たべごろ

キングスマン

後編

 天井から吊るされた燈會ランタンが暗い講堂のような会場を妖艶に照らしていた。

 階段状の席には、この日のために用意した一張羅いっちょうらに身を包む者たちが腰を下ろし、何かしらの話題に花を咲かせている。

 絶滅した植物の繊維せんいで仕立てられた燕尾服えんびふく、宝石だけを縫い合わせていろどられたドレス、飼うことを禁じられているけれど飼っていたお気に入りの動物の毛皮、飼うことを禁じられているけれど飼っていたお気に入りの人間の生皮。そういうものをまとっても許される階級の者たちが集まる場所。

 バチン、と響く何かしらの仕掛けが動く音。

 まばゆいほどの昼白色はくちゅうしょくがステージを照らすと、人々の会話は中断され、静寂が広がり、無音が生まれる。

 ステージの端から誰かの足音とキャスターの回転音が近づいてきた。

 黒いスーツ姿の若い男が台車を押しながら登場すると、彼はステージの中央で立ち止まった。

 人々が注目するのは、台車にのせられているもの。

 発泡スチロール製の正方形の大きな箱。

 そこには金剛石のように輝く透きとおった氷がいくつも積まれ、その頂点には一つの赤い肉塊があった。

 誰もがそれに目を奪われている。

「紳士、淑女、どちらにも該当しないみなさま、大変長らくお待たせしました」若い男の声が会場にこだまする。「本日の目玉はこちらの『いい肉』でございます」

 会場がどよめく。

「こちらの詳細は、まあいうまでもないでしょう。みなさまの熱いまなざしで商品があぶられる前にオークションを開始したい所存です。開始価格はそうですね──いい肉にちなんで1129円からで!」

 会場のあちらこちらから笑い声がもれる。

 ただしそれも一瞬で、次の瞬間、会場のいたることろから殺気だった声で金額が釣り上げられていく。

 いい肉が変える金額はいい服が変える金額になり、いい服が買える金額はいい車が買える金額になり、いい車が買える金額はいい家が買える金額になり、いい家が買える金額はいい土地が買える金額になり、いい土地が買える金額はいい国が買える金額になったところで、それが落札価格ハンマープライスとなった。


 fin

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