国枝さんはエロ漫画が作りたい

セラ

第1話

 世の中に、上手い話なんてない。大金が手に入るだとか、美女と付き合えるだとか、そんな話はないのだ。もしそんな話があったら、それは間違いなく詐欺だ。


「君は実に運がいい。私の目に留まったのだからからね」


 すらりとして背の高い、黒髪ロングの制服姿の少女が言う。彼女の名は国枝志穂。学校内では超有名な美少女で、俺のクラスメイトだ。


 彼女は美人なだけでなく文武両道で、進学先は超難関の名門大学だとか。部活でも所属しているテニス部で大活躍のようで、何度も全国大会で入賞している。表彰されている姿を俺は何度も見た。


 そんな様々な面で優れている彼女が何故か俺を放課後に呼び出し、話始めたのは怪しげな儲け話。


「君はお金が好きか?」


 嫌いな奴など、いるわけがない。


「金はいい。金さえあれば、好きな物を買える。好きな事もできる。やりたくない事は全部金で人を雇って他人にやらせることもできる。あればあるほどいい。そうだろう?」

「それはまあ……」

「そうだろうそうだろう。もちろん、君も金が欲しいだろう? だから、私が君を大金持ちにしてあげようと言っているんだ」

「……」


 あやしい。あやしすぎる。どう考えても詐欺だ。何故俺は、クラスメイトに詐欺話を持ち掛けられているんだろう?


 ちょっと期待して、呼び出しに応じてしまった自分が憎い。泣きそうだ。


 でも憧れの女の子に呼び出されて、行かない奴なんているか?


「そんなに警戒しなくてもいいだろう? 私と君との仲じゃないか」

「そんなに俺たち仲良くなってないだろ?」


 そう、悲しい事に俺たちはそれほど仲が良くない。


 たしかに俺たちはクラスメイトではあるが、それだけだ。今までろくに会話したことがない。そりゃクラスメイトなんだから挨拶ぐらいはしたことあるが、その程度だ。


 同じクラスでも、チャンスが無ければ意外と話す機会なんて無いのだ。国枝さんは人気者でいろんな人に囲まれて過ごしているから、話しかけるタイミングがなかった。話しかける勇気もなかったし。


「まあまあ、細かい事はいいじゃない。それほど仲良くなくても、私が誰かを騙すような人でない事ぐらいは分かるだろう? それなら、私と組んで一儲けしてくれてもいいはずだ」

「悪いけど、他を当たってくれないか」


 相手がいくら美人だろうが、たとえ好きな子だろうが詐欺には乗れない。女性に騙されて身を亡ぼす男の話なんて、腐るほどある。大体、どうして俺なのか。その儲け話が本当なら、他にいくらでも組む相手がいるだろう。


「そうか、それならしかたない。脅すような真似はあまりしたくないのだが――ところで、君は変態絵描きというアカウントを知っているか?」


 !?!?


 俺はそれを聞いた瞬間、冷や汗がぶわっと噴き出した。


「つい最近、面白いSNSのアカウントを見つけてね。変態絵描きというアカウントで活動しているんだが、君は知ってる?」

「そ、そんなアカウントはしらない。それがどうした? もう帰っていい?」


 マジで今すぐにでも帰りたくなってきた。汗が止まらない。


「この変態絵描きという人物、どうもうちのクラスメイトのようでね。投稿している内容が、うちのクラスでの出来事に合致するんだ。しかもこの変態絵描きには彼女がいるようなんだが、それが不思議な事に私の事を指しているような気がしてね。私には彼氏などいないのだが」

「へ、へぇ……」

「ほら、この投稿を見てくれ。この変態絵描きが彼女だと言う人物、私のプロフィールそのものだ」

「ぐ、偶然じゃないか?」


 どうしたことだろう? 何故かいつまで経っても俺の汗が止まらない。ぽたぽたと汗のしずくが地面に落ちるようになってきた。俺は制服の袖で汗を拭う。


「じゃあこれを見てくれ。コイツは彼女だと言う人物のイラストを自分で描いて載せているんだが、これ私にそっくりじゃない?」


 そう言って、スマホの画面に俺が描いたイラストを拡大して表示する国枝さん。我ながらよく描けている。国枝さんの特徴をよくとらえている。


「そ、そうかなあ? 全然似てないよ」

「……そうか。じゃあこのアカウント、クラスメイトに教えてもいいよね? よく描けているから、皆に見てもらいたいんだ――もし君が私の手伝いをしてくれるというのなら、このアカウントの事なんて忘れてしまうかもしれないが」

「っ!? て、手伝わせてください!」


 やだなあ、国枝さんが怪しい儲け話もってくるわけないじゃないか。俺は最初から彼女のことを手伝おうと思っていた。けしてこのアカウントが俺のだとバレたくないとか、そういうことではない。


 そのアカウント、国枝さん以外のクラスメイトについてもいろいろ言ってしまっているからバレたらマジでクラスで居場所がなくなってしまう、なんてことはけしてない。国枝さんとのちょっとエッチな妄想をイラストにしたりとか、全くしてないぞ!


「よし、決まりだ。それじゃあ早速、私と一緒にエロ漫画を描こう」

「え、エロ漫画!?」




 誰だって、自分を良く見せたいと思うものだろう?


 最初は、自分の描いたイラストを細々とアップするだけのSNSアカウントだった。ただ、他の絵描きとコミュニケーションをとるようになって、ついつい見栄を張るようになってしまった。


 いつの間にか、SNS上では俺は学校でも一、二を争うような天才ということになっていた。いつの間にか、俺はテニスで全国大会に出ている事になっていた。そして、いつの間にか文武両道なすごい美人な彼女がいる事になってしまっていたのだ。


 俺はその彼女がどんな人物か聞かれたとき、ついつい国枝さんの事を話してしまっていた。


 どうせ匿名だからバレるわけがない。そう高をくくっていた。でもまさかそれが、本人にバレるなんて。――はあ、なんでこんなことに。


「やあ変態絵描き君。ペン入れ進んでる?」

「うわああ! ちょ、国枝さん! 学校でその名を呼ばないでください!」


 放課後の教室で国枝さんにいきなり後ろから声をかけられて、俺は心臓が止まるかと思った。


「おっと失礼。それで、原稿は?」

「……はい、これ」


 俺は鞄から原稿を取り出した。


 国枝さんに呼び出された日から一週間。俺は国枝さんから預かったエロ漫画のネームを元に、ペン入れをしたのだ。どうも彼女は、俺に話を持ってくる前にすでにネームを完成させていたようなのだ。ただ、絵心にだけ自信が無かった彼女は、絵を描ける人間を探していた。そして目をつけられてしまったのが俺というわけだ。


「なあ、どうしてエロ漫画を描こうと思ったんだ?」

「君と私が組めば、売れるエロ漫画が作れる確信が私にはあったからね。それに、エロ漫画好きだし」


 たしかに彼女はエロ漫画好きというだけあって、ネームは非常によくできていた。初めてネームに目を通した時、ちょっと興奮したし、面白いとも思った。ただ、エロ漫画なんだよな。


 好きな子が描いたエロ漫画を読まされる気持ち、わかるか? なぜか分からないけど、すごく恥ずかしい気持ちになってしまった。人の恥ずかしい部分を、無理やり共感させられてしまっているようなそんな感情だ。


 それでも俺はなんとか1ページ1ページ、ドキドキしながら時間をかけて読み込んで絵をつけたんだ。


 彼女は俺の描いた原稿をぺらぺらとめくる。


「うーん、いまいち」

「そうか?」


 ……絵には結構自信あったんだけどな。彼女のイメージしたものとは出来が違ったのか。必死に描いたのだが。


「君、ちゃんとエロ漫画読んだ事ある? 一度しっかり読み直して、勉強しなおしてから描いて。これじゃエロスが足りないよ」

「え、いやその、実は俺エロ漫画ちゃんと読んだことなくて」


 俺がそういうと、国枝さんは信じられないものを目にしたような、驚きの表情で俺を見た。


「はあ!? 読んだ事が無い!? おいおい、君は本当に健全な男子か!?」

「いやだって、俺たちまだ18才未満だろ? だからこういうの買っちゃダメだし……」

「ええっ……エロ漫画なんて、今どき小学生でも読んでいるのに。今まで道に落ちてるエロ本とか、拾ったりしなかったのか? はあ……仕方ない、私のコレクションを貸してやる。私の家に来い」


 こうして、俺は半ば強引に彼女の自宅に招かれることになってしまった。

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