緊急事態

その夜。


なぜだか知らないが、俺はとつぜん呼び出された。

あわてて村長の家に行くと、村人のほとんどが集まっている。

いったい、なにごとだ?


「エーン、しくしく……」

「おぉ、エリーや。かわいそうに」


目の前でエリーが泣いている。それを、父親の村長がなぐさめている。


俺は他の村人たちと顔を見合わせた。

みんな「ワケが分からん」という顔をしている。

ここへ呼び出された理由を、誰も知らないらしい。


と、そこへ──。


「こ、こんな夜ふけに、すまんのぅ。みなの者」

「長老……!」


ヨロヨロと部屋に入ってきたのは、この村の長老(すなわち村でいちばんの年寄りなのでそう呼ばれている)だった。


「長老、トラブルか?」

「うむ、緊急事態じゃ……」

「まさか、バレたのか?」


全員が息をのんだ。


「おい、おい、冗談じゃねぇぞ。それは世界が魔王に滅ぼされるよりマズいぜ」


長老は首を振った。


「じゃが、じたいは深刻じゃ……」

「するってーと、なにかい? やっぱり勇者がらみってわけかい」

「うむ。みな、この村に与えられたクエストを、覚えておるかのぅ?」




◆クエスト 眠れる村娘エリー


シーン1

ヤオマーク村をおとずれた勇者一行は、不思議な出来事に遭遇そうぐうする。

ひとりの少女が深い眠りについたまま、もう何日も目を覚まさないのだ。

「このままでは、エリーは眠ったままやせ衰えていくばかりです……」

村長が言った。少女の名はエリー。村長の娘だった。

「たたりじゃぁ!!」

長老が言った。

昔、恋人との交際を禁じられたこの村の若者が、失意のうちに森の中の泉に身を投げた。

「そのときから、この村にはときどきこうして呪いがふりかかるようになったのですじゃ……」


シーン2

見て見ぬふりはできない勇者たちだった。少ない手がかりをたよりに、森の奥へやってきた。

はたして、そこで待ち受けていたのは、泉に毒をたれながす一匹の魔物だった。こいつが呪いの元凶だったのだ。

勇者パーティーによって魔物は倒され、呪いは消えた。

すると、勇者の前に、一人の若者があらわれる。かつてここで亡くなった若者の幽霊だった。

魔物によって、ムリヤリ呪いに協力させられていたという。

「ありがとう。みなさんの力で呪いはとけました。村の娘も目覚めるでしょう。お礼といってはなんですが、そこの木のうろを調べてみてください」

そう言って、若者の幽霊は姿を消した。

勇者が泉のそばに立つ古木のうろの中を調べてみると、青く光る石を見つけた。


シーン3

無事、少女の命を救った勇者一行。

村人たちに見送られて、村を出立する。

いざ、峠を越えて、港町トーポライミまでの道のりはあと少し。




「……というわけじゃ」

「知ってるよ! みんなで何度もリハーサルしたじゃないか」


時間が無いわりにまわりくどい。


「長老、いったい何があったんだ?」


長老のまっしろな眉が跳ね上がった。


「事件は……シーン1で起こったのじゃ!」 




僧侶先生

「ダメです。あらゆる呪い消しの魔法をためしてみましたが、どれも効果がありません……。よほど強力な呪いなのか……。目覚めの魔法も効きませんし、いったいこれは?」

魔法使い少女

「それじゃこのコ、ずっと眠ったままなの? かわいそう……」

戦士殿

「こうなりゃ、呪いをかけた本人を殴りに行くしか手はなさそうだぜ」

僧侶先生

「実を言えば……似たような話を聞いたことがあるのです。魔女の呪いにかけられた、ある王国の姫の話を。姫の眠りを覚ましたのは、隣国の王子の口付けでした」

魔法使い少女

「くちづけ?」

僧侶先生

「むろん、たんなる口付けで呪いが解けるわけがありません。ですが、勇者なら──あるいは」

魔法使い少女

「えっ? えっ? 勇者の? くくく口付け? だだだだめだよそんなの!」

戦士殿

「むぅ?? それは人口呼吸ってことか? オレは魔法はつかえねぇが、戦場での応急処置なら得意だ。そんならオレが試してみよう」

魔法使い少女

「それはもっとダメ!!!」

戦士殿

「なんで!?」

僧侶先生

「勇者。いちどダメもとで試してみましょう。さあ──」

勇者は拒んだが、戦士殿がバカぢからで景気よく背中を押したものだから、前のめりになって、あやうくソファで眠るエリーの上に倒れそうになった。

その瞬間、カッとエリーの目が開いた。

「いやーっ! はずかしぃーっ!」

バコッ!!

「!?」




「クリティカルヒットだったそうじゃ……」

「ええっ!? 勇者に!?」

「えーん! ごめなさいー! わたしのミスで、だいなしに……シクシク」

「つーか、そんなくだらねぇ理由かよ!」

「だって、だって……」

「おとなしく口付けされりゃいいだろーが! なんで我慢しねぇんだ! 世界の命運がかかってるんだぞ!」

「おい! 娘を傷つけるようなことを言うのはゆるさんぞ!」

「村長、甘やかしすぎだ!」

「だまれ!」

「ウワーン!」

「ちょっとあんたら! 若い娘にむかってムゴイこと言うんじゃないよ!」

「みんなケンカはやめろ! 文句を言い合っても解決はしないぞ!」

「あのー、みなさん……?」

「うわっ!? びっくりした!」


とつぜん、全員の目の前にぼんやりと光る影があらわれた。


「あ、幽霊さん」


泉の若者の幽霊だった。

むろん、みんなの知り合いだ。リハーサルでも何度も会ってるからな。 


「いつまでたっても勇者さんが来ないから、ずっと待ちぼうけでしたよ」

「す、すまぬのう。聞いたとおりじゃ。いろいろと手違いがあってのぅ……」

「魔物のやつ、とっくに帰っちゃいましたよ」


そう言って、幽霊さんは青く光る石を取り出した。


「こっちから持ってきましたよ。どうします? これ」


この石は重要アイテムだ。こいつをなんとか勇者に渡さなければならない。

それも、自然な形で。


「はいどーぞ、ってな具合で勇者にプレゼントすりゃいいじゃねえか」

「そんなことをしたら、大変なことになるぞ」

「その通りだ。こんなもんいらんと捨てられたり、売り飛ばされたりしたら、元も子もない。重要アイテムだと納得してもらわねばならない」

「なんとか挽回できねぇもんかな? 勇者がレベルあげで、三、四日はここにとどまらねぇもんかな? その間に別の策を考えるってのは」

「すてぇたす」


しわがれた声で、長老がステータスウィンドゥを開いた。

といっても、そこに表示されているのは長老自身のステータスではなくて、勇者に関する情報らしい。


「いまの勇者のレベルは……二十三。ここいらのモンスターが相手になるのは、ちと、経験値不足かのぅ」


重苦しい沈黙。


「やむをえぬ」

「長老?」

「大精霊さまに相談じゃ」

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