百合でいっぱいの大地

藤原くう

百合でいっぱいの大地

 百合の間に挟まってくる男が、昔から大っ嫌いだった。


 二人の少女の間にはプラトニックでピュアな空気が流れている。その神聖な空気といったら、地にはびこる悪魔がおびえ、天の神々がにっこり微笑ほほえむほど。


 いっそ神々しさすらある百合ワールドをむさくるしい邪念じぇねんで侵害するのは、神をも恐れぬ所業だとなぜわからないんだろう。


 百合という神聖な行為に目覚めたのは小学生の頃だった。体育のときの準備運動で、互いにストレッチし合う。腕をつかまれ、うーんと伸びをしているときだ。


 あるいは、幼なじみの飲みかけジュースを飲んだとき。


 口いっぱいに広がる甘酸っぱさとともに、ビビビと感じたんだ。


 胸のトキメキと活力のようなものを。


 気持ちよさ、感動とも言いかえられるかもしれない。背中に翼が生え、私は天界を旅しているかのような気分にさえなった。


 そして、浮かぶようなその快感は、男が話しかけてくることで霧散した。さながら、エデンの園を追い出されたイブの気分だった。


 それで、間に挟まってくる男どもを、全員残らず消してやろうと思った。






 紹介が遅れたが、私は物理学者だ。素粒子物理学――素粒子を研究している。


 特に、百合から生まれる百合エネルギーとそれを構成するユリウムについて。


 百合エネルギーは素粒子によって構成されている。スーパーカミオカンデの見学中に、偶然見つかった素粒子によって――。


 んなバカな、だって?


 信じてない人は『ネイチャー』でも読んでみるといい。私の書いた論文が見つかるだろうから。


 さて、説明を続けよう。


 ユリウムは素粒子だ。


 光速より速いタキオンや重力を伝えるグラビトンとは違い、ユリウムは存在を予測されてはいなかった未知なる素粒子。


 が、ヒントはたくさんあった。百合という現象が起きているときには、ユリ――植物のものを指す――が舞い、心地良い香りがただよう。宇宙がラズベリーの香りをしているように、ユリウムはユリの香りがする。


 スーパーカミオカンデ内でユリの匂いがするという報告が女性研究員の中であり、装置を動かしてみたところ、未知の素粒子――ユリウムが発見されたのだった。


 ちなみに、見学中のJKたちが「研究者になろうね」と指切りげんまんしなければ発見されてなかったことだろう。


 そんな奇跡的に発見された素粒子であるユリウムに似ているものとしては、バラニウムという素粒子がある。性質は極めて似ているが、バラニウムは男性に多く存在するもので、薔薇ばらエネルギーのもととなり、バラの香りがする。


 またユリウムにはプラスとマイナスがあり【受け】と【攻め】と呼ばれた。


 受けと攻めは磁力のような性質を持っている。同じものの場合――受け×受け、攻め×攻め――は反発し合い、異種同士だとくっつきあう。ようするに磁力に近い。


 が、磁力とちがうのは、長いあいだ反発させていると弱い力を反転させてしまうことにある。つまり、同種はいつか異種に転じる。


 実際にはそう単純でもなく、例えば、攻めに見えたのが一転して受けに回る(専門用語でいえば【誘い受け】)こともあり、その逆もあったりして、複雑怪奇。だが、それらを説明していたら日が暮れてしまうので割愛させてもらう。


 とにかく、ユリウムという素粒子があり、私はその未知なるエネルギーを利用することにしたんだ。






 小学生の私は百合エネルギーを摂取しようとしていた節がある。


 ようするに、同性とばかり一緒にいた。


 今でこそ、【クールビューティ】だとか【マッドサイエンティスト】だとか【鉄面皮が綺麗な女の姿で歩いてる】なんてひょうされる私だが、子どものときは、それはもう野に咲くシロツメクサのように控えめな子どもだった。


 どこへ行くにも何をするにも、だれかのあとに続いた。金魚のフンのようだとぶん殴りたくなるが、そうすることで誰かの陰に隠れたかっただけ。


 なんて、そんなの健全。女の子のすべすべの肌に抱きついて、頬ずりしたかったんだと思う。


 一緒に遊び、一緒に学び、プールへ行ったり、お風呂に入っちゃったり……実にお恥ずかしい。


 一方で男のことは避けつづけていた。


 男という存在は、私にとっては邪魔でしかなかった。アイツらはいっつもいっつも私がかわいい女の子と話している時ばかり、狙ったように話しかけてくるのだから……!


 ……コホン。話がそれてしまった。


 おじゃまブロック並みに邪魔だった彼らの見る目が多少なりとも変わったのは、中学でのこと。


 そこで出会ったオタク友達が見せてくれた、とあるアンソロジー本のせいである。


 最初は邪教の経典と思っていたものだが、それ以来、聖典のように思われるような衝撃的体験だった。コペルニクスが地動説を発見したかのような、あるいは男に、自分にはない器官がぶら下がっていることを知ったときのような驚きがあった。


 その薄い漫画には男どもの友情が描かれていた。裸の付き合いだなんて生易しく、浅瀬にしか思えないようなことが繰り広げていたんだ。おおよそ口に出すのもはばかられるようなプレイでさえあった。


 私は、男に興味がない。なかったつもりである。


 しかしながら、その漫画に描かれていた――男たちがベッドの上で抱きしめ合う姿を見ていると、こう胸にこみあげてくるものがあった。


 一瞬、脳裏にユリのことがよぎった。


 だが、ユリにしては匂いがきつかった。


 それもそのはず、このとき私が感じていたのは、のちに百合エネルギーと定義される高次元のエネルギー体と同系統のものだったからだ。


 それこそは薔薇エネルギーであった。






 ユリウムとバラニウムは、生きとし生けるすべての男女に存在するものである。保有量としては0.001%にも満たないが、ヒトの気質を左右するファクターの一つらしい。


 男らしい女性にはバラニウムが多く、女らしい男性にはユリウムが多い……という風に。


 これは私やあなたも一緒である。ただ、程度がちょっと違うというだけ。


 であるならば、ユリウム/バラニウムだけになったら、人はどうなってしまうのだろう?


 私には、なんとなく予想がついていた。


 たぶん――。






 高校生になっても百合が好きだった。


 いくら仏頂面で無感動と評されていたわたしと言えども、JKである、花も恥じらう乙女である。恋に恋することが何度かあった。


 ようするに何人かと恋人になった。


 なんというか、自分で言うのもなんだが、どうやら私はモテるらしい。それは、いっつも一人でいて、なにやら小難しい学術書やら小説やらを読んでいたからだと、恋人になってくれた一人がシングルベッドでささやいてくれた。


 身長も女性としては高かったし、目つきも悪かった。もっとも、目が悪かっただけなのだが。


 私は男女問わず告白され、女子生徒からの告白に対しては首を縦に振り、男からの手紙は。


 そうして、


 ここで言いたいことがあるのだが、快楽は求めていない。肌を重ね合う――オブラートを引っぺがせば、セックスはどうでもよかった。


 私の考えだが、セックスはユリウムを――百合エネルギーを生み出すファクターではない。因果はまったくの真逆であり、百合エネルギーの高まりの結果として、人はムラムラする。ちんちんかもかもし、ベッドへダイブする。


 とにかく、私はプラトニックな関係を望んだ。


 私は百合であってレズではない。もちろん、同性愛者ではあるだろう。好きな子、好きなタイプというのはいた。私にはない、感情的で活発的な小柄な女の子を見るとストライクって叫びたくなるくらいには大好きだ。


 でも、そこに、彼女をよろこばせてあげたい、とか、乱れに乱れまくる姿をみたいって感情はなかった。


 手を繋げたらそれで満足だし、B級映画の感想を言い合えたら最高だ。


 付き合ってくれた相手には、意外って言われたり、つまらないと言われたこともある。


 そんな私は、百合原理主義者として名をせた。名を馳せたはいいものの、女の子は遠ざかっていった。もちろん、それでも好きでいてくれる子はいたんだけど、間違いなく変人扱いされるようになった。


 そのくせ、男にはますますモテた。私としては、北極と南極くらい距離を離したつもりだったんだけど、それが男の気を引いたらしい。手に入れにくいこそ、今どき珍しいほどピュアだからこそ、求めたくなるとかなんとか。


 雪原にいたらおでんが恋しいし、砂漠ならアイスが食べたくなるようなもんか。


 だからか、ナンパされたこともある。


 一時の経験と思って、男とお付き合いしたことだってあった。


 セックスだってした。


 が……何が楽しいのかさっぱりわからない。


 初体験のときなどは痛みだけがあり、なるほどこれが、世に聞く【破瓜はか】か、と妙にさとりを開いていたので、相手の自信を二重の意味でへし折ってしまった。


 今になって考えてみるに、申しわけないことをした。


 が、その時にはわからなかったんだ。体を埋め尽くすようなじんわりとした熱が、男女の営みにはなかったってことが。


 百合エネルギーが欠如していたからこそ、気持ちよくなかった。






 ユリウムとバラニウムが似ている存在であることは先ほど説明した通り。


 であるならば、同じような性質を持つユリウムとバラニウムでも、反発する性質があるのではないか――。


 てっとりばやく言えば、ある。


 それはコミケやネットにおいて、百合を愛する者と薔薇を愛するものが、信仰する薄い本を竹槍とばかりに掲げ、武力衝突するのが一例と言える。


 そこまでマクロな影響を与えるためには、ユリウムとバラニウムが相当量なければいけないだろうが、可能性としては普通にありえた。


 他者をも傷つけようとするほどに百合や薔薇を愛する者であれば、その問題はクリアしていると言えよう。


 さて、ここからが本題だ。


 同種のものがぶつかったとき、弱い方が反転した。


 ――同じような性質を持つ、二つの素粒子の間でも生じうるのだろうか?


 その疑問が天から降ってきた時、神からのお告げのように感じたものである。


 私はすぐに実験に取り掛かった。






 検査したところ、私のユリウム含有量は常人の何百倍もあった。


 幼少期から、百合を百合を愛し、浸りつづけた私の体はある種のスポンジとなっていた。


 百合エネルギーを吸収し、快感を得る。


 だから、セックスが気持ちよくなかったのだ。


 例えるならば、ドラッグ常用者が、その他の快楽を感じにくくなってしまうことに似ているだろうか。


 百合エネルギーからの気持ちよさに慣れていたために、セックスで感じにくくなっていたんだ。


 道理で男との性行為が気持ちよくないわけである。


 まあ、別に困らないしいいか。そのおかげで実験ができるのだから、むしろ手を叩いて喜びたいね。


 閑話休題。


 ここには助手がいる。私のことをスキスキ言ってくれるかわいい大学生であり、私の今の恋人、ということになる。


 彼女とともに、私は街へと繰り出す。


 もちろん、街中でキスするとか、隠れてユリックスというわけではない。


 百合エネルギーはプラトニックな行為でこそ産まれうる。


 街中を手をつなぎ歩いているだけでいい。映画を見、カフェで感想を語りあい、互いのケーキを一口交換する――それだけで、百合エネルギーは高まってくる。


 心にこう、温かなものが集まってくるんだ。


 それに私と助手ちゃんは見た目だけならかわいいから、バカな男どもも誘引されるだろうし。






 実際、私の企みは成功した。


 ベンチに座って話していると、いかにもチャラそうな男が話しかけてきた。女なんて食いものかモノにしか見えてなさそうなヤツ。


 むしろ良心の呵責かしゃくも生まれなくてありがたい。


 そいつが近づいてくるにつれ、髪の毛が逆立つような気がした。


 私の体から通して出んばかりのユリウムと、男の持つバラニウムとが反発しているんだ。


 私は助手に指示していた通りに、男へと抱きついた。


 左右から男を。


 逃げようとするバラニウムを挟みこむように。


 男が驚き、アッと声を上げる。


 次の瞬間、


 バチン。


 ブレーカーが落ちたような音がし、私と助手は吹きとばされた。


 顔を上げればそこに男はいない。


 1人の女が――ギャルっぽい女がへたり込んでいるばかりだった。


 成功した成功した。


 嬉しすぎてガラにもなくその場で小躍りしてしまった。助手の手を取り、ひとしきり踊りくるった私は、この実験結果をもとに、対象を女に変えてしまうバラニウム変換装置――ある種のコンバーターのようなものを造ろうと研究室に戻ろうとした。


 不意に、女なったばかりの元男が悲鳴を上げる。


 その叫び声と言ったらすさまじいものがあった。あるべきものがない――去勢されたネコのように何度も何度も股間をまさぐりながら。


 目の前の元チャラ男の女だけではない。


 まわりのすべての男だったものが悲鳴を上げる。


 その時、全世界の男だったものの絶叫が、世界中にこだましたそうだ。


 なぜ、そうなったのか。


 世界にユリの香りが充満した瞬間、その中心にいた私は説明できる。


 私と助手が男に抱きついた途端――高濃度のユリウムとバラニウムを挟みこんだ瞬間、ユリウムのバースト現象が起きた。


 量子論的なあれこれを抜きにして説明すると、世界はユリウムに満たされ、その影響を受けた男たちはみな、バラニウムを反転させられ、女になってしまったのだ。


 ユリウムだけになった人間は、女になる。


 間に挟まってくる男も、そうじゃない男も、それどころか――生きとし生けるものみんなみんな。

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