デカ女と舞踏会
椿原守
舞踏会へ
「どうしても……これじゃないとダメなのか? いつもの服でいいのだが……」
「ダメですよ。エルダお嬢様。舞踏会に軍服で行く女性なんていません!」
「……足元がスースーする……靴もグラグラする」
「そうやって背中を丸めているから、グラグラするんです。背筋を伸ばして!」
「はいぃ!」
私の身長は178cmと女性にしては背が高い。そこへヒールを履いてさらに背がグッと伸びた。
きっとゆうに185cmを超えているだろう。
(……そんな大女の隣りに並びたい男性が、果たしてこの世にいるのだろうか?)
鏡に映る自分の姿を見て、はぁとため息を吐いた。ああ、行きたくない。笑われる未来しか見えない。背中を丸めて、少しでも背を小さくしようと試みるが、もう一度メイドに「背筋を伸ばして!」と怒られた。
いつもなら、舞踏会なんて断っているのだが、今回は隣国との戦いに我が軍が勝利を収めたこともあって強制参加が決まっていた。
私のような大女はドレスなんて似合わないし、軍服を着て参加するつもりでいたんだが、それを知ったうちのメイドが「こんなこともあろうかと準備しております」と言って、ドレスに靴、アクセサリーを引っ張り出して、髪もアレンジしてくれて……現在に至る。
剣ダコのある手はシルクのグローブをつけることで隠した。
その代わりというわけではないが、鎖骨や肩の部分は肌を晒し、ドレスも身体の曲線に沿ったタイトなものだった。
「ドレスというものは、もっとフワッとしているんじゃないのか?」
「これはこういう形のドレスなんです。お嬢様は身体が引き締まっておりますから、こちらの方が魅力を最大限に引き出せるんですよ」
私の……魅力?
そんなものがあるのか?
男勝りだの、男女だの、男みたいだの、生まれてこの方そんな言葉しか聞いたことのない私の魅力?
腕組みをして、首をかしげていると、部屋の扉がトントンと叩かれる。
「どうぞ」を声をかけると、我が家にいる他のメイドが顔を出した。
「お嬢様。お迎えの方が到着されました」
「……迎え?」
(一体誰だ? そんな約束をした覚えはないが……)
慣れないヒールで廊下を歩く。そして玄関ホールへと到着した。
お迎えの方とやらは、私に背を向けていて顔が見えないので、誰だか分からない。
だから、私はその背に声をかけた。
「あの……どちら様でしょうか?」
「おう! エルダ! どうしたんだ? そんな畏まって」
「……なんだ。ガッシュ、お前だったのか」
「おいおい。相棒の顔を忘れたのかぁ?」
「違う。お前が見慣れない服を着て、こちらに背を向けていたから分からなかったんだ」
ニシシと歯を見せて笑う男の名はガッシュ。
私の所属する軍の同期で──相棒だ。
身長の高い私と身長の低い彼。
周囲からはいつも『凸凹コンビ』と呼ばれている。
「見慣れないって言うなら、俺よりもお前だろ? ドレス姿なんてさ」
「こ、これはメイドが……! 軍服じゃダメだと言うから、仕方なくだな……!」
自分のいまの恰好を指摘され、恥ずかしさが増す。
女性らしい服が似合わないことは、自分がよく知っているんだ。
それ以上指摘してくれるな! とあわあわする私に、ガッシュはニカッと笑う。
「かっこいいーじゃん!」
「かっこ……いい?」
「おう! すげー似合ってる!」
「そ、そうか?」
可愛いでもキレイでもない。かっこいいという言葉をかけてくれる相棒。
流石だな。私のことをよく分かってるじゃないか。
丸くなっていた背中がピンと伸びる。
少しでも背を低く見せようとして、曲がっていた膝の裏もスッと伸びた。
「それじゃ、クソつまんなさそうな場所へと向かいますかぁ!」
「ガッシュ……それ、絶対に城で言ってくれるなよ?」
「わーってるって! お前しかいないから言っただけだよ」
私とガッシュは玄関を出て、馬車に乗った。
そして、舞踏会の会場となる王城へ向かい──到着する。
ガッシュが先に降りて、私に手を差し伸べた。
私もその手を掴んで、ゆっくりと降りる。
デカイ女──というものは、もうそれだけで目立つ。注目を集める。
私に視線が集まった。いつもの軍服姿であれば気にならないソレも、慣れない服だと気になってしまう。
ヒソヒソとした声が聞こえる。「なにあれ」「女装?」といった言葉が耳に入った。
先ほどピンと伸ばしたはずの背が、急に丸みを帯びる。
すると、その背中にポンッと温かな手が添えられた。
「顔をあげろ。背筋を伸ばせ。膝を曲げるな」
「……ガッシュ?」
「ここもある意味、戦場だ。戦いなら、俺達は得意だろ?」
──戦い。
そう言われて、自分の中のスイッチが入る。
そんな私を見て、ガッシュは口の端をニヤリと上げた。
彼はその場で膝をつき、グローブ越しにキスをする。
「今宵はお前が一番輝いているよ──エルダ」
まったく……この相棒は、本当に私が欲しい言葉をくれる。私に自信をくれるんだ。
こちらを見上げるガッシュに向かって、私もフッと笑ってみせた。
立ち上がったガッシュが腕を差し出す。私はその腕に手を添えた。
彼にエスコートされながら、この先にある舞踏会の会場を目指す。
──もう周囲の雑音は聞こえなくなっていた。
デカ女と舞踏会 椿原守 @tubakihara
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