劇場戯曲

空空

座長と制作とあんバターケーキ

「やあ、制作殿。君は何度言っても、自分の寝床と劇場の廊下を間違えてしまうのだねえ」

「ざちょー……」

「はいはい、おっしゃる通りの座長だよ。どうしたんだい?」

「ちゃうねん……」

「なにが?」

「今日は忙しさのあまり倒れとるんとちゃうねん……悲しみに暮れて倒れ伏しとるんですわ……」

「ほう。君の心にかかる不安があるなら聞こうじゃないか。解決のために手伝えることがあるかもしれない」

「おおきに……実はな……衣装係のお針子さんに、約束しててん……あの、カモノハシ洋菓子店の超人気スイーツ、あんバターケーキ……」

「開店と同時に即売り切れる、昔から話題のお菓子だね」

「それ……買うのに徹夜で並ぼ思ててんけど」

「君は仕事にせよ何にせよ、睡眠時間を真っ先に削ろうとする癖は、ひとまずやめたほうがいいだろうな」

「寝坊……」

「ああ……」

「起きたら、この、昼過ぎ……今やねん……」

「なるほど……」

「しかも……起きたの劇場の事務所……自分のデスク……」

「わかった、わかった。とりあえず、寝起きの君に必要なのは、あたたかいブランチとたっぷりの睡眠だよ。そういえば、喫茶室の室長殿がカモノハシ洋菓子店の息子さんと同期でね。一時期、あちらのお店を手伝っていたそうだから、あんバターケーキの秘密も知っているかもしれないよ」

「ほんまに!」

「ほんまだとも。だから今から喫茶室に出向こうじゃないか。事情を話せば、彼もきっと協力してくれるだろうさ。わあ、途端に元気いっぱいだなあ。そう手を引っ張らなくとも、ちゃんと後へ続くとも。喫茶室は正面ホール側だよ、先導さん。また廊下で電池切れを起こしてしまわないよう、くれぐれも気をつけてくれたまえ」

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