第3話 どうしてこうなったのか 2


「あのぅ、大丈夫ですか?」


 自己嫌悪のループに囚われ、ライブの行われる建物前で立ち尽くしていたボクに声かけて来たのはメガネをかけた二人組の男性だった。

 

「あっ、うっ、えっと……」

 急に話しかけられたので準備が出来ていなく、言葉が出てこない。

「もしかして、体調悪いんですか?」

「プギぃ?だとしたら、せっかくのライブが全力で楽しめないでプ?可哀想に」

「リグさん、彼が同志だとは限らないのでは?」

「ノソン氏ぃ、今日ここにライブ以外の用で来る人間はおらんプ?同志で確定プギ」

 

 『ノソン』と呼ばれた痩身のサラリーマン風の男性はこちらを心配そうに見ている。

 『リグ』と呼ばれたチェックのネルシャツをジーパンにインした《オタクかくあれたし》とでも表現したくなる姿の男性はこちらに同情の目を向ける。


「……ご、ご心配ありがとうございます。初めてのライブに緊張しただけです……」


 嘘をついた。意味のない嘘だ。


 心配をかけたことより、恥ずかしいという思いが最初に湧いてしまった。そんな自分を嫌い、変えたいと願い、努力したのにいざとなると過去の良くない自分がすぐに顔を出す。


「ププぅ……わかるプギィ!我も初めてのライブ参戦は緊張したプ?女子おなごとの握手なんてあの頃は想像するだけで勃――」

「――ごほんっ!リグさん。一応、ここは往来なので言葉は選びましょうね」

「プギィ!?すまぬ、すまぬプ?」

「……ふっ、ふふっ……」


 リグさんはノソン氏に謝るが、その独特すぎる言葉選びにボクは思わず笑ってしまって、謝罪する。


「謝る必要ないプ?緊張はとれたプ?」

「リグさんのキャラはなかなかに強烈ですからね。致し方ないでしょう。では大丈夫そうですし……そろそろ中に入りましょうか」


「あっ、……」

 『ボクも一緒に行って良いですか?』こんな簡単な言葉が出てこない。

 不必要な言葉はいくらでも勝手に出ちゃうのに本当に言いたい言葉は喉の奥底で深く沈んだまま微動だにしてくれないんだ。

 会場に向かう二人の背中に無言で手を伸ばす……。


「……?早く行こうプ?そのカバンの色から見るに貴殿は《ゆいすん単推し勢》プ?ゆいすんは最近SNSでバズったから人気で早く行かないと良い場所取れないプ」


 リグさんとノソン氏がこちらを振り向いてボクを待つ様に足を止めてくれた。

「は、はいっ!」


 逆光に照らされた二人のもとへボクは駆け寄る。暗い道に戻って見失わないように。


 

「そういえば貴殿、なんて呼べば良いプ?」

「あぁ、聞き忘れていた。本名でなくても構わないよ、我々は……分かると思うけど本名じゃないからね」

「あっ、えと……ボクの名前は御宅田サダオです」

「ほほう?良い名前プギ!オタクになることが定められてたプギ」

「ちょっとリグさん、それは失礼なんじゃ……」

「いえいえ!そんなことないですよ!実際ボク、下の前の字が――」



「おおーい!野村くんに河野くん、久しぶりだねぇ」


「……え?」

 ライブ会場へ意気揚々と向かうボクらの背後からそんな声が飛んできたけど、のむら?こうの?誰に声をかけたんだ?


「あぁ《桐ヶ谷》さん、お久しぶりですね」

「プギィ……嫌な奴が来たプ」


 ノソン氏は少し嫌そうな表情を浮かべ、リグさんはそっぽを向いた。

 

「君は誰だい?……おや?そのカバンの色……まさか君ゆいすん単推しか?!ほう?奇遇だねぇ、私もだよ!まっ!君の様な新顔とは歴史も距離も段違いなのだがね!」

 桐ヶ谷、と呼ばれた全身をピンクで揃えたサングラス姿のオジサンはボクのことを品定めでもする様に見て、勝手に喋って……。

 すれ違いざまに『私は彼女と運命的な出会いをしたんだよ』と訳のわからないこと言った。

 最初は何が起きたか分からなかったけど、桐ヶ谷の表情をみて、ようやくボクは『バカにされた』と気づいた。

 

「……な、なんなんですか、アナタは!失礼ですよ!それにボクもゆいすんとは《特別な出会い方》をしています!」

 ボクは思わず絡んでしまう。

「ダメだ、サダオくん!この人は――」

「――野村くん、君は黙ってな!君達みたいな《箱推し》には関係ない話さ!」

 桐ヶ谷はその小さな身体をゆらゆらと揺らしながらボクの元へ戻ってくるとサングラスを外した。


「《トップオタ》桐ヶ谷、人は私をそう呼ぶ」


「プギィっ!」

 桐ケ谷の指パッチンを見てリグさんが笑い、それに気づいた桐ケ谷はリグさんを睨みつけた。

 睨まれたリグさんは身体を小さく丸め、ノソン氏の背後に隠れてしまう。


 その姿を見た桐ケ谷は満足そうに笑いながらボクを見る。


「ト、トップだからなんなんですか!」

「……君はボクの機嫌を損ねた。ゆえに今日のライブへ君を参加させない」

 は?……何を言ってるんだこの人は?!


「い、意味が分からない!ただのファンであるアナタに何の権限が――」

「――私にはその権限があるのだよ」


 そう言って指を何度かカスカス鳴らそうとして諦めた桐ヶ谷は誰かに電話し始めた。

「……くっ、すまないサダオくん。一応運営さんに伝えてみるけど……」

「プギィ……。今日は残念プ?またどこかで会えたらきっと友達になれるプ?」

「ちょ、えっそんなっ、二人とも待って……」

 ノソン氏とリグさんはこちらに謝るジェスチャーをしながらライブ会場へ入ってしまい、二人と入れ替わりでパーカー服の男性が出てきて桐ヶ谷と何か話している。


「……そ、そんなまさか……」


 パーカーの男性が首から下げているプレートには《スタッフ》の文字。

「一応、聞いておくよ。君はどんな出会い方をしたんだい?」バカにする様に、ナメるように桐ヶ谷はこちらへと訊いてきた。


「……あ、朝の……信号で話しかけられました。彼女は朝の五時なのに、夕方五時と勘違いしていて……ボクはそれを《おもしれー女》だなって思って……」


 他の人からすれば……なんてことない日常の一コマかもしれない。でも、何もない……仕事と家の往復しかないボクの人生に、初めて訪れたイベントだったんだ。

 あの日、ボクは生まれて初めて『人を好きになった』んだ!恋を知ったんだ。

 人に何て言われようとボクはあの日の思い出を大切に思い、今日まで頑張ってきたんだ。



 ……桐ヶ谷は何も言わない。絶対バカにしてくると予想していたのに意外だ。

 スタッフは何故かそっぽを向き遠くを見ている。


「な、何か言ったらどうなんだ!」


 無言を貫く桐ヶ谷にボクは声を上げる。


「…………お前、それどこで聞いた?」

 桐ヶ谷の口からようやく出た言葉はボクの想像していたものとは違った。

「お前それ!誰に聞いたんだ!!」

「ひっ?!」

「ちょっ!桐ヶ谷さん!何してんすか?!いくらアンタでも暴れるなら出禁っすよ!出禁!」


 堰を切ったように怒りに肩を震わせる桐ヶ谷、それを止めるスタッフ。

「それは!それはっ!私とゆいすんの二人だけの思い出だ!人の思い出を盗むな、この盗人!泥棒!犯罪者!!」

 顔中の汁を飛び散らせながら桐ヶ谷はスタッフに抱えられ、宙に浮いたまま半狂乱で喚き散らしている。


「ちょっと、申し訳ないんですけど、アナタがいると桐ヶ谷さんがおかしいんで今日は帰ってもらって良いっすか?」

「え?……え?!なんでそうなるんですか?普通に考えたら、その桐ヶ谷さんを出禁にして終わる話なんじゃないんですか?!」

「ウチはさぁ地下アイドルなんだよ。大手じゃなくてね?だから桐ヶ谷さんみたいな太いお客様は手放せないって言うか……あっこれSNSとかに書いちゃダメだよ?書いたらこの先、一生出禁にするから。黙っていてくれたら今日だけにしとくよ?」


 な、何を言ってるだろう……。

 頭が真っ白になる。


「今日だけ?!今日だけでなく生涯出禁にするべきだろ?!コイツは犯罪者なんだから!」

 桐ヶ谷はスタッフに抱えられながら騒ぎ続ける。

 ボクには桐ケ谷がここまで怒る意味が分からない。偶然同じ出会い方をしただけだろう。一年も前だから記憶違いがあるかもだが、ゆいすんは似たような時間間違えを何度かしている様子だったし。


 「ぬおおおお!あっ――」

 「――ってえなコラ!」

 暴れた桐ケ谷の肘がスタッフの顔に当たった。

 「……す、すま――」

 「――出禁だ!桐ケ谷!アンタは永久出禁!そっちのアンタは今日だけ入場禁止!」


 「「は!?」」


 桐ケ谷と被る。が、スタッフは一度も振り返らないまま会場へと走り出した。


 「お前のせいで!お前のせいでぇぇ!」

 「そ、それはボクの!ボクのセリフですよ!」

 「あああああああああ!!!」


 桐ヶ谷は頭を掻きむしりながら奇声を上げて何処かへと走り去って行った。


 ボクは突如として一人きりになり、『今日の為に頑張って来たのに、会えないんだ』と理解して……涙が出そうになる。


 ここに居ては邪魔になる、何故か頭の一部が冷静になり、路地裏へと続く道へ移動し……膝から崩れた。


『ちょっと!』

 何処かで聞いた様な声が聞こえた気がしたが、ボクは今それどころじゃないので無視する。

 

「なんでそんなところに座ってるの?って泣いてるの?!……何があったか良くわかんないけど、そんなところで泣いてると他の人の迷惑になるから、ね?」


 そんな言葉と共に、しゃがみ込み泣きじゃくるボクの目の前に女性らしい小さな手が差し出された。


「か、構わないで下さい……。ボクなんか……生きてる意味のない……出来損ないなんだからっ」

「そういうの要らないから、邪魔だから退けって話してんの!ほら!アンタがここに居るだけで迷惑被る人が居るんだからさ!」


 何処かで聞き覚えのある声の女性がボクの手を無理矢理掴んだ。



 その瞬間、辺りに謎のファンファーレが鳴り響いた。


パーパラッ、パパパッ、パパパパパパ。


 ラッパの音が聞こえた。

「なに今の?!ファンファーレ?!」


 深く帽子を被り、マスクをしたメガネ姿の女性がボクの手を掴んだまま、そう言ったのでボクだけに聞こえた幻聴ではなかったらしい。


《おめでとう御座います!ただいま《御宅田オタクダサダオ様が全実績を解除》されました!》


 謎のアナウンスが流れて……って、今ボクの名前を呼んだ?!全実績ってなんのこと?!なんて考える間もなく、ボクは光に包まれる。


「なにこれ?!ドッキリ?!意味わかんないんだけど!聞いてないんだけど!ちょっと、マネージャー!私ドッキリとかNGって言ったよね?!」

 ボクの手を掴んだまま謎の女性は騒ぎ立てる。



 これがボクので見た最後の光景だ。

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召喚術師【調味料】って冗談ですよね? うめつきおちゃ @umetsuki_ocya

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