら、どうか考えてみてほしい。男と女としての関係を」


 確かにバスティアンはエイラの年が離れすぎているのは十分理解している。

 しかも彼女は彼の甥の婚約者だった。エルナンドが婚約破棄をしなければ、決して結ばれない相手だった。

 だが、冤罪を着せられ、牢に放り込まれ父からも見捨てられ、もしかしたらこのまま死ぬのではたと思ったとき、エイラの心残りは、まさしく彼のことだった。

 もし死ぬなら、最後にこの想いを告げられたらと思っていた。


「私は自分勝手で、自分の欲望のままに生き、そのためには手段を選ばない最低の人間です」

「そんなことで最低というなら、俺も同罪。いやもっと酷い。なぜ、そんなことを言う? 君は己を律し勉強にずっと頑張ってきた。少しくらいの我が儘なら、君の気が済むまできいてやる」

「私もずっと、ずっとお慕いしておりました。愚かにも、叶わぬ想いを抱き続けておりました。いずれは忘れなければと思いながら、あのまま命を奪われるなら、せめてこの想いを告げておけばと」

「エイラ」

 

 しかしエイラは、最後まで全てを口にすることができなかった。

 バスティアンがその口を、自らの口で塞いだからだ。


(ああ、バスティアン様)


 夢にまで見た愛しい人との口づけに、エイラは瞼を閉じて酔いしれた。

 熱い息吹がエイラに注がれる。

 分厚い舌が唇を割り、エイラの舌に絡みついてきた。

 エルナンドとは軽く羽のようなキスや、チークキスしかしたことがなかった。

 このように貪り尽くすかのような口づけがあるなど、ましてやバスティアンと交わせるなど夢にも思わなかった。

 それだけで、これまでの苦しみから解き放たれる気持ちになった。


「ん、んんん、はぁあ」

  

 頭の芯が痺れてエイラは必死で彼の衣服を握りしめ、しがみついた。

 やがてバスティアンが唇を離し、二人の口を唾液の光る糸が繋いだ。


「これは夢か。君が俺を?」

「私の方こそ。私はまだあの牢屋にいて、叶わぬ夢を見続けているのではないでしょうか」


 惚けた眼差しでエイラはバスティアンを見た。

 精悍な顔立ちは、誰よりも亡き先王に似ている。それをエイラは残された肖像画で知った。

 エイラが物心付いた時には既に亡くなっていた先王も、武勇に秀でた戦上手だったと聞く。

 バスティアンの兄である現王は王妃に似ていて、性格も二人はまるで違っていた。

 そして王が父に似たバスティアンを羨み妬み、憎んでいることも王の言葉の端々から察していた。

 

「エイラ、これからは俺が護る。もう君に辛い思いなどさせない。幸せにする」

「はい。でも、私もあなたを幸せに出来ますか?」

「無論だ。今でも俺は幸福の絶頂にいる。こうして愛しい女を腕に抱くことが出来たのだから」


 愛しい。

 その言葉を聞いてエイラは込み上げる幸福に顔を綻ばせた。

 その神々しさに、バスティアンは思わず見惚れた。

 

「私もいつからかわからない内に、バスティアン様のことをお慕いしておりました。皇太子の婚約者でありながら、あなたが夜会で多くの女性の手を取り踊る姿を見て、もどかしく思っていました」


 戦上手の王弟は、女性の扱いもお手の物。いつも違う女性をエスコートし、誰が彼の花嫁の座を勝ち取るのか、社交界では注目の的だった。


「君でなければ誰でも同じ。誰にも本気になれずに結果、すぐに別れてしまっていた」

「気がつけばいつもあなたを目で追っておりました。あなたが戦に出陣されている間は、毎日無事を祈っておりました」

「いずれ君が王妃となって治める国のため、この命を捧げることに何の憂いもなかった。君が幸せならそれで良かった。なのにあの馬鹿エルナンドと兄は…」


 ギリリとこの場にいない二人のことを考え、バスティアンが殺気立つ。


 そして彼女の黒髪をひと房掬い上げ、唇を寄せた。


「ようやく手に入れた」


 そしてバスティアンは、再びエイラに口づけた。


「ん…」


 愛らしい唇から気だるげな吐息が漏れると、雄芯が張り詰めだした。

 張り詰めた陰茎が、彼女の秘唇の隙間に触れたらと思うと、それだけでゾクゾクとした快感が体を走った。

 初めて彼女を見たのは十歳の時、初めは甥の婚約者としてしか見ていなかった。

 甥と並ぶと一対の人形のようで、微笑ましく思っていた。

 戦に明け暮れていた自分が次に彼女を見たのは、それから五年後。皇太子妃教育に日々を過ごす彼女が、いじらしく応援してやりたくなった。

 しかし、年を追うごとに、皇太子とはすれ違いが生じ、そのことで悩む姿を見るにつれ、自分ならもっと彼女を大事にするのにと、思うようになっていった。

 自分の半分の年齢の少女を女として見て意識していることに、自分が幼女趣味であったのかと愕然とした。

 この気持ちは封印しなければならない。

 彼女は甥の婚約者で、未来の皇太子妃で王妃だ。自分は王弟として王位継承権はあるものの、王位にはまったく興味がない。 

 兄が退位し、エルナンドが王になっても、臣下として己の果たすべき本分を弁え、仕えていこう。

 彼女が王妃になるなら、彼女に従い国を支える礎になれるなら、それもまたいいものだと思っていた。

 だが、兄夫婦もエルナンドも、彼女の価値もわからず虐げ、切り捨てた、

 いらないなら、俺が彼女をもらう。

 そう誓って、密かにエルナンドたちの動向を探った。

 そしてエルナンドがエイラの義妹と何度も逢瀬を重ねているという、驚くべき話を耳にした。

 その上、婚約破棄だけでなく、エイラにあらぬ罪を着せようとしていることも。

 

「バスティアン様?」


 唇を離し、バスティアンは起き上がってエイラから離れた。

 それをエイラが訝しげに見つめた。


「すまない。これ以上君のそばにいると、制御が出来なくなる」


 それを聞いて、エイラの視線が彼の股間に向けられる。そこは生地が盛り上がり通常の状態より張り詰めている。

 いずれはエルナンドと閨を共にするため、その辺りの知識は既に持っていたので、それがどういう状態なのかすぐにわかった。


「待ってください、バスティアン様」


 離れようとする彼の上着の裾を、咄嗟に掴んだ。


「どうした?」


 バスティアンが救い出してくれたとは言え、彼女は今も公式には罪人だ。いずれ追手がここにも来るかも知れない。 

 いくら王弟でも罪人を庇えばただでは済まない。もし王弟の権力を無理に行使するなら、国王たちとの軋轢を生むことになる。

 英雄として国民から絶大な支持を得ている彼を、国王は妬みながらも表立っては受け入れていたが、罪人を庇ったといらぬ難癖を付けて、ここぞとばかりにバスティアンを排除しようとするかも知れない。

 そうなれば、また彼と離れ離れになる。牢の中でエイラが一番悔いたのは、彼に想いを伝えられず、今生の別れとなることだった。


「制御とは、何に対してですか?」

「そのようなこと…好きな女が腕の中にいて、しかもその相手からも好意を示されては、すべてを求めたくなる」

「では、そのようになさってください」

「しかし、君は本調子では…」

「私の我儘を、聞いてくださると仰ったのは嘘ですか?」

「嘘ではない」

「私はこれからは自分の欲望のままに生き、そのためには手段を選ばないつもりです」

「な、なにを!」


 彼から手を離し、エイラは着ていた服を自ら剥ぎ取った。

 

「この先、何が起こるかわかりません。あの時ああしておけばと、後悔したくないのです。どうかこの身に、あなたを刻みつけてください」


 リリアナと比べれば、貧相な体だとエルナンドに言われた自分が、体を使ってバスティアンを誘惑出来るのかは疑問だった。しかし、これが自分に出来る精一杯のことだった。


「エイラ…」


 バスティアンはそんな彼女の裸体を見て、目を大きく見開きごくりと唾を飲み込んだ。


「意味がわかっているのか?」

「もちろんです。私に、あなたのその張り詰めたものを」

「もういい、無理に言うことはない」


 バスティアンは裸のエイラを、きつく抱きしめ、寝台に押し倒した。

 

「バスティアン様」


 色濃くなったサファイヤブルーの瞳で、バスティアンはエイラを見下ろす。


「そのような可愛い我儘、きけないのは男として恥だ。喜んで叶えてやろう。ただし、辛いと少しでも思ったら言え。止められるかわからないが、努力はする」

「私は案外我慢強くて負けず嫌いなのです。やると決めたら、最後までやり通します」

「君がそういう人間だとは知っている。だが、俺のはいささか凶器だぞ」

「え?」


 驚いて目を瞠るエイラの目前で、バスティアンも着ていたものをすべて脱ぎ捨てた。

 鍛え上げられた彼の裸体は、上半身だけなら何度か鍛錬を覗き見たことがあるので知っている。

 しかし、男性の性器については、エルナンドのサイズに合わせた形状や扱い方は知っていたが、バスティアンのそれは、エイラの予想を遥かに超えていた。


「無理なら止めてもいい。これを受け入れるのには覚悟がいるだろう」


 言葉を失ってバスティアンのものを凝視していると、彼が言った。


「大丈夫です。他の人が出来たのだから、私にも出来ます。私をバスティアン様のものにしてください」


 両手を擦り合わせて懇願する。その仕草と「バスティアン様のもの」という言葉に、バスティアンは増々下半身が張り詰めた。


「本当にいいのだな?」

「はい」


 か細い彼女の肩に手を添えて、バスティアンは唇を合わせながら彼女に覆いかぶさった。

 肩から鎖骨に、そして乳房へと彼の手が這う。大きな手が控え目な片方の膨らみを包みヤワヤワと揉みしだいた。


「あ…」


 合わせた唇の間から歓喜の声が洩れ、エイラの腰が揺れた。

 

「ん、あ、あん」

 

 唇が離れ指が通った場所を辿っていく。空いた片方の胸をバスティアンの熱い口が含んだ。


「バスティアン…さま、あ」


 片方を手で、もう片方を口と舌で蹂躙され、エイラの体に甘美な痺れが走る。

 

「あ、あああ」


 指と歯で両方の頂を刺激され、目がチカチカしてエイラは絶叫を上げた。

 

「軽くイッたのか。感度がいいな」


 ひと際濃くなった青い瞳が、下からエイラの顔を見上げる。


「こっちはどうかな?」

「あ、そ、そんな! そこ…あ、そんな…」


 エイラの膝を割ったバスティアンが脚の間に顔を埋め、その中心を舐めた。


「そ、そんなところ、き、きた…」


 抵抗し、押し退けようとしたバスティアンの頭はびくともしない。


「念入りに洗ったから大丈夫だ。洗った時に見たが薄い紅色で綺麗なものだった」

「え、あ、洗ったって、まさか」

「君のことを他の人間に託すわけがないだろう?」


 まさか自分を洗身したのがバスティアン本人だと思わなかった。


「怪我がないか確かめる必要もあった。擦り傷等はあったが他は特になくて安心した」

「あ、ありがとうございます」

「そなたに奉仕するのは少しも苦にならないよ。さて…」


 バスティアンは再びエイラの脚の間に視線を戻した。


「あ、ああ」

「きついな。痛むか?」

「いたくは…違和感は…でも、バスティアン様の指が…ああ」


 彼が与える刺激に、エイラは喉を見せて喘いだ。

 勝手に力が入り、ギュッとバスティアンの指を締め上げた。


「またイッたな。感度も締め付けも凄い。これでは俺のものが入ったら食いちぎられるな」

「そ、そのようなこと…ああ」


 ある場所に彼の指が当たると、腰が浮いた。


「ここか。君のいい所は」


 エイラの反応を見て、同じところをバスティアンが突く。


「は、あ…バスティアン…さま、や、あ」


 同じ場所を何度も攻められ、体に痺れが走り足の指をキュンと縮こまらせた。


「バスティアン…あ、だめ、そこは…」


 赤い彼の頭頂部を抑え込みながら、エイラは必死で訴えた。

 中と外から執拗に攻められ、エイラは頭の芯が痺れて何も考えられない。

 そのうち指が増え、さらに中が圧迫された。

 バスティアンのものは指二本より、もっとずっと太い。自分に受け入れることができるのか、エイラは不安に思いながら、彼の全てを受け入れた時の恍惚感を思うと、早くほしいとお腹の奥が疼いた。

 それはエイラの本能だった。

 愛しい男と繋がり、ひとつになる。結ばれないと思っていた相手と、望む好意を交わしている。

 初めは尊敬の気持ちだと思っていた。

 それがいつか異性として意識していた。

 エルナンドとの間の溝が深まれば深まるほどに、その溝を満たしてくれたのがバスティアンだった。 


「バスティアン様…私…もう」


 指では届かない場所が疼き、エイラは腰を揺らしてさらなる刺激を求めバスティアンに懇願した。


「ゆっくり行く。きつかったら言ってくれ」


 バスティアンの額に玉の汗が浮かび、眉が寄る。


「エイラ、深呼吸して体の力を抜け」


 頭を優しく撫でられ、言われた通り詰めていた息を吐くと、少し体の強張りが緩んだ。


「そう、良い子だ」


 ポンポンと頭を優しくあやされる。エイラが皇太子妃教育に疲れて、陰でこっそり休んでいると、いつもバスティアンが見つけてくれて、内緒だと飴やお菓子をくれた。

 子供扱いだとは思ったが、それが嬉しかった。

 しかし今、彼とエイラは互いに年齢差など関係なく、ただ想い合う者として、もっとも側にいる。

 強面で知られるバスティアンの切なげに潤む瞳が、エイラに向けられる。

 それを見てエイラの胸が痛いほどに締め付けられ、愛しさが、さらに募った。


「愛しています。バスティアン様」

「!!!」


 その言葉が決め手だった。

 何かに導かれるかのように、途中で立ち往生していたバスティアンのものが、ずんと奥へと突き進んだ。


「うっ」

「あ、ああ」


 一番奥に先端がぶつかり、体の内側から痺れが走って、エイラは喘いだ。バスティアンもそのあまりの恍惚感に息を呑んだ。


「エイラ…君の中は、なんて気持ちいいのだ」

「バスティアン様…私…」


 内側からバスティアンの熱く滾ったものの存在を感じ、愛しい人と繋がったことにエイラは涙が滲んだ。


「辛くないか?」


 そう問われ、エイラは無言で首を振る。

 じんじんするが、そんなことより彼への気持ちが溢れてくる。


「私…出来たでしょ?」


 涙を一筋流し、エイラは微笑んだ。


「ああ、確かに。まるで初めから対になるように出来ていたかのようだ」


 エイラのいじらしさに、バスティアンはさらに愛しい気持ちが募った。


「これで私の心も体も、全部バスティアン様のものになったということですよね」

「そうだ。そして、俺の全ても君のものだ」

「嬉しい。バスティアン様」


 暫く馴染ませてから、バスティアンは腰を動かし始めた。


「ああ、そんな…ああ」


 初めはゆっくり、やがてどんどん腰を振るスピードが速くなる。エイラは初めて知る快感に翻弄され、己を見失いかけた。

 その度にバスティアンが彼女の名を呼び、連れ戻す。

 バスティアンの体の下で、エイラは押し寄せる波に呑まれ一気に昇りつめた。


「バスティアン様」 

「エイラ」


 先にエイラが絶頂を迎え、弛緩する彼女を組み敷いたバスティアンが、熱い奔流を中に解き放った。

 気丈に振る舞ってはいたが、疲労が蓄積していたエイラは、そのまま気を失うように眠りに落ちた。


「おやすみエイラ。いい夢を見てくれ」


 このまま彼女と離れたくなくて、バスティアンは彼女を抱き寄せた。


 エルナンドやエイラの義妹が国王夫妻やアンテブロー侯爵たちを巻き込み、婚約破棄だけでなく、エイラを罪人として追い払おうとしているという企みを知った時、バスティアンの心は決まった。

 エルナンドがどれほど価値のあるものを手放そうとしているのか。そこまで愚かだったのかと、腹が立った。

 エルナンドが王になり、あの我儘で愚かなリリアナが王妃になったら、国民が不幸になるのは目に見えている。

 

 国のため、一番はこれまで必死に王妃になるため全てを犠牲にしてきたエイラの努力を無駄にしないためにも、彼女を王妃にする。

 しかし、それはエルナンドの妻としてではない。

 そのための根回しや情報収集は十分だった。

 兄王は一部の貴族、王妃の家門を贔屓にしすぎた。それを不満に思う者は多い。

 加えて商人との癒着もある。戦争の度に新たな武器を買い入れるのだが、その際に忖度をして王妃の家門の息のかかった者を取り立てている。

 しかも品質は劣悪なのに、値段は変わらない。

 それ以外にも兄王と王妃、エルナンドは国民から集めた血税を湯水のごとく己のために使っているということがわかった。

 バスティアンが率いる軍隊は、隣国と戦を終えて、未だ王都に帰還していないことになっている。

 しかし密かに半分以上が王都に戻り、バスティアンの決行の合図を待っている。

 彼はクーデターを起こすつもりだ。

 三分の二以上の貴族から、既に決行後バスティアンの後押しをするという約束を取り付けている。


「全ては、君のためだ。君が輝ける最高の舞台を用意してやろう」


 艶めかしいエイラの寝姿を眺めながら、バスティアンはこれからのことを考えた。

 暫くは忙しくなるだろう。

 彼らがエイラを放り込もうとした監獄に、まさか自分たちが送られることになるとは、兄王たちは夢にも思っていないだろう。


 それから数日後、クーデターは起こった。

 国民はバスティアンが発表した国王たちの悪事に怒り、英雄のバスティアンを支持した。

 バスティアンは歴史の中で軍神王と呼ばれることになる。その傍らには美しく賢い王妃がいて、彼の治世でベニテスベンテは更に発展した。

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