第10話
「…ん」
すっかり眠ってしまっていた事に気付き、身体を起こす。
ポケットからスマホを出して見れば、時刻は夜中の十一時半を過ぎていた。
閉店は深夜の一時までだと言われていたのを思いだし、飲みかけの缶ビールを流し込み、最後に軽く汗を流しに急いで風呂に浸かる。
一体さっきの夢は何だったんだと思い巡らすも、特に思い当たる節も無く、首に掛けたタオルで軽く拭きながら、閉店を知らせる《蛍の光》流れるこの場を後にした。
人気の無い帰り道を、時たま通る車の走る音だけが、横切って行く。
街灯の下を歩きながら見上げる夜空は、思いの外、星が煌めいている。
普段、見上げる事のない夜空がこんなに広かったのかと再確認する。
そんな事をただ何も考えずに歩いていると、奇妙なコトコトした音が後ろ脚に“コツン”とぶつかった。
ビックリして振り返るが、誰もいない。
少し気味が悪いと感じたが、肝心の足許を見るとそこには……
あのたぬきの置物に似た様な格好の、“たぬき”が、こちらを見上げていた。
この話をすると嘘だと思われる気がして、今まで誰にも言った事はない。
酔っていて夢でも見ていたとか、疲れてるんじゃ無いかとか、そう言われるのがオチだろうと思ったからだ。
常日頃からオオカミ少年をしてるなら兎も角、(社会人としてそれだとまず相手にされない上に、不届き者と認定されるだろう)そんな事する理由は無いから、この先の話を見たくなければ、それは好きに判断して構わない。
けど、あった事を嘘と言って無かった事にするのはあんまりな気がする。
実際にこの目で見た事を忘れない様に、ただ書き連ねた拙い投函を残す事は、許して頂きたくお願いする。
で、そのたぬきは、何となくまだあどけなさがある様な雰囲気で、こちらに向けて手の平程の大きさの盃を、差し出してきた。
どうすればいいのか訳も分からずに、“えっと…何をいれる?”と自然と口からこぼす。
たぬきは足許から離れ、数歩前に出た。
たぬきの様子を目で追うと、通り過ぎた住宅地の角にある個人商店の自販機が、ぼんやりと周囲に灯り出した。
仕方なく引き返して、自販機の前に歩みを進める。
けど、当の本人は動かずにこちらをじっと見ている様だった。
ぼんやり灯る自販機は、なんと酒であった。
たぬきが酒を欲するとは聞いた事はもちろん無いが、今にして思えば、徳利を提げたたぬきの置物があるのだから、何ら不思議ではなかったのだ。
けど、そんな事その時は思い付かず、“どれにすれば…”と心の中で問いかけると、ある一つがまた、ぼんやり灯り出した。
それを一つ、小銭を入れてボタンを押す。
取り出し口に手を入れて、あのたぬきの元に急いで戻った。
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