婚約破棄されまくるお嬢様をどうにかしたい件
ペンのひと.
第1話
「コーチマー子爵令嬢モモンシア、いまこの時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!」
とある公爵令息の怒声が、夜会のきらびやかな広間に響きわたる。
壁ぞいに並ぶテーブルには、立食式のゴージャスなビュッフェ料理の数々。
いまのいままで大好物のローストチキンをたんのうしていたモモンシアお嬢様は、怒りに打ち震えるご令息の指差しと婚約破棄宣告が、そんな自分に差し向けられたものだとようやく気付いたか。
侍女のわたしがこの日のために選り抜いて着せたとっておきのドレス姿で骨付きもも肉を持ったまま、お人形のような美貌のお嬢様はいかにもわざとらしく大げさにビックリ仰天の驚きポーズを全身で表現しながらこうのたまった。
「ガビーン‼」
水を打ったような一瞬の沈黙の後、この珍妙なる事態をさとってにわかにざわめきだすご来賓のお歴々。
ああ、眼前に広がる、まさに悪夢そのものの光景。
いったいこれでもう何度目なのか……という絶望感と、「ガビーン‼」って何ですかあなたというやり場のない腹立たしさに、わたしはコーチマー家にお仕えする侍女として思わず我が手で顔をおおった。
静かに悶絶しかかるわたしの横で、モモンシアお嬢様の大親友バーンズ男爵令嬢クロエ様が、グラス片手に感想まじりのシャックリを放つ。
「まあ――そうなるか。……ヒック」
♢
前略
親愛なるお母様
お元気でいらっしゃいますか?
もうすぐそちらは花祭りも終わる時分でございますね。
わたしのほうは、侍女としてすこぶる順調にやっております。
むろん、先々代や先代のコーチマー子爵令嬢を、その
だからこそ、わたしも全身全霊をもって、当代コーチマー子爵令嬢モモンシア様にしかるべき高貴な殿方へお嫁ぎいただくべく最善を尽くしている最中です。お嬢様の身の回りのお世話一切について、侍女として抜かりはございません。
努力のかいあって、いまこの瞬間にも数多くのご縁談がモモンシアお嬢様に舞いこんでおります。
何しろモモンシアお嬢様は天性の美貌。
そのうえ侍女のわたしめが、あのふわふわとした薄桃色のお髪から、可憐でしなやかな肢体を飾るドレスと宝飾、履物のつま先にいたるまで完璧に磨きをかけ整えて差し上げているのですから、当然でしょう。
このぶんだと、モモンシアお嬢様のご結婚が決まり、わたしが胸を張ってそちらへ帰れる日もすぐにやって来そうです。
草々
あなたの娘、ミカ・ミケルセンより愛を込めて
♢
「『ガビーン‼』って何ですか、『ガビーン‼』って! いったいこれで何度目の婚約破棄かわかってるんですか、モモンシアお嬢様!」
「えー、ミカにゃん超怖いよう。ごめんね♡」
「まあ――そうなるわな。……ヒック」
ここ、コーチマー子爵令嬢モモンシア様の私室で、今宵もそれははじまる。
婚約破棄をめぐる女子会、婚約破棄女子会が。
「あなた何なんですか! 婚約披露パーティーの主役が、婚約相手のご令息ほったらかしてローストチキンにかぶりついてどうするんですか! そんなことしたら、プライドの高い公爵令息に見かぎられて、婚約破棄されるに決まってるじゃないですか! というかもう破棄されましたけど!」
「えー、だってローストチキン美味しいんだもん。ほら、ミカにゃんもいっしょに食べよ?」
「まあ――持って帰るわな。……ヒック」
ピクニックよろしく床に陣取り、夜会のビュッフェから拝借したローストチキン山盛りの皿を我が物顔でワイワイと取り囲む子爵令嬢と男爵令嬢を前に、わたしはがくぜんとする。
この人たちは、この2人はいつもこうだ……。
モモンシアお嬢様。
わたしミカ・ミケルセンが侍女として、レディースメイドとしてお仕えするコーチマー子爵家のご令嬢。
天性の美貌に恵まれながら、毎度何かしらやらかして殿方に宣告された婚約破棄は実にこれで6回目。
さっきから何がたのしいのやら、長いまつ毛に縁どられたつぶらなピンクサファイアの瞳でニコニコ笑ってはしゃぎっぱなし。
かたわらには、彼女の大親友バーンズ男爵令嬢クロエ様。
つかみどころのないクールでやや男勝りな性格だが、この人だってかなりの美人だ。
艶やかに波打つ黒髪に、スッと高い鼻筋、細身の八頭身。
ともかくきまって、当のモモンシアお嬢様が婚約破棄されるたびにこのコンビはこうして女子会を開き、宴に興じる。
彼女らいわく、2人は婚約破棄を乗り越える固い友情で結ばれしまことのお友だち、
バカなんじゃないだろうか。
「じゃあじゃあ、今回も3人仲良くそろった私たち破棄友に、かんぱーい!」
「わたしを頭数に入れないでください! いつからわたしまで破棄友になったんですか、モモンシアお嬢様!」
「まあ――照れるなよ。……ヒック」
「あなたは黙っていてください、クロエ嬢! よけいややこしくなるでしょうが!」
「えー、だって私もクロエもミカにゃんも同い年なんだよ? そんな3人が婚約破棄の夜にこうしてめぐりあえてるなんて、もうそれだけでキセキじゃん。さあお祝いに飲も飲も」
こちらに無理やりグラスをつかませると、モモンシアお嬢様はさも嬉しげになみなみとアイスミルクを注ぎにかかる。
まるで、お友だちとはじめてママゴトをするしあわせな女の子みたいに。
モモンシアお嬢様もわたしもお酒がからきしダメなのと、クロエ嬢が水でもヤギの乳でも酔っぱらえる謎の才能の持ち主なのとで、3人が集まるときの飲み物はアイスミルクと決まっている。
グラスから口をはなすたびに白ヒゲが浮きあがるが、そんなことを気にしている場合ではない。
「いや正味な話、このままじゃ困るんですよ、モモンシアお嬢様! あなたがお嫁に行ってくれないと、侍女としてのわたしの立場がないんです。いったい何だって毎度まいど、婚約披露パーティーで問題を起こすんですか。今回なんてまだいい方です。いつだったか、ご列席する相手方の公爵一族を前に、あなたが婚約指輪で手品をはじめたときには、わたしはレディースメイドとしてもう顔から火が出る思いでしたよ……」
「まあ――傑作だったな。……ヒック」
「えー、照れるなあ。でもミカにゃん、たしかあのときの手品では、私、火は出せなかったよ♡」
「あなたたち人の話を聞く気ないでしょうっ!」
ことほどさように、白ヒゲを浮かべた3人の破棄友たちによる、婚約破棄女子会は夜を越える。
♢
前略
最愛なる我が娘へ
お手紙をありがとう、ミカ。
近ごろはすっかり暖かくなりましたね。
侍女としてのあなたの働きぶりが順調とのこと、何よりです。
むろん、先々代や先代のコーチマー子爵令嬢を、その輿入れまでをレディースメイドとして支えきったあなたのお婆様や母である私の功績を想えば、同じくミケルセン家出身の侍女たるあなたにとってはそれも当然のことでしょう。
結婚を許される歳を迎えたその日からコーチマー邸に奉公し、子爵令嬢のレディースメイドとしてお仕えしながらそば近くでその輿入れまでを見届ける。
それが、私たちミケルセン家の女が代々受け継ぐ、エリート侍女家系の伝統なのですから。
あなたの奉仕により当代コーチマー子爵令嬢モモンシア様のご結婚が決まったあかつきには、堂々と胸を張りこちらへ帰っていらっしゃい。
ああ、そうそう。
あなたのお父様ったら、変なことをおっしゃるのよ。
……ミカの便りの書きぶりには、何か不自然なところがある。
コーチマー邸での侍女奉公が、あまりうまくいっていないのではないか。
なんて。
まったく、男親というのはむやみに娘を心配し過ぎるものなのね。
だって、ミケルセン家出身のエリート侍女であるあなたが奉仕に失敗し、当代コーチマー子爵令嬢モモンシア様がどこにも嫁がず行き遅れるなんてこと、まさか万が一にもあるわけないもの。
ねえ、そうでしょう、ミカ?
モモンシア様のご結婚が決まり、あなたが故郷へ錦を飾るめどがついたなら、またすぐにお手紙をくださいね。
草々
あなたの母、エマ・ミケルセンより愛を込めて
♢
「婚約破棄ばっかされてないで、いいかげん結婚してください、モモンシアお嬢様!」
「えー、ミカにゃんったら、いきなりプロポーズだなんて……もう、いいよ♡」
「わたしと結婚してどうするんですか!」
「まあ――百合だな。……ヒック」
アホの子みたいに抱きついてくるモモンシアお嬢様の腕を振りほどき、わたしは苦悩に頭をかかえる。
どうしよう。
このままいくと、故郷のお母様やお婆様に申し開きのできない事態におちいってしまう。
エリート侍女家系ミケルセン家出身のわたしが、まさかお仕えするご令嬢の輿入れに失敗するなど、レディースメイドとしてあってはならないのに。
だのにモモンシアお嬢様ときたら、わたしの奉仕のかいもなく、あいもかわらず通算婚約破棄され回数を絶賛更新中。
正直もう侍女として、どうしていいやらわからなくなってきている。
たすけて……、だれか……助けてください。
「まあ――気にすんなよ。……ヒック」
「そうだよ? ミカにゃん、気にしない気にしない」
「あなたたちが気にしないからこうなってるんでしょうが! モモンシアお嬢様、マジで早く結婚してください!」
「やだ、ミカにゃんったら、マジのプロポーズだなんて……うん、いいよ♡」
「だからわたしとじゃなく!」
「まあ――(ポッ)。……ヒック」
「なんでクロエ嬢が照れてるんですか!」
ダメだ、状況がまったく前に進まない。
あせりのあまり動悸がしだしたわたしをよそに、子爵令嬢と男爵令嬢がヒソヒソと何やら密談をはじめる。
クロエ嬢が横目にわたしを見ながらモモンシアお嬢様に何ごとかを耳打ちし、やたらたのしげにウンウンうなずくモモンシアお嬢様はややあって桃色の可憐な唇を開くと――、わたしに向かってこう言った。
「じゃあね、ミカにゃんがお手本を見せてよ。ミカにゃんがだれかと婚約して結婚できたら、私もそれを見習ってちゃんと結婚する!」
……はあっ⁉
♢
「どうして侍女のわたしが舞踏会デビューしなきゃならないんですか、ちょっ、モモンシアお嬢様! わたしにお化粧など必要ありません! ムグッ」
「いいからいいから。はい、メイクアップ終了! きゃー、ミカにゃんったら超絶カワイイ! 私の貸してあげたドレスもサイズピッタリだね。ほらほら、とっても素敵だよ。自分でも鏡で見てごらん?」
モモンシアお嬢様は何を血迷っているのだろうか。
お化粧やドレスなどというものは、モモンシアお嬢様やクロエ嬢のような美貌の持ち主を演出してこそ意味があるのだ。
わたしのような、年中そばかす顔で貧そうなカラダつきの女がどれだけめかしこんだところで、分不相応もはなはだしい。
きっと見られたものではない。
ドレッサーの前にかつぎだされ、わたしはおぞましいものを目にする覚悟で台上の大鏡へ顔をあげ……。
え……? これ、わたし?
「ね! 言ったとおりでしょ、ミカにゃん。これは舞踏会場でモテモテになることまちがいなしだよ! 素敵な殿方をゲットして、私に最高のお手本を見せてね! そしたら私も、婚約破棄ばっかされてないでちゃんと結婚するから!」
「まあ――ウィンウィンだな。……ヒック」
「……ほ、本当に、わたしが殿方をゲットしたら、モモンシアお嬢様も結婚してくれるんですね?」
「うん……いいよ、ミカにゃん。その場合、重婚だけどね♡」
「だからわたしとじゃなく!」
「まあ――需要はあるな。……ヒック」
「ありません!」
こうしてわたしは、うかつにもモモンシアお嬢様とクロエ嬢のバカげた提案を飲み、コーチマー家の口添えで舞踏会デビューをはたしてしまうのだった。
そう、舞踏会が無惨な結果に終わるとも知らずに――。
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