NPC_RP
はろば郎
来訪者
「まだかな? まだかなっ? あーっ! もぉーっ! ドキドキするぅーっ!」
村長の娘がソワソワしながら叫んだ。
彼女の名前はエリー。
そう、このコには名前がある。
「落ち着け、エリー。こういうときは、水でも飲んで落ち着くんだ。……グビッ」
とか言いながら、顔を赤くしてるのは道具屋のおっさんだ。
「ちょっとあんた! 昼間っから飲みすぎだよっ!!」
宿屋のおかみさんが、おっさんの手から酒瓶をひったくった。
「か、かえせ! そ、それがないとワシは、ワシは……うぅ……き、緊張してきたぁー!」
「あんたは水でも飲んでなっ。あたしゃドキドキがおさまらなくて、もう……グビビッ!」
おかみさんは豪快に酒瓶をあおった。
この二人は夫婦だ。
二人とも、名前は無い。
ここ数日、村人全員がこんな調子だった。
今朝はとくにひどい。みんな仕事が手につかない様子で、
「まだか? まだ来ないのか?」
「あぁー! おれぁ、おれぁ、口下手なんだぁ! 話しかけられたら、いったいどう返事すりゃいいんだぁ!」
「えーと、えーと、お部屋の掃除はした、タンスにポーションは入れといた、あとは……えーと、あとは……はっ!? オジィちゃんの入れ歯を壺の中にいれたままだった!?」
ソワソワ、ウロウロ、キョロキョロ。
まるでアンデッドの群れのごとく、村の中を行ったり来たりしている。
そんな中で、ただ一人。
まったく動揺していないように見えるのは、『壁裏の筋肉』(むろん、名前がない。だからみんなそう呼んでいる)だけだ。
筋肉は、いつものように民家の壁を背にして突っ立っている。
あいかわらず無言で腕組みして、まるで魂を注入する前のゴーレムみたいに動かない。
俺は、ふーっと深呼吸した。
「みんな、いいかげん冷静になるんだ。筋肉を見習おうぜ。あわててもしかたがない。いまはおとなしく待つしか……ゴホッ」
ノドがムズムズする。
「ゴホン! ん、ンンっ!」
昨日からノドの調子がわるい。風邪でもひいたか? くそっ! こんなときに限って……!
こういうこともあろうかと、俺は道具袋の中に薬草キャンディーを携帯している。
一個、口にほうりこんだ。
ハーブっぽいにおいが鼻にぬけ、ノドの奥がスーッとする。
もう一度、深呼吸した。
(大丈夫だ。落ち着け……)
かく言う俺も、ウロウロと意味もなく井戸の周りを何周したことやら。
朝からずっと、まるで地面から足の裏が浮いているような気分だ。
「来たぞ」
とうとつに、筋肉が言った。
こいつの声を聞くのは何日ぶりだろう? しゃべる頻度は一ヶ月に一度くらいか。
その貴重なひと言で、村人全員が徘徊するのを止め、村の外に視線を向けた。
まきあがる土ぼこり。
猛スピードで荷馬車がこちらへむかって接近してくる。
馬を駆っているのは、村人だ。もちろん名前はないが、みんな『荷馬車』と呼んでいる。そのまんまだな。
まっすぐ村の中に突っ込んでくると、荷馬車は荷馬車を井戸のそばで急停車させた。
「いま森をぬけたところだ!」
「よし、全員、持ち場へつけ!」
さっきまでの
「ついに来た……!」
俺は全速力で駆け出していた。
「フォーク! がんばって!」
「お前が一番手だ! フォーク! うまくやれよ!」
俺はひきつった笑顔で手を振りかえした。応援ありがとう! でも、プレッシャーをかけるのはやめてくれー!
ちなみに、俺も名前はない。フォークというのは、あくまで呼び名だ。
俺は村のはずれまでたどり着くと(小さな村だから、たいした距離ではない)、牛小屋の裏に隠れた。
牛小屋の陰から、そっと顔をのぞかせて、村の外をうかがうと──。
遠くに高い山々が連なっている。
近くに深い森が広がっている。
生まれた時から見慣れた景色だ(実を言えば、生まれた時のことはどういうわけか覚えていない)。
その森から、この村へむかってのびる
そのときの感動を、俺は一生忘れないだろう(言うまでもなく、人の一生がいつどんなふうに終わりを迎えるのか、そんなことは誰にも分からない)。
「やっとついたー!」
「ふーむ。古めかしい村だな」
「迷わずに森をぬけられてよかった……。ようやく一息つけそうですね」
ガリリッ!
俺はキャンディーを噛み砕いた。
──よし、今だ!
愛用のピッチフォークをかついで、牛小屋の裏から足を踏み出した。
たまたま、そこへ通りかかったような感じで。
あくまで偶然をよそおって。
パーティーの先頭で涼やかな表情をうかべる人物と、まっさきに目が合った。
──おお……このひとが……いや、このお方こそが!
生きる伝説。
選ばれた存在。
人類の残された希望。
救世主。
すなわち、勇者!
だが、俺は知らぬふりをつらぬき通さねばならない。
むろん、勇者のウワサは耳にしている。だが、本人に会ったこともなければ、目にしたこともない。
まさかこんな山奥の村に、勇者がやって来るわけがない──と、そう思っている平凡な村人だ。
俺はたった今、四人に気がついたようなフリをして、さりげなくそちらへ近づいていく。
たくさんの視線が背中につきささるのを感じた。村じゅうの物陰や窓から、村人たちが俺に注目しているに違いない。
くっ! 緊張でヒザががくがくして来やがった。
足がもつれそうだ。
さりげなく、さりげなく、さりげなーく。
目の前の四人が、勇者のパーティーだとは夢にも思っていない顔をして。
コホン!
小さくノドを鳴らしてから、俺は口を開いた。
「やぁ! 旅のご一行とは、いまどき珍しい! こんな山奥までわざわざようこそ! ここはヤオマークの村だ!」
かまずに言えた!
いいぞ、俺!
「あんた、村のひとか?」
パーティーのひとりで、でかい斧をかついだ人物が野太い声で聞いてきた。
ひと目で分かった。
この人物こそ、勇者パーティーの盾役にして、最強の攻撃力をもつ戦士どのに違いない。
その実力は、山をも斬り崩すパワーの持ち主というから、どんなバケモノじみた戦士かと思っていたが……見た目はごく普通の、ちょっとマッチョなおっさんだ。
筋肉と雰囲気が似ている。
「ここに、宿はあるかい?」
ふっ。
その質問は想定ずみですよ、戦士どの!
「もちろん! 村の南側に、一軒だけあるぜ。小さいが、なかなか気のきいた宿さ。もちろん酒も飲める」
「ほぅ!」
戦士どのの目がギラリと光った。
ふふっ。
あなた方のことは、調査ずみさ。
「ねぇ、ねぇ。そこって、ゴハンは美味しい? あたし、お腹すいちゃったー」
大きな杖をかかえた少女が言った。
俺は驚きを隠すのに必死だった。
──若い。
たったひとりで魔王軍を退却させた天才魔法使いがいる。
そのあまりにも有名な武勇伝は世界中にとどろいているが、どんな人物なのか、正体は謎につつまれていた。
まさか、こんなに若いコだったのか……。
だが!
その質問も想定ずみだぜ。お嬢さん!
「もちろん! メシは美味いし、おかみさんは親切だし、ベッドはフカフカだし、言うことなしだね!」
「ほんと? やったー!」
宣伝しときましたよ! おかみさん!
すると、また別のひとりがメガネのブリッジをくいっと押し上げて、
「宿もいいですが、道具も補充しておかねばなりません。解毒薬を使い果たしてしまいましたし……」
このひともまた、有名人だ。
僧侶でありながら、魔法に造詣が深く、王都(この村の誰も行ったことはない)の有名な魔法院にも所属する人物で、あらゆる支援魔法を使いこなす当代随一の大学者。
分かっていますとも、僧侶先生。
先生が何にご関心をお持ちか、ちゃーんと調べてありますからね!
「それなら、道具屋もあるから、のぞいてみるといいんじゃないか? 俺はそっちの方面はくわしくないんだが、このあたりは、けっこう質のいい薬草が取れるらしいぜ」
「ほほぅ? それは興味深いですね」
勇者パーティーが客にきてくれるなんて、一世一代の
「よかったですね、勇者。ここなら充分な休息がとれそうです」
僧侶先生の言葉に、勇者は小さくうなずいた。
それから、俺のほうを見て、
「どうもありがとう」
と、勇者は言わなかったが、その目が俺にそう言っているのが分かった。
俺は泣きそうになった。涙腺がゆるむ。
いや、ダメだ。
笑顔、笑顔。
あー、まったく俺はいまどんな顔してんだ? きっと緊張しながら笑い顔のヘンテコな表情にちがいない。
それにしても、勇者は無口な人物とは聞いていたが、本当らしい。
うちの筋肉と気が合いそうだな。
俺はすこし言葉をかわしただけなのに、この素晴らしい四人と、もっと話していたい気分になっていた。
不思議なこった。
が、感きわまって、やっぱりこれ以上はムリだった。
「なにもない村だが、ゆっくりしてってくれ!」
そう言うのが精一杯だった。
俺は汗でぬれた手でピッチフォークを握りしめ、村はずれの畑のほうへ向かった。
笑顔、笑顔。
あとは任せたぜ、村のみんな。
ずーっと笑顔のまま、誰もいない畑までやって来ると、
「ゴホッ! ……あーっ!!! 緊張したぁあああ!!!」
真顔で叫んだ。
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