十二月のさがしもの

いいの すけこ

翠硝子のループタイ

 冬の日暮れは早い。

 冬至を少し過ぎたクリスマスの夕方、夜の訪れはあっという間だ。日中は大きな一枚硝子の窓から陽光が降り注ぐ店内も、会話に夢中になっている間にずいぶんと暗くなっていた。

 バックヤードにまわって店の照明を入れる。天井に二か所、鈴蘭の形をした傘を五つ連ねた照明に橙の明かりが灯った。電気は偉大なりと常々思う。

 エアーコンディショナーという文明の利器を発明する前の概念で作られた店の空気は、魔法で保たれているけれど。

(室温を心配しなくていいところが良い)

 燃料の追加はいらないし、ガスや電気でコントロールするにしても微細な調整がいらないし。椅子に身を預けてくつろぐ少女――スウちゃんも、セーター一枚でのんびりとお茶をすすっていた。彼女は少しばかり繊細なので、この場所がこの子にとって心地よければいいと、そう思う一方で。

(でももうスウちゃんは、僕よりよっぽど強いかな)

 傷つきやすい心と体を抱えていた少女は、今や前を向く強さを持っている。

 僕の隙間を、埋めるほどの。

 赤い眼鏡をかけた瞳がこちらを向いた。何かに目を止めて、小さく微笑む。


「どうかした?」

「それ、綺麗だなあって」

 それ、とはと問い返そうとしたら、スウちゃんは慌てたように付け加えた。

「あ、自分で贈ったものを褒めるとか、自画自賛みたいなんですけど。その、物自体、良いもの見つけたなって」

「ああ」

 僕の胸元に光る、ループタイ。

 翠のガラスを飾った留め具がついたそれは、つい先ほどスウちゃんから贈られたクリスマスプレゼントだった。

 自分よりもずっと年下の学生さんにお金を使わせてしまったことに、気まずさはあるけれど。

 それでも、きっと、一生懸命に選んでくれたのだろうと思うと嬉しかったし。

 どうしようもなく独りだった自分に寄り添おうとしてくれることが、何よりも有難かった。

「私、お店がお日様とか照明できらきらするのを見るのが好きなんです。ループタイも日の光と照明じゃまた違って、良いなあって」

 眼鏡と同じ銀の土台に、楕円のガラス。鮮やかな翠の滑らかな表面に、照明から集まった小さな光が星のように輝いていた。

 惰性で身に着けていた、遠い昔に手に入れた適当なループタイにとってかわって胸元におさまったそれ。ものの良し悪しなんてわからない人間だけど、一等美しく、胸に輝いている。何よりも大事な、かけがえのないものとして。


「たっだいまー! お邪魔だったらごめーんチーズケーキ食べさせてー!」

 物想いも穏やかな空気も吹き飛ばすほどに、勢いよく客人が飛び込んできた。

「南波さん、お帰りなさい」

 ネイルの予約で――あるいは気をきかせて――一度は店を出た南波が戻ってきた。防寒具を外しながら賑やかに喋り続ける。

「もう、あちこち馬っ鹿みたいに混んでてさあ。カフェなんかどこも入れないの。ここがあって良かったわあ」

「うちは喫茶店じゃないんですが?」

「貴重な茶飲み友達に冷たいこと言うんじゃないの。はー、寒かった」

「お茶、淹れてきますね。ケーキも切ってきます」

 さっと立ち上がったスウちゃんは、止める間もなくバックヤードへと消えて行った。

「ありがとー」

 ひらひらと手を振る南波は、椅子に座ったと思うと僕の胸元へと目を止めた。

「あれ、なあに、それ。眼鏡屋のループタイ、なんか新しくなってる?」

 さすが目ざといと思いながら、僕は留め具に触れて答えた。

「スウちゃんから、クリスマスプレゼント」

「あら、ま。それはそれは。良いもの貰ったじゃない」

 己のことのように、嬉しそうに南波は言った。

 しょっちゅう人をからかうような発言をするこの人が、なんだかんだ『お仲間』のことを色々と気にかけているのだと思い知る。


「で、眼鏡屋は澄花ちゃんに、何をあげたの?」

「へ?」

「あんたから、澄花ちゃんへのプレゼント。良いじゃない、それくらい教えなさいよ」

 ……あれ?

 今日はきよしこの夜、クリスマスパーティー的なもののわけで。お菓子や飲み物は用意したけど、ケーキはスウちゃんの手作りで、彼女はプレゼントまでくれて。

「なにもあげてない」

「は?」

「用意してなかった、クリスマスプレゼントとか」

「ばっっっかじゃないの!」

 心の底から力を込めた、南波の罵倒が響き渡る。

「いやでも、これ、前にあげたレンズのお礼らしくて。これでお互いさまというか?」

「あ、そういう? いや、でも今日クリスマスぞ? それにあんたの渡した呪具レンズ、贈り物ってわけじゃないんだし、それこそお金かかってるわけじゃないし」

 頭を抱える南波に、己の気のまわらなさを自覚する。高校生にお金や気を使わせては悪いと言いながら、自分は何も用意をしていない。

「贈り物を贈り合う仲かどうかとか、そういう難しい話、なのか……うーん」

 南波の眉間の皺が深くなっていく。

「お礼、お礼。いや、それはそれで正しいとして。でも、対価って考えだけじゃなくて」

 額を抑えていた指先を僕に突き付けて、言う。


「眼鏡屋が澄花ちゃんに、プレゼントをしたいかどうかよ」

 贈り物はお礼であり、お祝いであり。時に習慣であり、社交でありながらも――気持ちだ。

「南波さん、お待たせしました」

 紅茶とチーズケーキを携えて、バックヤードからスウちゃんが戻ってくる。南波はぱっと切り替えて、スウちゃんから食器を受け取った。

「ありがとうー。楽しみにしてたんだよね、ケーキ」

「お口に合えば良いですけど」

 手作りのチーズケーキ。クリスマスらしく柊木の飾りを添えたケーキは、時間と労力と、気持ちの込められた品だった。

「あ、私、南波さんに渡したいものがあって。持ってきてて良かった」

 スウちゃんは南波に、小さな紙袋を手渡した。

「大したものじゃないんですけど、これ」

 受け取った南波は、すぐさま紙袋の口を開く。

「えー嬉しい、ありがとうね! あ、ネイルクリームだ」

「安物なんですけど。今の季節は指先が荒れるし、南波さんの爪、素敵だし」

 今日も綺麗にやってもらいましたね、と言われた南波の指先は、専門のお店で整えてもらったばかりなのだろう。そこまで注視していない自分では、色や飾りがどう変わったのか、全く分からなかった。

「私からも澄花ちゃんに、クリスマスプレゼント。良かったら使って」

「えっ、わ、ありがとうございます! わあ、ポーチだ可愛い!」

 ひらひらとしたフリルに覆われたピンクのポーチは、確かに可愛い。例えば自分が贈り物を考えたとして、あれを選べるだろうか。

(馬鹿かもなあ、本当に)

 お互いに贈り合ったプレゼントを手に喜ぶ二人を眺めながら、僕は自身の至らなさを痛感するのだった。








 

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