年の瀬迷子
馬っ鹿みたいに混んでいる。
珍しく駅前にやって来て、南波の愚痴が頭をよぎった。
クリスマスが終われば、今度は年末商戦。一晩で三角のツリーは門松になり、モミのリースは注連飾りに変わる。あまりもののクリスマスグッズはたたき売られ、昨日までお店の端に目立たず陳列されていた鏡餅が主役を張っていた。
金色のモールでなく紅白幕、ジングルベルではなく春の海――。
「毎年この変わり身の早さはビビるわよねえ」
駅ビル一階フロアの入り口前に並んで、僕と南波は師走のせわしなさを実感していた。
「ハロウィンもクリスマスもついていけないというのに」
イベント大好きすぎるな、現代日本人。閉じた世界にいた僕は、スウちゃんと出逢ってずいぶん久しぶりに世の中の刺激と面白みを享受し始めたところだった。
「一階と二階のフロアが、レディスだから。あと四階に若い子向けのお店がちょこっとあるから、頑張んなさいね」
じゃあ、と言って南波が踵を返した。切符、でなく、交通系ICカードとやらを手にして。
「え、ちょっと待って。どこ行くの」
「酒屋。旦那に供える新年の祝い酒を買いに」
「そんなの、ここの駅ビルで買えるんじゃないの。っていうか、いつでもどこでも買えるでしょ」
「ここ、スーパーは入ってるけど、専門の酒屋はないんですー。お正月くらい、旦那も私もいい酒が飲みたいんですうー」
そう言い残し去ろうとする南波のダウンを、僕は思わず掴んでしまう。
「それ、今日じゃなくちゃだめなやつ?」
「あと、ヨガの予約も入れてるから無理ー」
「君は爪だの髪だの、どれだけ体整える気なの!」
「整えるの種類が違うような気もするけど、新年を前に磨いとかないとねー。情けないこと言ってないで、女の子へのプレゼントの一つくらい一人で選びなさいっての」
情けないことなど、もはや身に沁みてわかっている。どうせみっともないなら、せめて失敗はしたくなかった。
「なにしてんですか」
入り口傍で言い合っている邪魔な二人に、割って入る声。
声の方を振り返れば、怪訝な顔をした少年が一人、こちらを冷めた目で見ていた。
「トウくん」
黒いセルフレームの眼鏡をかけた顔馴染みの少年。大きな鞄を抱えたトウくんもまた、近所に住んでいるのだった。
「あらま、アズマくん! リアルではお久しぶりー」
「どうも、久しぶりです。ナナミオさん」
誰それ知らない。
困惑する僕の目の前で、二人はやたらと親し気に話していた。
「二人とも、そんなに仲良かったっけ?」
「あんたがやらかした時に一応、連絡先交換しといたんだよねー」
「ごめんなさい」
スウちゃんをお店から締め出した時、二人は揃って現れた。
呆れ、怒りながらもこうして付き合ってくれている南波は、数少ない得難い同士だ。対してトウくんは魔法使いに不信感を持っていたと思うのだけれど。
「アズマってのは、香坂くんがSNSで使ってる名前ね。ナナミオは私のやつ」
『東』希に、ななみみお、か。トウくんのことも南波のことも、きちんとフルネームで呼ぶことがないから繋がらなかった。インターネットの世界では、本名を明かさないことくらいは知っているけれど。
「アズマくんのアカウントねえ、わんちゃんの可愛い写真がいっぱいアップされるんだよね。それ見たくて、DM関係なしにフォローしちゃった」
「ナナミオさん、おもちのことめっちゃ褒めてくれるんで。あとナナミオさんのアカ、映えスポットとか助かるんですよね。母親がおもちのこと色々と連れて行きたがるんで」
「餅?」
「うちの犬です」
大きな鞄のメッシュ窓の向こう、白いふわふわがこちらをじっと見ていた。
「あらまおもちちゃん! 可愛いねいい子ですねお出かけいいねえ!」
南波が早口で毛玉に話しかける。年々、愛猫の常闇への愛が深まってるらしい彼女は、もはや人の愛犬であっても同様に愛でる対象なのだろうか。それとも動物好きはこんなものだろうか。スウちゃんだって、これより控えめながら動物相手には声色も変わるし。
「これからトリミング?」
「いや、ショップの撮影ブース借りに。通販で買った新年用の着物、届いたんで。年越しそばとおせちも買わなきゃだし」
「えー、いいなあ。猫用って売ってるかな」
「ねえまさかそれ、みんな犬の話?」
もう時代についていけない。鞄の中の白犬はにこにこした顔をしていた。
「じゃあ」
そう言って去ろうとする一人と一匹を、僕は慌てて引き止める。
「あっ、待ってトウくん。お願いしたいことが……いやそんなあからさまに嫌な顔しなくても良くないかな?」
眉間にぎゅんと皺が寄っている。南波と態度が違いすぎやしないだろうか。
「なんかすごい面倒くさそうなんで」
「そう、面倒くさいの、この人。澄花ちゃんへのプレゼントひとつ、まともに選べないみたい」
「あー」
トウくんが納得の表情を浮かべる。僕が不甲斐ないのは、彼も十分わかっているに違いない。
「買い物に付き合ってくれると、すごく助かるんだけど」
「絶対嫌です」
間髪入れずの返答に、南波が爆笑した。
「え、トウくん、スウちゃんの友達でしょ。協力したほうが良いものが選べると思わない?」
「嫌ですよ。ってか中野は俺が口出ししたの知ったら、むしろ残念がりますって」
「そうかな。だって年寄りのセンスだよ。趣味じゃないものもらった方が残念じゃないかな」
トウくんは今度こそ閉口して、ただただ呆れた顔をした。
「……この人、わかってなさすぎません?」
「でしょ」
南波とトウくん、揃って息を吐く。本当に、いつのまにこんなに息まで合うようになったのだろう。
「そりゃ、気持ちが全てとは言わないけどさ」
「少なくとも俺の選択が入る余地、ないですよね」
トウくんは犬のいる鞄を優しく叩く。
「どっちにしろ、犬連れじゃショッピングエリアには入れないので」
それじゃあ、とトウくんは、さっさとテラスエリアに行ってしまう。大切に抱えた鞄のメッシュ窓から、ふさふさとした尻尾が見えた。
「相手のことを考えながら贈り物を探すのって、なかなか楽しいものよ?」
未練がましい目付きをしていただろう僕に笑って、南波も改札へと向かって行った。
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