たすけてください

京野 薫

少年

 12月の身を切るような寒さの中、私はマフラーをきつく巻きなおすと、メガネをクイっとあげてお賽銭を取り出した。

 100円と50円で迷ったけど、50円にした。

 どうせ叶うわけないし。


 そう思っているくせにこうしてわざわざ神社に来ている自分の浅ましさにため息が出てしまう。

 別にそういう訳じゃない。

 明日の面接を前に、ただ歩いてすぐのところに氏神様があっただけ。

 ああ、またそうやってカッコつける。


 私はいつもそうだった。

 自分はみんなとは違う。

 特別な何かを持っている。

 根拠の無いその思いで周囲を見下し、その思いに逃げた。


 勉強で上手く行かなかったら「私はクリエイトな方向に向いている」

 創作で上手く行かなかったら「自由すぎると逆に発想が浮かばない」

 対人関係でつまづくと「私は独自の感性があるから馴染まないんだ」


 その結果、21歳になるこの歳まで何も持つことが出来なかった。

 趣味もない。友人も彼氏もいない。

 就職活動も上手く行かない。


 零細や中小は嫌だった。

 キラキラしたオフィスで有能で人格者の同僚や先輩に囲まれて働きたい。

 それには1流の場所でないと。

 ネットの掲示板にもそう書いてあった。

 でも就職できない。


 分不相応。

 その言葉が死刑宣告のように響く、響く。

 でも認めたくない。

 認めたら……底辺になっちゃう。

 私は……きっと何かある。


 私は眉をひそめると、50円を賽銭箱に入れた。

 誰も居ない空間にチャリンと硬貨の当たる音が響く。

 その音の余韻を私はすがる様に聞いていた。

 これが終わると、後は明日の面接。

 そこで落ちたら時期的にもう1流のオフィスへの就職活動はあきらめないといけない。

 この音が永遠に続けばいいのに……


 音が消えた。

 ……50円じゃご利益ないよね。

 再度今度は100円を取り出して高く放り投げる。

 音が響く。


 目を閉じて願う。


 たすけてください。

 一度だけでいいです。

 たすけてください。


 音が響き……

 なおも響いた。

 まだ響く。


 え?


 私は思わず目を見開いた。

 いつまで響く……の?


(案ずるな。お前は特別だ)


 耳じゃない。

 脳の中に響くその声に、私は周囲を見回した。

 私、何も言ってない!?


(お前が言おうが言うまいが関係ない。私はお前の心に寄り添っているのだから。愛しくか弱い……そして愚かな人間よ)


 必死に周囲を見回す私の目の横に少年はいた。


 黒髪のおかっぱで……少女のように美しい。

 声が無かったら確実に女の子と思っていた。


(性別など生殖のための便宜的機能。こだわるな)


「私……何も言ってない!」


(それはどうでもいい。お前は……特別になりたいのだろう?)


「え……」


(私は暇つぶしが欲しい。虫を踏み潰すような、鮮明な色の快楽が。願いを叶えてやろう。すべてを焦がしつくすような、様々な感情に身もだえする様を見てみたい)


 そう言って少年は1冊のノートを差し出した。


(望むものを書け。それで全てはお前のものだ。何らかの形で手に入る)


 私は笑わなかった。

 恐怖も無かった。


 やっと……来た。


 その言葉にすがり付いた。

 笑ったり恐怖を感じたり、まして疑ったりして少年が消えたら……それが怖かった。

 ウェブ小説でもこんな感じのを見たことある。

 巻き込まれたら勝ち。

 だったら……手放しちゃいけない。


 私はそのノートを手に取ると、深々と頭を下げた。


 少年は笑いをこらえているような表情を浮かべた。


(お前でよかった。さあ、奇跡をしゃぶりつくせ。最後の1ページまで。愛しく愚かな私の虫)


 その言葉と共に少年は消えた。


 私は古い緑色の表紙を見た。

 私は……選ばれた。


 震える手でノートをバッグにしまい、抱きかかえるようにまっすぐ家に帰った。

 願い事はもう決めてある。

 ネットで散々見てきた。

 まとまったお金が手に入ったら資産運用。

 それで勝ち組。


 それから一月後。

 私は勝った。

 世界を見下ろしているかのようなタワーマンション。

 その一室でクスクスと笑う。


 複数の数字を当てる某宝くじ。

 それに2回連続で当選した。


 2ページ使った。

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