第3話

 どこかで見たような、初めて見るような、不思議な街並みだ。電柱は無いし、日本家屋も無いし、アスファルトでもない。

 代わりに、石造りの可愛らしい家や店が並び、見たこともない青果などを売っている市場が見える。地面は石畳だ。日本ではないなと改めて思わされる。

 

「ヨーロッパって、こんな感じかな」

「お? イーノがいた世界にも、こんな街があるのか?」

「うーん。似たような所ならあると思います。……知らんけど」

「知らないのかよ……っと、着いたぜ」

 十数分も他愛もない会話をしている内に、目的地に着いたようだ。

「かりゅうどの……つど、い……?」

 一際大きな建物に、これまた大きな木の看板が掲げてある。英語でもない、アラビア語でもない、ハングルでもない。もちろん日本語でもない。見たことの無い言語で書かれているが、何故かすんなり読める。

「そう! この狩人の集いが、ここデルツハルツ唯一の冒険者ギルドなのさ!」

 冒険者ギルド? ギルドって、ゲームか何かで聞いた事あるな。

 

「さぁ、入った入った……」

「ゾースさん!!!!」

 ゾースが分厚い木の扉を開けたところで、周囲のざわめきをかき消すほどの女の怒声が響き渡った。

「おっとぉ……」

「一体どこに行ってたんです!? 収集ってこんなにかかりませんよね!? サボってたんですか!? サボってたんですね!? 今何時だと思います!? そうです! 冒険者たちが帰ってくる時間なんですよ!」

 声の主は、建物に入ってすぐ目の前にあるカウンターにいるらしい。人だかりができていて、怒り声しか聞こえてこないが、こちらの反論を受け付けぬという、強い意志を感じる。

「すまん! 本当にすまん! いや、これには事情があって……」

「どうでもいいですから! 早くこっち手伝って下さい!!」

「わ、分かった! ……イーノ、悪い! ちょっとそこに座って待っててくれないか」

「は、はい……」

 ゾースのあの巨体が、何故か縮んで見える。可愛い声だが、その主は相当に恐ろしい人物なのだろう……。

 (とんでもない所に来てしまった)

 俺の頬を、ヒンヤリとした汗が伝った。

 緊張しながら、椅子に腰かける。固く冷たい背もたれが、俺の背筋を伸ばさせる。

 

 騒がしい中を見回してみたら、コスプレかと思うような出で立ちの人ばかりだった。

 極端に背が低く、子供かと思ったら立派な髭を生やしたおじさんだったり。作り物かと思うような長い耳をした、絵画のように美しい人だったりと、ゲームや映画でしか見た事のない人達も多く見られる。

 (すげぇ……! でも、じっと見たらアカンよな)

 と思ったが、二メートル近くある、服を着た二足歩行のトカゲは流石にまじまじと見てしまった。

「うおぉ……! 作り物……じゃないんだよな。コスプレじゃないんだよな」

 ファンタジー映画で得た知識だが、多分、あの背の低い人はドワーフで、耳の長い人はエルフと言うやつなんだろう。トカゲは……なんだ!?

 

 本物ですよね!? 握手して下さい!

 

 と、テンション高めに言いたいところだが、色んな意味で止めておこうと思う。

 それにしても、どんな姿形の人……人なのか? がいても、誰もが皆同じように接している。

(差別とかない、ええ世界なんやなぁ)

 

「あのぅ、すみません……。あなたも、転生者ですか?」

「えっ?」

 一人ほっこりしているところを、突然話しかけられた。驚いて見ると、長い黒髪を三つ編みのおさげにした綺麗な女の子が、俺を見下ろしていた。

「あっ、突然すみません! 服装が……。パーカーにデニムなんて久しぶりに見たものですから、つい……」

 確かに、今着ているパーカーもだが、スーツやジャージなんかを着ている人は一人として見当たらないと気が付いた。

 代わりに、鎧だったり古風なジャケットだったり、女性に至っては極端に露出しているかドレスを着ているかのどちらかだ。

 彼女は、暗い色のドレス風のミニワンピースを着て、マントを羽織っている。脚が丸見えなので、嬉し……もとい、目のやり場に困る。

 

「あ、いや。確かに、俺めっちゃ目立ちますね」

 笑いながら言うと、彼女も微笑んでくれた。

「私、トルテヤと言います。地球にいた頃は、筒美むぎという名前でした」

「地球にいた頃……っていうか、日本人やん! 俺も日本人やねん! 飯野求いいのもとむって言います。よろしく」

 初めて会えた同じ日本人に、思わず関西弁が出てしまった。

「あははっ、関西弁だ! 久しぶりに……。二十年ぶりに聞いたなぁ……」

「二十年!?」

 トルテヤさんと呼ぶべきか、筒美さんと呼ぶべきか。彼女は、少し切ない顔で遠くを見ると、またこちらを見て微笑んでくれた。

「日本で一度死んで、この世界にトルテヤとして生まれ変わったんです。今二十歳なんですよ。前世は十三歳で死んだので、前世よりも長生きですね」

 自嘲気味に笑う彼女に、何と声をかけたらいいか分からなかった。でも、沈黙が怖くて俺は口を開いた。

「俺! 俺はさっきこの世界に来て……ゾースっていう人に助けてもらったんです」

「ゾースさんって、ここのギルドマスターの……」

 

「トルテヤ! すまない、待たせたな」

 彼女の名前を呼びながら、男が駆け寄って来た。

「……ふ、ふぉぉ……」

 キラッキラ。もう、キラッキラ。

 金髪でサラッサラの髪と、空みたいな青い目。凛々しい眉毛に、すっと通った鼻筋。ハリウッド俳優なんか目じゃないくらいの、超絶スーパー美男子だ。彫刻か? 人形か? そういう美しい姿形の人種なのか?

「おっと、悪い。話し中だったのかな」

「あ! いや! 大丈夫です!」

 俺と彼女が同時に言った。彼女に至っては、顔を真っ赤にしている。彼女もとても綺麗な顔立ちをしているが、そんな彼女ですらも頬を染めるのか……。

 (あれ? なんか、憎しみが……)

 ふつふつと、男として、モテる男への憎悪が湧き出てきた。いや、嫉妬じゃないぞ、これは。そんなダサいものではない。

 

「おや? キミ、転生者なのかい?」

 やはり、服装で分かるみたいだ。

「そう、みたいっす……。転生っていうか、転移っていうか……」

 俺は、つい口を尖らせ目を逸らして答えるが、無愛想過ぎるなとすぐに後悔した。

「そうか、トルテヤと同じだな! 良かったら同郷のよしみで仲良くしてやって欲しい。……あっと、申し遅れた。僕の名前はライラス。よろしくな」

 俺の無愛想さを感じてか感じずか、白い歯を輝かせて笑うと、美しく筋の通った手を差し出してきた。

「お、俺は……飯野求、です」

 今度は罪悪感から目を逸らす。俺ってこんなに情けない男やったっけ?

「イーノモトゥム……すまない。発音がおかしいかもしれない。トルテヤの前世の名前も上手く言えなかったんだ」

 少しはにかんだように微笑む。イケメンはどんな顔でもイケメン。ハッキリ分かるんだね。

 今度はしっかりと目を見て、俺も手を差し出した。

「イーノで良いっす。ライラスさん、よろしくお願いします」

「イーノ! こちらこそ、よろしくな!」

 この笑顔で、百万人の女性が歓喜し幸福になるだろう。証拠に、トルテヤの顔がこころなしかウットリしている。手も、ゾースなら潰してくるであろうところを、程よい力で優しく握ってくれる……。あかん、俺も惚れてまいそうや。

 

「じゃあ、僕達はこれから仲間と合流するからもう行くよ。イーノ、何か困ったことがあればいつでも言ってくれ」

「……はい!」

 イケメンな上に優しいし。俺の胸が音を立ててときめいた気がした。

 

「あっ! ライラスさん、トルテヤさん、お疲れ様です!」

「ライラス様! 今度お食事でも……」

「ライラスさん! トルテヤさん!」

 すごい。男女種族問わず話しかけられてる。そんな人と握手しちゃったけど……俺、大丈夫か?

 

「イーノ、すまん! 待たせたな」

 自分の手をじっと見つめていたところで、ゾースが慌てて寄ってきた。

「いや、さっき……めっちゃイケメンとべっぴんさんに話しかけられて……」

「ああ、ライラス達のことか! トルテヤも転生者だからな、それでだろう。彼らはデルツハルツいちの……いや。この国一番の勇者一行だ。早速会えて幸運だったな」

「勇者!?」

 ゲームでしか見た事ないのに、この世界には実在するのか! いや、ドワーフやトカゲがいるんだ。勇者だっているんだろう。

 どんな物語でも、勇者は男子の憧れの存在だ。俺はこの先、絶対に手を洗わないと誓おう……。

 

「ゾースさんが言ってたのって、この人ですか?」

 ゾースの後ろから、ひょいと女の子が顔を出した。栗色の髪を高い位置でポニーテールにした、可愛らしい女の子だ。瞳は深い茶色で、不思議そうに俺を見つめてくる。

「は、初めまして! 俺、飯野求です。歳は25歳。趣味は食べ歩き。好きな子に関西弁コワイって言われてから封印してるんですけど、たまに出ちゃうところがチャームポイントです。よろしくお願いします!」

 俺の心を鷲掴みなその子に、合コンでよく言ってたプロフィールがそのまま口をついて出てきた。

「お前、25歳だったのか。ていうかよく喋るな」

「イーノモトゥムさん。よろしくお願いしますね! 私はサトゥナ。この冒険者ギルドの受付をやってます。カンサイベン、って……?」

 そうか、この子がさっきカウンター越しに怒ってた子か、と納得する。いやいや、え?……こんな可愛い子が……?

 

「お前がたまに言ってた言葉って、カンサイベンって言うのか。……まぁとりあえず……」

 ゾースは軽く咳払いをした。

「改めて。俺はここの冒険者ギルドのマスターをやってる。ここで依頼を受けたら、食いっぱぐれないぞ! 転移者なら何かスキルを持ってるだろ? 魔法か? 剣術か?」

「え? スキル……って、何ですか?」

「え?」

「えっ」

「…………」

 サトゥナが、遠慮がちに口を開いた。

「あの、私のスキルは低級ですけど魔法なんです。小さな火や水が出せる程度の……。ゾースさんは、一時的に防御力と攻撃力、体力が底上げされるスキルをお持ちです。こう、湧き上がる力みたいな……」

「そ、そうだ。転移者や転生者は、ステータス画面とかいうのが見られるらしいんだが。どうだ? さっきのトルテヤなんかは、ステータスオープンとか言ってしょっちゅう見てるぜ」

「……ステータス、オープン……」

 言っては見たものの、何も出てこない。

「……ステータス、見せて下さい……。カレクサ、ステータス見せて!……」

 あれこれ試してみたが、俺の言葉が虚しく霧散するばかりだ。

 と言うより、転生前と何ら変わらない体調、知能、体力、筋力なのだ。湧き上がる力なんてものは、さっき美味いメシを食った時くらいしか感じなかった。そんなものは、日本にいた時から同じだし、火や水を出せる感覚なんてまるで無い。

「……ないっ……す、ね……」

「あっ……」

「……」

 重たい沈黙と、気まずい空気が流れる。

 

「……そうだ! お前、事務仕事はできるか?」

 ゾースが沈黙を破った。

「あ、そっか!」

 サトゥナが手を叩いて、嬉しそうに小さく跳ねた。

「このギルド、万年人手不足なんですよ! 私とゾースさんしかいなくって……。さっきも、ゾースさんがいないだけでもうてんてこ舞い!」

「そういうことだ。このギルドで働かないか? 給料も出るし、住み込みでも構わん。 もちろん、イーノが良かったらだが……」

 会って間もない、素性も分からない俺に対して、なんて親切なんだろう。スキルもない、火も水も出せない、ステータスも不明のただの一般人なのに。

 あんなにメシを食えても、やっぱり心細かったようで、俺の目頭はほんのり熱くなった。

「俺で良かったら、喜んで!」

 拒否する理由など、まるで見当たらない。俺は、悩むことなくイエスと返事をした。

「良かったぁ!……じゃあ」

 サトゥナが、自分より背の高い俺の肩を掴んだ。それは、とても華奢な女の子とは思えない力で……。

「新規冒険者の登録、ダンジョンの宝物、収集物の仕分け、査定、それらに伴う書類の書き方その他諸々。今から教えますから一日で覚えて下さいね?」

 可愛い笑顔に、恐ろしいまでの強い圧オーラを感じる……。

「おお……久しぶりに出るか。サトゥナの本気が」

 ゾースが、ゴクリと喉を鳴らした。

 え、ゾースさんが目を見張るレベルなの? と、恐怖におののく間もなく、サトゥナが俺の手を強く掴んだ。

 (めっちゃ可愛い女の子に手ぇ握られてんのに、こんなにときめかへん事ある……?)

 俺は、今から襲い来るであろう扱きに、心構えをする猶予すら与えられる事は無かった。

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