追放有理 ~実力不足の補助術師をパーティーから追放したらざまぁされた~

水雨

第1話:気が重い解雇通知

「ユウキ、これは相談なんだが……」


 静かな部屋に声が響く。

 冒険者ギルドの二階の、許可を得れば冒険者なら誰でも利用できる会議室。

 中央には楕円形の大きなテーブルがあり、今、椅子には二人の人物が腰かけている。

 一人は、黒髪の短髪で、ひょろっとした体型の少年。表情はひどくおどおどして、落ち着きなくきょろきょろと調度品に乏しい室内を見回している。


「パーティーを抜けてもらえないか?」


 声を発したのは、少年の向かい側に座る、やはり黒髪短髪の青年。といっても、少年とは年齢的にはわずかしか違わないのだが、背が高くがっしりとした体つきが、青年をより大人に見せている。

 二人には共通点もあった。異世界転生者──別の世界で死んで、この世界で新たに生を受けたのである。


 そしてこの話の語り部、すなわち俺は、今しがたパーティーを抜けてほしいと言われた少年──ではなく、

 言った方の青年である。


 相談とはあくまでオブラートに包んだ言い方で、もっと直接的な言い方をすれば、俺はこの日、パーティメンバーのユウキにクビを言い渡したのだ。


「ど、どうして、ハービー……」


 ユウキはショックを受けた様子で、どもりながらそう口にする。

 ハービーというのは俺の名前だ。転生前は羽生聡介はぶそうすけという名前だったから、響きが近くこの国──エクラシア王国風の名前を名乗るようにしたのだ。ユウキは前世は篠原祐樹しのはらゆうきという名前だったらしいが、彼は改名はしなかった。


「理由についてだが……今度、俺たちのパーティーがBランクに上がるのは知ってるな?」


 言っているのは、冒険者ギルド内でのパーティーの格付けについてだ。上はAランクから下はEランクまであり、上に行けば行くほどギルドから受注できる依頼の幅が広がり、難易度も上がる。Eランクは完全に駆け出しパーティーで、DからCランクまでが全冒険者パーティーの7割を占めるボリュームゾーンとなる。

 Bランクに上がる、ということはそのボリュームゾーンから抜けるということで、数々の難易度の高い依頼をこなしてギルドや依頼者の信頼を勝ち得なければ至れない領域だ。

 ユウキはまだショックを受けているようで特に反応しなかったが、当然ながら知っているはずだ。俺は彼の反応を待たず話を続けた。


「だけど、正直……言いにくいことだけど、最近のユウキの戦闘中の実績を見ると、この先受注する、さらに高い難易度の依頼をこなせないんじゃないかと思ってるんだ」

「ぼ、僕だって頑張って……」

「頑張ってるのは認める。でも、肝心の補助魔術は精度が落ちていると思うんだ。この前のゴブリン討伐でも、前衛の効果時間が切れているのを把握していなくて、何度か俺とヒューが危ない目にあっただろう?」


 ユウキの役割は補助術師だ。パーティーメンバーの能力を一時的に底上げしたり、逆に敵の能力を下げたりすることができる。


「それは……効果時間の把握が、難しくって」

「うん、それは専門外の俺もわかってる。ただ、BランクやAランクの他パーティーの補助術師は、高い精度で役割をこなしているみたいだ」

「Bランクに上がれば、僕だって」

「これまでできなかったことが、突然できるようになるって? それは現実的じゃないんじゃないかな。それに……より難易度の高い依頼を受けるようになれば、君の命まで危なくなる。それは君にとっても、パーティーにとっても良くない」

「じ、自分の身は自分で守れるよ!」

「残念だけど」初めて大声を出したユウキに対して、俺は冷静に首を振った。「ゴブリンを相手に、前衛が来るまでの時間稼ぎもできないようじゃ、その言葉は信じられない」


 かなり厳しい言い方になってきたのは自覚している。しかし、さっきも言ったことだが、これ以上ユウキをパーティーに入れておくのは、本人にとっても他のメンバーにとっても良くないのだ。

 彼を解雇する件については、他に手段がないかも検討した。補助術がダメなら、他の軸で評価ができないか。例えば、パーティーの経理や事務手続きで処理能力に秀でているとか、戦闘以外の部分、たとえば地形や敵の状況を把握し作戦を立案したりとか、薬草の知識に秀でていて採集もこなせるとか。

 残念ながら、ユウキは経理や事務をやりたがらないし、補助術以外でパーティーに貢献できる要素もない。だから、解雇もやむなし、という結論に至った。

 また、彼が抜けた後のパーティーについても頭の中でシミュレーションを重ねた。彼がいなくなり、補助術をあてにできなくなることで、どんな影響を及ぼすか。残酷な結論だが、彼がいないほうが戦闘はよりスムーズになるだろう。補助効果がまずいタイミングで切れると、前衛には直接的な危険が及ぶ。それならば、最初からかかっていないほうが、補助術がかかっていると過信して事故るより何倍もマシだからだ。


「ほ、他のみんなは、なんて?」


 恐る恐るといった様子でユウキが訊いてくる。

 他のパーティーメンバー──槍使いのヒュー、魔術師のエマ、修道女のアメリアはいない。こういうセンシティブな場面で、解雇する側が大勢いると、より追い詰めている感が増してしまう。まるでいじめのような雰囲気になってしまうだろう。だから、他の三人にはこの場には出席しないように言っておいた。


「三人も、異論はないみたいだったよ」


 パーティーの兄貴分のヒューは、しょうがねぇよな、と残念そうだが同意していた。合理的な考えを持つエマはこれまでユウキの能力について散々疑問を呈していたが、俺が決定を伝えると「そう」とだけうなずいてそれ以上は何も言わなかった。アメリアは、まぁアメリアだ。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 他のメンバーにも引き止められなかったのがとどめになったのか、ユウキは叫びながら椅子を蹴り倒して部屋を飛び出して行った。

 俺は天井を見上げ、溜息をついた。

 自分の判断は間違っていないと思いたい。それでも、誰かにクビを言い渡すなんて、決して気持ちのいいことじゃない。肩の荷は下りた気はしたが、決して気持ちは晴れなかった。

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