ドーム

至福一兆

講習

「ジリリリリリリ」目覚まし時計の音で目が覚める。慌てて手を伸ばし、隣人に迷惑がかからないようにその音を止める。隣人とトラブルを起こすのは面倒だったが、目覚ましをつけずに起きられる自信がなかった。時計を止め、眠気を振り払おうと天井を睨みつける。目が覚めていくに従って、現状を思い出してきた。今、私はもう壁の薄いマンションには住んでいない。ここはmagic社の地下にある居住区だ。

magic社はドームに包まれている。ドームとは地球上にいくつも存在している都市を包む半球の膜の幕のことだ。要するにmagic社はこの都市で一番の超大企業だった。

そんなmagic社から急に送られた社員募集の紙は受験に失敗し、選択肢が家族に頼るかドームの外のスラムに出て野垂れ死ぬかの2つしかなかった私にとって、抗うことのできない魅力を持っていた。野垂れ死ぬのは当然嫌だし、私にとっては親のもとで暮らすのは野垂れ死ぬこととあまり変わらなかった。

私は親に対して自分でも過剰だと思うほど恐怖を覚えている。そのきっかけは子供の頃、親に間違えてゴム鉄砲を撃ってしまった時のことだった。親は私をビンタして振り払った。親には全く悪気はなかったし、その後私に謝ってくれた。しかし、ビンタされた瞬間の衝撃は一瞬で私の内面を変えてしまった。子供の私にとって不条理という概念がこの世にあるという理解の残酷さは耐えきれないものだった。その概念は私の性格を捻じ曲げて無気力な性格へと変えていった。受験に失敗した後はさらにそれが顕著になった気がする。

顔を洗って作業服に着替えた後、私は廊下に出る。廊下は特に特徴もなく、頑丈そうだというだけの無機質な空間だ。その冷たさはまさに都市全体の考え方を示しているようだった。

目的を達成できるものならば、何を使ってもいい。

どこのドームのどんなことでも全てはこの考えに沿って行われている。

そんな厳しい世界であまりにも都合のいい申し出がきたのだ。これからどんな仕事をする羽目になるのか、嫌な想像は限りなく思いついた。このドームの『遺物』の実験体にされるというのが最も有力な可能性だった。

『遺物』というのはドーム一つにつき必ず一個ある常識を超えた技術のことだ。例えば永久機関による発電、4次元空間を利用した瞬間移動もどき、絶対に壊れないほど頑丈なのに加工しやすい金属などが有名なところだった。

他にも考えられる自身の悲惨な末路について考えているとこれから研修が行われる大部屋に着いた。中に入って椅子に座り、どんな残酷なことを言われてもいいように覚悟をした。程なくして、講習が始まった。

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