最終回 幸せな結末
満嗣さんは、あとは部下に任せてマンションに帰るのだという。俺は満嗣さんの車に乗り込んだ。思えば、2人っきりになるのは、あの夜以来かな。
「あの人(院長)が情報を流してくれて、今回の逮捕に至ったのよ。あの人も、ロボットが嫌い。けど、篠山と別の意味でロボットに復讐する事を誓った人。だから、篠山が許せなかったのね。篠山を止めるための使命を背負ったのは、丹波さんだけじゃなかったってこと」
「じゃあ、あの人は篠山さんのナノマシーンとかいうのの研究を受け継いでいるんですか?」
「みたいね。それが出来たから、初めて情報を流した。彼は言っていたわ、篠山さんは道は間違えど正真正銘本物の天才だったって」
道は間違えど……本物の英雄になれたからこそ、それを見ていた人が沢山いた。信じていたからこそ、止めてくれる人がいたのかもしれない。
「哀しいね。人は、思うようには生きられないものなの」
バベルの塔は、かつてロボットを作りだし、ロボットに生命を与えた人間なのではなく、篠山さん自身だったのかもしれない。
「これで、本当の意味での解決よ」
あっ……
「恋人って、まだ有効でしょうか?」
「え?」
「だとしたら、俺と結婚してください!」
3日程して、ウサ子は丹波さんに連れられて、満嗣さんのマンションに帰ってきた。
そして、事件の真相は研究所のミスだとして報道された。研究所から、ナノマシーンの破壊プログラムに対処する為の機械も配布された。多くの人が助かった。人間の病気とは違い、ロボットだけに回復が速い。まさに、即効。
暫くして、回復した圭介から連絡があって。今、彼と食事中。満嗣さんのマンションに呼ぶのもアレなので、近くのファミレスで。彼には報告があるので。
「俺、結婚する事になりました」
圭介の吹いたビールが、俺の顔に掛かった。
「は?」
先ずは謝れ。
「は? じゃねえよ。汚いな」
「おかしなこと言うから」
だから、謝れよ。
「おかしなことって、なんだよ」
俺は、おしぼりで顔を拭いた。
「結婚って誰と? もしかして、あの実家帰った時のお見合い相手とか? あー、わかった! お前、柏木さんに振られたんだろ。血迷うな、今日は飲もう」
圭介は、俺もまだ飲みきってないのに、今度は焼酎を追加してきた。
「あのなあ、満嗣さんとだよ」
本日、2回目のビールを吹きかけられた。
「は? てか、早くね?」
「まあ、式も入籍ももう少し先なんだけどさ。まだ奥さんっているより、フィアンセってやつかな。なんか照れるけど」
俺は、再びおしぼりで顔を拭いた。
「それは、嘘偽り無く? まあ、待てよ。どんどん先延ばしにして、逃げられるパターンかもしれない」
圭介が、失礼な独り言を言っている。
「お前、応援してくれてたんじゃないの?」
「いや、応援はしてたよ。でも、霞ちゃんだよ。彼女ってのも妄想だと思ってたし、霞ちゃんだよ?」
そこまで言わなくてもいいじゃないかと思いつつ、溜め息が出た。不思議に順調に結婚までいってしまったものの、世間から見たらそんなもんかもしれない。
けど、満嗣さんの照れるように笑いながら言った
『あんたね、ムードのある雰囲気でっつたじゃないの。どこまで、桜木霞なのよ。でもまあ、私が選んだ人だし、諦めるわ。そこは!』
は、嘘偽りない答えだったし、実際に式場も見てまわって、いくつか候補も出したところだった。
「式は決まったの?」
何故か、恐る恐る聞く圭介。
「半年後、かな。ようやく式場の候補も固まって来たところ」
*****
少し遅くなったのだけれど、満嗣さんを実家に案内した。
母さんは、満嗣さんを見るなり声を上げた。
「あら、霞。そんな汚ったないマフラーあげて、失礼じゃないの」
「?」
と、疑問符を飛ばす俺と満嗣さんに、母さんはズンズン入ってくる。
「なくしたとか言ってたのに、ちゃんと持ってたのねえ」
「母さん、呆けた?」
母さんのボディーブローが、綺麗に俺の腹へと収まった。悶絶する俺。
「母さん、まだ呆けてませんよ。大体、これは母さんが作ったものなんだから」
「え?」
「やあねえ、この子ったら。この子の方が呆けてるわ。若年性アルツハイマーなんじゃないの? あんたか小学生に上がったとき、そんなに立派なプレゼントが出来ない代わりに作ってあげた、母さんからのクリスマスプレゼントじゃないの。気に入ってずっと持っててくれてたのに、中学の時なくしたーって呆気なくどっかやってきて。で、何処にあったの?」
俺は、何も言えずに口を噤みながら満嗣さんを見上げた。ふと目が合って、笑いを堪え切れなくなったのは俺も満嗣さんも同じだったようで、2人その場で大笑いした。
「おかしな子ねえ。そんなんじゃ、捨てられるわよ。こんな立派なお嫁さん、来てくれるなんて。貴女、なんて言うのかしら?
「柏木満嗣です」
「柏木さん、こんなんでいいの? 後悔しても遅いですよ。早く入りなさいな」
母さんも、なんだかんだ言いつつちょっと照れてるように見えた。
父さんは居間で、緊張して座っていたのだが、満嗣さんを見て持っていた湯呑みを落とした。
「お父さん、何してるんです。みっともない。そんなことなら、散歩でも行ってきてください。邪魔だから」
相変わらず、母は強い。
「霞から、聞いてますよ。こんなダメ息子の元に嫁いでくださって、本当にありがとうございます。不束者を通り越して、不束過ぎるダメ過ぎる息子ですが、どうかお尻を叩きながら支えてやってくださいな」
酷い言われよう。
「私は、幸せになれると思います。さっき、運命を知りました。多分、彼と一緒になる導きだったんだと思います。全てが」
女は女優とはよく言ったもので、満嗣さんの母さんへの挨拶の清楚っぷりが凄い。けど、俺はいつもの少し意地悪そうな満嗣さんの方が大好きだ。自然で、楽しそうで。これから、もっといろんな顔が見れるのかなあ。
その日は実家に泊まって行くことになっていた。先日の事件で休めなかった分の休暇を、満嗣さんは今回取ってくれたようで、久しぶりにゆっくり出来ると笑っていたのだが。
「結局、ゆっくり出来そうにないわね。式場見たり、考えたり、挨拶したり、何かと忙しいものなのね」
眠るウサ子に布団を掛けながら、満嗣さんは笑っていた。
「あの、無理しなくても。もう少しゆっくりでも、俺は大丈夫です」
「大丈夫よ。もう余計な気を遣うのは止めましょう。私、少しはママらしくならなきゃね」
「満嗣さんは、どんな家庭にしたいですか?」
ふと気になった。
容姿も地位も仕事も満たされた彼女が、一体何を求めるのかを。
「そうねえ。普通の家庭がいいかな。私がいて、あんたがいて、ウサちゃんがいて。一緒にご飯食べて、お休みは何処かに遊びに行くの。それだけで、私は満足だけどなあ。あんたは?」
俺も。等と答えたら怒られそうなので、少し考える。けれど、やっぱり同じ答えしか浮かんで来なかった。
「すみません、やっぱり俺も同じです」
けど、満嗣さんは笑っていただけだった。
本当に幸せ者だ、俺は。
色々あったけど、終わりよければ全てよし! とは、昔の人はよく言ったものだ。
それに、今回のことで、ちょっとやそっとの出来事じゃ驚かなくなった自信もある。少しだけど。
「俺も、成長しないと。守る者ができたから」
多分、この言葉は満嗣さんには届かなかっただろう。だって、言うのは止めて自分の中で誓った言葉だったから。
【完】
ロボット育児日記 ~俺とウサ子の成長記録~ 鞍馬榊音 @ShionKurama
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