地球人に告ぐ

山野 終太郎

第1話 並ぶ

 本日、一月一日10時より、いよいよ地球人登録申請が始まった。僕は、朝4時から横浜海岸通りに新しく建った国際連合地球人登録機構日本ビルの一階にある登録申請事務所の受付窓口に並んでいる。建物の形は何の変哲もない昭和風二〇階建ての木造高層ビルだ。申請窓口は20か所が空港の搭乗受付のように並んでいるが、ロビーはすでにごった返し、どの列もビルの外に長く伸びている。何でもマイティネットで済ませる時代に。何故にアナログチックに並ぶのか。

 僕が並び始めた頃はまだ真っ暗な中、すでに数百メートルの列になっていた。朝は少し冷え込んでいたが、今はお日様も高く上り、気温が低い割には、太陽の光が当たった所に立っていると、少し汗ばむ感じだ。まだ周辺のアメニティ施設が整っておらず、街路樹も桜の若木ばかりで、日陰にはならないし、ベンチも無いので、休みながら並ぶという訳にはいかない。身体検査や語学検査、地球人心得研修もあるというので、本人が直接登録に行かねばならず、一日掛かりになるだろう。ネット社会だと言うのに、何かを登録したり、申請したりするために列に並ぶと言う荒業はここ百年近く変わらないように思う。デジタル社会は本当に進展していると言えるのだろうか。

 今でも毎年大晦日は、妻と二人で近くの神社に初詣に行って、年が明けると同時に参拝を済ませ、早々に家に戻り、昼まで寝正月というのが我が吉田家の新年の習わしだ。それなのに、今年は一人でポツンと事務所に繋がる列に並んでいる。別に妻と離婚したということでもなければ、妻の具合が悪かったと言う訳でも無い。まぁ、簡単に言うと考え方の違いということになるが、もっと簡単に言うと、この国への愛着の深さの違いということになるのだろうか。

 只、あくまでも簡単に言ったまでで、この考え方の違いとか、愛着とかというところをその真髄まで噛み砕かなければ、なぜ、僕が一人でこの列に並ばざるを得なかったかは説明できないだろう。

 更に言うと、おそらくは僕も妻も、本当のところは何も分かっていないのかも知れない。どんなに立派な研究者や評論家や、テレビでなんでも簡単に説明してくれる解説者が、丁寧に説明してくれたとしても、僕が一人ここに並んでいる理由は結局よく分からないままなのだろう。

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