夏祭りで後輩(?)に再会した話

一条珠綾

第1話



「ぁぅ…!ぁ、ぁあっ!や!や!…めぇ」


 蒸し暑い風が開けっ放しの窓から入ってくる。俺の上で腰を振る男から、ぽたりと汗が降ってきて、たやすく二人の体温が交じり合う。


 窓の外からはパァン、パァンと火薬が弾ける音がして、その音に少し遅れて、歓声が上がっている。真っ暗な部屋の中が、窓から入ってくる色とりどりの光に照らされている。その様子を揺れる視界で見つめて、とても綺麗だと思った。


 地元の夏祭りの夜、俺は、とてつもなく美形な男に抱かれていた。クーラーもつけずに、男2人が密着して動いていると、熱中症になりそうなほど熱い。汗だくになりながら、動物的な本能でお互いをむさぼりあう。俺を抱く男は、ひんやりした見た目をしているのに、見た目からは想像できないほど熱く、俺を屈服させる意思をもって動く。


 蕩けるまで解されたぬかるんだ孔に、熱い棒がこれでもかというくらい深く挿入ってくる。男を咥えるために開かれた股関節がきしりと痛むが、それを上回る愉悦とアルコールの余韻で、頭の処理速度は地に落ちていた。後ろで快楽を拾うのは初めてで、奥を遊ぶようにこねられると甘い疼きが湧き上がる。


 甘い声を上げてしまったことが悔しくて、負けてたまるかと後ろの穴を締めつけると、男は息をつめ、腰を止める。密着した腹筋に力が入っていることが分かり、イキそうになったことが分かる。


「ふっ…」

「…このっ」

「んぅ、あ、やめっ!!」


 ざまあみろと言うかのように笑うと、仕返しのように、既に知り尽くされた快楽の痼を押しつぶされた。


「あぁあッ!!!…ダメだ、そ、こは。や!ぁー…ぅ」

「はっ…あー、やべ」

 一瞬ちかちかと目の前が点滅したが、達するまでは届かず、俺のちんこからは白濁した汁があとからあとから溢れ出てきている。俺をぐずぐずにするためにしつこく腰を押しつけている男は、熱を孕んだ目で俺を見つめる。


 ふと汗が目に入りそうになったのか、腰を止め、熱い息を吐き出しながら、腕で額を拭う。前髪がかきあげられ、色気がまして、思わずまた孔をキュンとしめ、中にある剛直をしゃぶってしまう。


 グッと男が息をつめる音がして、中にある男の熱棒がとぷりと先走りを垂らしたのが分かる。また孔を締め上げたことで、男はまた俺がわざとしたと思ったのだろう。ちがういまのは不可抗力だ。


「そんなに早くイって欲しいんですか…?」


 男はイラついたのか、俺の足を肩にかけ、ぐっと体重をかけてきた。期待か恐怖か、ヒクリとなる俺の喉を無視して、男は前立腺を亀頭で深く抉るように、体重をのせ、角度をつけて出し入れする。パンパンと男の腰と俺の尻が当たって音がする。


「ひぁぁあ!!も、ら、めぇ!!や!イケ、なっ!ぁ!あ!ぁあああ!!!」


 俺のちんぽはこれ以上ないほど膨らんでいるが、ガクガクと腰を揺らすのみで、爆発はしない。でも、意識が飛んでしまいそうなほどに気持ちいい。これが中イキってやつなのか。目の前がちかちかとして酩酊しているような俺の様子を見て、男は少しだけイラついた声で、こういった。


「せんぱい、これ以上、煽んないで」


 お上品な顔には似合わない甘えた雄の声を聞きながら、俺は愉悦に沈んでいった。


〜〜〜〜


「じゃあ、吾妻、あとはよろしくな!」


 課長は俺に声をかけ、颯爽と部屋から出ていく。俺、吾妻湊(あづまみなと)は、イベント会社につとめる平凡な会社員だ。大学卒業後、新卒で入ったこの会社に勤めて四年目になる。


 イベント会社という華々しい業界にいるにもかかわらず、俺はどちらかというともさついている方だ。会社にいる先輩方のように、シュッとしたタイプではない。ただ、小さいころからバスケをやっていたため、そこそこ身長があり、筋肉もある程度ついている。身長マジックで、去年までは彼女もいた。まあ、仕事が忙しく、フラれてしまったが。


 今日は、俺の会社が企画した夏祭りイベントの日だ。有名アーティストを呼び、野外ライブ会場はほぼ満員。ビアガーデンの人入りも上々だ。出店もそこそこ稼いでいるように見えるので、売上は目標金額に達するだろう。


 浴衣姿の客とすれ違うと、俺の服装がビジネスカジュアルのためか、チラッと視線が向けられるのが分かる。仕事なのでボトムスは一応スーツで、周りから浮きすぎないように青のチェック柄のワイシャツを着ている。歩いているとスーツとシャツの中が蒸れて、全身が汗でびしょ濡れになる。


 そんな濡れ鼠のまま、俺はある場所を目指して、早歩きでかけていく。その理由は、会社至急の携帯に、課長から魔のチャットメッセージが入ったからだ。


ー吾妻くん、屋形船きてちょ


 課長は40過ぎのおっさんで、よく言えば明るく、悪く言えば軽薄な人だ。イベント企業に勤めるのが天職だと感じる。テレビのプロデューサーがやりそうな裸足ローファーをしていたときは、なんというか脱力してしまった。それにしても、きてちょとはなんだきてちょとは。


 今夜のイベントは、目玉の打上花火が無事に終われば、事故もなくフィナーレを迎える予定だったのに、面倒な仕事が舞い込んでしまった。


 呼ばれた先は、河岸に浮かんでいる一際目立つ屋形船のことだろう。かなり大きいサイズで、ここら辺でチャーターできる屋形船では一番立派なやつらしい。


 この屋形船の中では、うちの会社の役員が、今回の夏祭りのスポンサーを接待をしていると聞いている。花火の時間になったら、岸から離して、フィナーレの打上花火がバッチリ見える位置まで移動すると聞いている。つまり、特等席中の特等席だ。


 そんな中、俺が呼ばれる理由が分からないが、どうせ「何か一発芸しろ」とかそういう理由だろう。そう思って、俺は屋形船までの道中であるものを仕込んだ。これを披露する機会がないことを切に願いつつ、船に到着した。


 屋形船は、河岸に繋がれたままになっていて、俺は揺れる足元を見て。船の中の宴会場には10人ほどのおじさんが、ヘベレケでヘラヘラ笑っていた。その中には、ネクタイを頭に巻いている人もおり、まるで地獄絵図だ。もうちょっとちゃんとしていて欲しかった。


 扉を開けるなり飛び込んできた光景に嫌気がさしていると、若い男がこちらを見つめているのに気がついた。


 視線の方に顔を向けると、バチっと視線が合う。男は、アーモンド形の目とスッとした鼻梁、下唇だけ少しばかり厚い整った唇をした、大層な美丈夫だった。少しだけかきあげられた髪が色っぽさを増している。夏祭りらしく紺の浴衣をきており、わずかに見える太い首筋が、芸術品のような男に、男らしさをプラスしていた。


 ただ、俺と目が合った途端、さっと目が逸らされた。うっすら耳が赤くなっていたが、なんなのだろう。


 不思議に思いつつも、俺は自分の心を鎮めるために、もう一度阿鼻叫喚一歩手前の部屋の中を見渡すした。そうすると、うちの社長が一番上座で、座りながら日本酒を飲んでいるのが見えた。そして、社長の真向かいに、先ほど目が合った若い男が座っている。つまり、彼が今回の夏祭りのスポンサーなのだろう。


 今日の夏祭りは例年、複数のスポンサーから幾ばくかの寄付をもらって夏祭りを運営していた。しかし、今年は、スポンサーは1社のみで、例年の倍額出してくれるという奇跡が起こったのだった。


 そして、そのスポンサーは当日になるまで運営に口を出さず、ただお金だけサポートしてくれた。そんなこんなで、今回のスポンサー様様は、うちの会社では神様扱いなのだ。


 今回のスポンサーは、某有名ホテルチェーンの御曹司で、資産運用のための会社を通して、この夏祭りのスポンサーをしてくれたのだと聞いている。金持ちの考えることは分からないが、ある種の金持ちの道楽なのだろうと思う。


「吾妻くーん。待ってたよお」


 会場に入るとすぐ課長が出迎えてくれた。が、全身に日本酒の匂いが染み付いており、ウッと顔を背けてしまう。


「そんなに飲んでないもん。ふぅーってしたげる。ふぅーって」

「やめろ、ください」


 支離滅裂で絡んでくる課長はかなりうざい。俺は冷たく睨んだが、この人には効くはずがなく、息を吹きかけられてキレそうになる。若干言葉遣いも危うくなってしまった。


「俺はなんで呼ばれたんですか」

「あっ!嫌がらせしてる場合じゃなかった。瀬崎さん!吾妻くんきましたー」


 この人、嫌がらせって言った。ハラスメントだハラスメントと思いながら、課長が声をかけた先は、先ほど目が合ったイケメンだった。イケメンは俺の方をずっと見ていたのか、また目が合う。


「瀬川さん?」

「そう!吾妻くん、瀬川さんの高校の先輩なんだってねー」


 このおじさんは語尾を伸ばしながらじゃないと話せないのか、と絶対零度の視線で見つめながら、はて、と思う。


 せがわ、なんて後輩いただろうか。俺が通っていた高校は、いわゆる有名私立というやつで、親が裕福なやつはいっぱいいた。ちなみに、俺は一般家庭出身だが、スポーツ特待をもらい、学費免除で通っていた。


「瀬崎さんて、いくつなんすか?」


 名前だけでは思い当たらず、少し小声で課長に確認する。1コか2コ下なら、同じ時期に高校に通っていたことになる。


「えっと、吾妻くんより2つ下の24歳だよ。だから、吾妻くんが3年生のときに1年生だったんだろうねー」

「…はあ」


 申し訳ないことにまったく思い出せない。


「まぁ、積もる話もあるだろうから!吾妻くん、瀬崎さんにとなりに座ってお酌してー!」


まあ、いわゆる接待だな…。後輩といえども初対面微妙だけど、今回の夏祭りの成功はこいつの財力なしにはありえなかったわけで、ここはいっちょ社会人としてやりきらなければいけない。


俺は腕まくりをして、瀬崎さんが座る上座に向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「吾妻と申します。今回はこの夏祭りに出資いただいて、ありがとうございました。瀬川さんのおかげで、素晴らしい夏祭りが企画できました」


隣に座った俺は、すぐさま徳利を持ち上げ、社会人スマイルを浮かべて、お酌をする。そうすると、瀬川さんは少し慌てたように返してくれる。


「あ、瀬川幸一郎です。ご無沙汰しています。吾妻先輩」


 たどたどしく自己紹介しながら、にこやかに微笑むイケメンにうっすら色気を感じてしまった。改めて見ると、めちゃくちゃイケメンだ。耳がうっすら赤いことが気になるが、結構酔っているのかもしれない。


 俺が隣に座っても目線が一緒、というか少し上なので、めちゃくちゃタッパがあるのだろう。


 お猪口を持つ瀬川さんの手は、すらりとした指に男性らしさを感じる節が目立っている。同性でありながら、惚れ惚れしてしまう。その手に握られたお猪口に酒を注ぐが、瀬川さんが俺のことを「先輩」と呼ぶからには、どこかしらで接点があったんだろうか。


 まったく記憶にない。そもそも、こんな美丈夫がいたら、覚えてると思うのだが。


「瀬川さん。俺と同じ朝倉高校なんですよね。さっき、課長から聞きました」

「…はい、そうです。僕が1年生のとき、吾妻先輩は3年生で、ずっと見てました。僕の方が後輩なんで敬語はやめてください」


 俺がニュアンスではじめましての雰囲気を匂わすと、瀬川さんは一瞬傷ついた目をしたが、それに気づいた途端すぐに消え失せてしまった。


 その様子を不思議に思いつつも、ずっと見てたということにピンとくる。


「いやいや、そう言うわけにも。もしかして、バスケ見てくれてたりしました?」


 心当たりがあるところをズバッと聞いてみる。


 実は、俺は高校まではバリバリのバスケ少年で、自分で言うのは恥ずかしいが、同世代の中で有名になるくらいに活躍していた。高校3年生の春にプロリーグからの誘いがあったので、プロになろうと思っていた。俺はバスケが好きだったし、身体が動かなくなるまではバスケをしたいと心から思っていた。


 けれど、人生はそんなに上手くいかなかった。


 高校3年の夏に膝を痛めてしまったのだ。本当は2年のことから痛み始めていたのだが、誤魔化しながらやっていたら、練習中突然倒れてしまった。


 これ以上バスケをやるなら、歩けなくなるとドクターストップがかかり、心配したコーチとメンバーから体育館に入れてもらえなくなり、バスケを辞めざるをえなかった。


 いま思えば、あの頃は人生で一番荒れた。心の底から人生どうでもいいやと思った。


 俺はバスケというスポーツが好きで好きでたまらなかったし、少しでも上手くなりたいと毎日思っていたし、上手くプレイができたら嬉してたまらなかった。


 怪我で脚が使い物にならなくなって、バスケは俺の人生から消えた。その実感が湧いた時、寝れなくなり食べられなくなった。あの時は俺が俺でなくなるかもしれないと思ったほどだ。


 そんなとき、あることがきっかけで俺は立ち直り、大学に進学することを決め、今の会社に入った。何故だが急に、そのきっかけを作ってくれたあいつと真夏の夜を思い出した。


ーああ、懐かしいな。あいつ元気かな。


 自分だけのモノローグに入りそうになり、慌てて気を引き締める。いまは瀬川さんだ。と意識を戻すと、瀬川さんが俺のことをじっと見つめていた。


「はい。ずっと、見てました」


 ぱちりと目が合い、目を逸らさずに言い切られる。ずっとのところに淫靡な熱を感じ、何故だか背筋がゾワリとしてしまう。


あれ、もしかして、これはー。


俺は大学生のときに男も女もイケるバイセクシャルと気づき、これまで男女ともに一夜の関係を迫られたこともある。そのたびに感じていた熱を瀬川さんから感じる。


「…よかったら、先輩も飲んでください。酔い潰れても大丈夫なように、2階に部屋とってあるので」


瀬川さんは熱のこもった空気にあてられて、俺は言われるがままに日本酒を注いでもらった。辛口の吟醸酒の透明な水面には困惑した俺が映っていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ちくしょう、くそったれ、神様のばか。俺が何したって言うんだよ。歩くたびに痛む膝に舌打ちしながら、蝉の声を振り払うように屋上までの階段を登る。


今日の朝、チームメイトは全国大会に出発したはずだ。本当だったら俺もそこにいたはずなのに。そう思うと、どうしても割り切ることができず、見送りはできなかった。


医者の診断は、変形性膝関節症だと言うことだ。バスケのやりすぎで俺の膝の軟骨はなくなり、これ以上やれば神経を傷つける可能性があるそうだ。そして、神経が切れれば歩けなくなることを説明された。


その診断はすぐさま学校に知らされ、俺は次の日から体育館から締め出された。扉を叩いて叫んでも返ってくるのは沈黙ばかり。信頼していたチームメイトに裏切られた気分で、俺は自棄になっていた。


 全国大会に行くはずだった日の放課後、俺は家に帰らず、学校の屋上に上がっていた。


 とても暑い日で、外にいるだけで汗が滲んだ。だけど、もうどうでもいい。すべてがどうでもいいと屋上の地面に寝転がっていた。どれくらい時間が経ったのか分からないが、ふと見渡すと日が沈み、夜の闇に包まれていた。


 屋上の入り口で非常灯が弱々しく光り、それ以外は満天の星空が俺を包んでいた。


 体を動かす気になれず、その星々を見つめていると、屋上の入り口が開く音がした。警備員か誰かだろうかとのろのろと目を向けると、そこには小さくて細っこいメガネくんがいた。


 俺の学校は学年ごとにネクタイカラーが決められており、そいつのネクタイは緑色で1年生ということが分かった。


「…なに」


細っこいメガネくんは屋上に座ったままの俺をじっと見ている。何か用だろうか。

放っておいてほしいということを言外に込めて、後輩君を見やる。


 すでに他の生徒は下校している時間帯のはずで、何しに来たのか分からないが、いま俺は動きたくない。


 そうしていると、ポツリと後輩君が口を開いた。


「…さっき、先輩が体育館から追い出されてるのを見て、追いかけたんですけど、一人になりたいかなとも思って。でも、なかなか降りてこないから、倒れてるんじゃないかと心配で…」


 支離滅裂だが、要するにこの後輩君は俺を心配して、ここに来てくれたということらしい。見たことない顔なので、バスケ部のつながりでもないだろう。


 メンタルがこれまでになく弱っているからか、俺はこれまでの関係性がない人からの心配が、そのとき無性に胸にきた。


「…つらい」


 夜の闇が顔を見えにくくさせる。そのおかげか、これまで親にもチームメイトにもこぼせなかった本音がこぼれていく。


「俺はバスケが好きだし、プロになるのが夢だったんだよ。そのために俺は努力をしたし、その努力が実ってくれると思ってた。…だけど、なんか全部間違ってたのかもな。俺は」


 最後の方が、思わず声が震えた。泣きそうなことが伝わったのか、俺のファンっぽい後輩君が息をのんだ次の瞬間。


「ッそんなことないです!!!!!」


 後輩君がいきなり大声を出す。


「先輩のやってきたことが間違いだったなんて、絶対そんなことありません。僕が保証します。僕は、先輩が心底楽しそうにバスケやってるの見て、すげーかっこよくて、先輩のバスケ見てると嫌なこと忘れられました」

「…」

「…僕、実家がごちゃごちゃしてて、親も兄弟も全員敵に見えるんですけど、先輩がバスケしてる瞬間だけ、世界って楽しいことが残ってるんだと思えました。そう思わせてくれた先輩は何も間違えていないし、これからも間違えません」


 強く言い切ってくれる後輩君の言葉が胸にすっと入ってきて、目に水分が溜まって、頬をつたっていった。


 それに気づかれないように下を向く。そうすると慌てた後輩君が俺の近くまで近寄ってきた。


「でも、俺もうバスケできない」


 弱々しく出た俺の声。それを励ますように、手を握られる。


「先輩ならバスケ以外でも絶対に大丈夫です。万が一もしだめでも、僕がなんとかします」


 熱烈な言葉のあと、頭上からパァンと火薬が弾ける音がして、おもわず上を見上げた。そこには大きな打ち上げ花火が花開いていた。


 そういえば、今日は隣町の夏祭りだった。その祭りのフィナーレで打ち上げ花火をやっているのだろう。


 学校の屋上からは、視界を遮るものが何もなく、とてもはっきりと花火が見えた。風がないのも相まって、まるい光の玉が一瞬鮮やかに光り、そして消えていった。金色の大きな大玉花火が弾けて消えていく。


「きれいだな…」


 花火はこれだけ綺麗でも一瞬で散っていく。人生もそんなものかもしれない。やりたいことも夢も変わっていくし、ずっと変わらないものなんてない。


 後輩くんがいった「大丈夫」という言葉と儚い花火があいまって、俺の苦しみが少しだけ和らいでいくのを感じた。完全に癒えることはないかもしれないが、前を向くことはできそうだ。


 少しだけ落ち着いて、泣きそうだったことをごまかすかのように、なぜかまだ手を握ったままの後輩君に話しかける。


「俺のこと、追いかけてくれてありがとな」

「いえ。僕は」


 花火の音に遮られてよく聞き取れなかったが、俺たちは手を握ったまま、花火が打ち上げるのを隣り合って見上げていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 花火が終わると、後輩君は手を握っていたことを大層照れて、顔が真っ赤になっていた。お礼の代わりに、頭をポンとたたいて、一緒に帰ろうと言った。


 駅までたわいもない話をして、家に帰った家についてから、名前も聞いていなかったことに気づいたが、落ち着いたら1年生の教室を見に行くことに決め、その日の夜はひさしぶりにすっきり寝ることができた。


 翌日、すっきりした気持ちのまま、チームメイトにテレビ電話をかけ、試合前の彼らに「頑張れよ」と伝えたら、みんな泣き出してしまった。


 泣きながら、体育館から締め出したのは、俺の膝が悪化しないようにという配慮からだと明かされた。


勝ちたいだけなら、俺の膝がどうなろうが、俺を出せばよかった。今後一生、俺の膝は使い物にはならなくなるだろうが、今年の夏の試合くらいはギリギリ行けただろう。


 それをやめさせたのは、チームメンバーだった。「勝つことより、お前が大事だ」と泣きながら言われ、つられて俺も泣いた。その後いろいろ吹っ切れた俺は受験勉強に邁進し、第一志望に受かることができた。


 ただ、それからその後輩に会う機会はなかった。1年生に心当たりがないかきくと、転校してしまった奴がいるといっていた。そいつは特段親しいやつがおらず、どこへいってしまったのかは分からなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 青春の1ページを思い返しながら、この会社に入るきっかけも、あの花火だったと思い出した。高校生の俺を慰めてくれた花火が忘れられなくて、全国各地の祭りを企画するこの会社に入ったのだ。


 しかし、そういえばいまは接待中だったとハッとした。


 俺はいま結構酔っぱらっている。瀬川さんが飲ませてくるのに加え、おいてある日本酒がどれも俺好みだったため、ハイペースで飲み続けてしまった。


 イベント会社だけあって、飲み会と接待は日常茶飯事で、俺もそこそこ酒に強くなっていたはずなのだが、今日は忙しく水分をろくに取っていなかったこともあり、ハイスピードでアルコールがまわった。


「吾妻先輩…かわいい」


 フラフラの俺を瀬川さんが甘い視線で見てくる。それに耐えきれないように、先ほどまで思い出していたエピソードを話してみる。

俺の2コ下ということは、瀬川さんはあの後輩君と同じ学年ということだ。もしかしたら、何か知っているかもしれない。


「ということがあったんだけど、いつかまたその後輩君に会ってみたいんだよね」


 アルコールのせいで敬語が怪しくなった俺は、瀬川さんの了解を得て、タメ口をきいている。そうすると、瀬川さんは耳まで真っ赤になり、小さい声で衝撃発言をした。


「…それ、俺です。あの時は眼鏡だったし、苗字も違っていたので…」

「へ…」

「そのときから、ずっと先輩が好きでした」


 驚きのあまり、俺だけ一瞬騒がしさがシャットダウンした。宴会場では、目の端で課長が頭にネクタイを巻き、日本酒の瓶をもって踊っているのが見えた。


「…!!えええ」

「せんぱい!!」


 叫んだ途端、課長の手からスポーンと抜けた日本酒がごつんと俺の頭にぶつかった。さかさまになった瓶からこぼれた日本酒にまみれた俺のシャツと慌てた瀬川さんを感じながら、気が遠くなっていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 頭の一部がずきずきとする。びしょびしょのシャツを誰かが脱がせようとしてくれている。だが、少し待ってくれ。それを見られると、俺が変態扱いされてしまうー。


 アルコールにまみれた頭を動かし、ようやく瞼をあげるが、腕は重く、介抱している男の手をつかめない。


「吾妻先輩、気が付きました? 瀬川です。シャツ濡れちゃいましたね…。風邪引くといけないので、ちょっと脱がしますね、ッ!!」


 やめろ、みないでくれというように、あらわになったそこを隠そうとしたのだが、その手はグッと押さえつけられ、頭上でひとまとまりにされてしまう。


「…先輩、これ、なんですか」


 ワントーン低くなった瀬川の声に、腰に甘いしびれがくる。


 瀬川は、そんな俺の様子を見つつも、俺のそこを凝視している。俺は宴会芸用に、乳首に絆創膏を張っていたのだった。


 普段なら何が面白いんだか分からないが、アルコールが入るとそこそこウケるので、ときどきやっていた。ただ、今日の絆創膏は小さめで、俺の乳輪がデカいのか、全体的にうっすら絆創膏からはみ出ており、いつもとは違ういやらしさがあった。


「ぁ、ちが…これ、宴会芸でみせる」

「こんなのをいつも見せてるんですか」


宴会芸のためというと、瀬川は更に苛立ったように、絆創膏の上から俺の乳首を強くつまんだ。


「っぁ!!、や、ちくび、や」


 イヤイヤと頭をふるが、身体は正直で乳首と息子がゆるやかに立ち上がっていく。瀬川はしばらく絆創膏のうえからカリカリとひっかいていたのだが、しばらくして片方だけはがしてしまった。汗で蒸れて、いつもより色が濃くなった俺の乳首があらわになる。瀬川はそれを見ると、グッと息をつめ、乳首にむしゃぶりついた。


「ひゃ、ぁ!!…なめるの、だめ、ぁ、や」


 ピチャピチャと、熱い舌が敏感な尖りを押しつぶし、なぶる。俺はそれだけで達しそうになりながら、瀬川の浴衣も同じように盛り上がっているのが見えた。


「…これからは、誰にも見せないでください」


 瀬川から執着と独占欲にまみれた声が吐かれる。俺はこれから起こることを想像して、目の前の男にしがみついた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そして、冒頭に戻り、俺は見事に、後輩君もとい瀬川さんとヤッてしまった。

 

 挿れられるのははじめてだったので、前立腺をつかれるたび、気が遠くなるような快感と出せないもどかしさを感じ、盛大に喘いでしまった。


 最後、瀬川が達するときに、ようやく俺のものもしごいてもらえて、視界が真っ白になるほどの絶頂を味わうことができた。とりあえず身体の相性はとんでもなくいいことがわかった。


 瀬川は横たわり、愛しげな眼をして、俺の腰を抱いて、尻をなでている。瀬川のものはまだ少し大きかったが、見ないふりをする。


ときおり、愛しさが抑えきれないように額にキスをされて、交わった後の甘い雰囲気を醸し出され、俺はすっかりふやけている。


 こいつがあの時の後輩くんだと知って、後輩くんを探しても見つからず、落ち込んでいた高校生の自分を思い出す。あのとき、すでに俺はこいつのことを


「あ、先輩。次が最後の花火です。一緒に見てもらえませんか」


 そういって、瀬川が屋形船の外の空を指さした。そういえば、今回最後の特大花火だけは、出資者である瀬川が決めたと聞いている。その内容は俺たちイベント会社にも教えてもらっていなかった。


パァンと言う大きな音がして、大きな金色の花火が夜空に咲く。大きさも色合いも高校の屋上から見上げたものととてもよく似ていた。


「…きれいだな」


 そう呟く俺の横顔を瀬川が見つめているのが分かる。そうしていると、肩を掴まれて、瀬川と向き合うことになった。


 目の前にはうっすら耳を赤くした可愛い後輩が俺を見つめている。


「…先輩、ずっと、ずっと好きでした。俺と付き合ってもらえませんか?」


 こんなの、俺に断る選択肢は残されていないだろうが。




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