第2話 ひだまりカフェ
(はっ………………今何時だ!?)
起きてみたけれど、相変わらず淡い光しかない暗い空間で朝なのか夜なのかがわからない。目を凝らしてみて、スマホを探してみたが、どうやら充電が切れてしまっているようで時間が全くわからない。
ひとまず部屋を出て、昨日下ってきたであろう螺旋階段をあがっていくと徐々にあたたかな光が差し込んでくる。
(朝日ってこんなに綺麗なものだっけ……)
いつも憂鬱でしかなかった朝の光が、まるで夜の深い暗闇を切り裂いて差し込む希望の光であるかのように見える。
「あ、おはようございます。昨晩はゆっくりできましたでしょうか?」
ちょうど階段を登りきったところで、昨日案内してくれた少女と出会った。
タオルを5つほど抱えて忙しそうながらも、朗らかに笑う笑顔にほっとする。
「お、おはようございます。すみません、仮眠のつもりがすっかり寝てしまって…………」
「いえ、お気になさらず。部屋が余っていたので、ゆっくりできたならよかったです。それより、モーニングはいかがなさいますか?」
「あ、ああ。それじゃあ、ひとつお願いします。」
「かしこまりました。ではご案内いたしますね」
そういってにこやかにほほ笑むと、少女のあとについていく。
辺りを見渡すと、ここは地下フロアとは一転してとても日当たりがよいらしくフロア全体が日差しに包まれていてとても明るい。
食堂のようなスペースを抜けると、バーのようなカウンター席に案内された。
そこには白髪のすらりとした長身の男性が一人、カウンター越しに珈琲豆を挽いていたところだった。
目が合うと、ミルを置き深々とお辞儀をする。
「お客様、おはようございます。私は当店の店主をしております。モーニングのご用意ができておりますので、こちらでどうぞ」
カウンターには、あたたかな湯気の立ちのぼる珈琲。
そして、とろけるようなスクランブルエッグと、香ばしい香りのクロワッサンが用意されていた。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
少しの緊張と寝ぼけ眼のまま席に腰掛けると、マスターは洗い物を整理しながら声をかけてくれた。
「昨晩はごゆっくりいただけましたか?」
「はい、あんなにゆっくり寝たのは久しぶりでした。いつも夜は怖かったので……」
「夜が怖いというのは、暗闇がこわいということでしょうか?」
「いえ、そうではなくて」
端正な顔立ちのマスターに似合わないきょとんとした顔がなんだかおもしろくて、つい笑ってしまいそうにながらも、俺は一口飲んだ珈琲カップを置いた。
「……ただ夜がくるってことは寝たら明日がきてしまうじゃないですか?明日がきたらまた会社にいかなければならないから」
本当はずっと思っていた。
ただの一日、たったの一度息をつくことが許されたならそれだけでよかったと。目まぐるしく回る社会の中で、ただそれだけの休息が許されない場所があって、いつの間にか自分の家ですら、気が抜けなくなってしまっていた。
飲み干した珈琲カップをゆっくりとカウンターにおく。頬も、体も心の内からあたたかい。
「だからね、今朝あんなに大嫌いだった朝日がすごくきれいに見えたんです」
心の底から笑えた気がしたとき、マスターは一瞬驚いた顔をしたけれど、また優しく微笑んでくれた。
「それはよかったです」
先ほどの少女と同じような、優しい笑顔。
こんなにほっとする笑顔を向けてもらえたのはいつぶりだろうか。
時がとまったような穏やかな時間に癒されていたが、ふと大切なことを思い出した。
「あ、お支払い!そうだ、すみません、スマホの充電を切らしてしまってまして……充電器とかって貸してもらえませんか?」
「申し訳ございません。当店ご用意がございません。代わりといってはなんですが、よろしければこのカードにメッセージを書いて当店の前のポストに投函して頂けないでしょうか?それであればお代は結構ですので」
そういって手渡されたのは緑の木の葉型のメッセージカードで二、三行ほどの簡単なメッセージが書き込めるようになっている。
「本当ですか?それだけで……?」
「はい、それだけで構いません。」
「ありがとうございます!では帰りながら投函してきますね。本当にいろいろとありがとうございました!!」
「いえ、またなにかあったときにはぜひこの『ひだまりカフェ』でお待ちしております」
大きく手を振る俺に対して、マスターは静かにいつまでも手を振ってくれていた。
持っていたペンで走り書きの御礼を書いたのち、約束通りポストにメッセージカードを投函して帰路についた。
後日、やはりお代はいらないといわれたとはいえ申し訳なく思い、改めてお支払いに行こうと思い、あの日と同じ道をたどってみる。
(おかしいな……絶対この道のはずなんだけど……)
しかし、同じ道を何度通ってみてもあの日見たカフェらしき建物は存在しない。
あるのは、住宅街の中にぽっかりと草木の多い茂った森の入り口があるだけ。
もちろん、その奥だったかと思い少し森の中にも入ってみたが、そもそもこんな都心の外れとはいえ、あの部屋のような大きな水槽を併設できる広さにはとても思えない。
考えれば考えるほど、あの夜は夢だったのだろうかと思う。
しかしながら、それはそれで素敵な夢だったとも思える。
(またいつか、いけたらいいな)
道を引き返していく途中、ほんの少しだけ、あの部屋の海のような香りがまた鼻をくすぐった気がした。
「めぇちゃん、『森の灯』はどうでしたか?」
「マスター!はい、ご満足いただけたようで今回も無事灯りました」
「そうですか、それはよかったです」
こうしてひだまりカフェの森は今夜も灯る。
次の迷い子を迎え入れる目印として
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