【一話完結】これが底辺マンザイ師の日常だ!
久坂裕介
第一話
九月に入ってようやく暑さも少し
だが俺は、腹が減っていた。朝から何も、食ってない。スマホでユーチューブでE.L.V.Nの『
「おい、幸生」
「何や、
「でもよう、腹が減ってねえか幸生?」
すると幸生は、気だるそうに答えた。
「まあ、ぶっちゃけ減っとるなあ。朝から何も、食っとらんし」
俺は
「だろ? なあ、コンビニで何か買ってこいよ。俺の分も
「はあ? 金なんかあるかあ?
それを聞いて俺は、ため息をついた。
「何だ、お前もか……」
俺と幸生は一応、芸能事務所に入ってマンザイ
ちなみに、別々のコンビニでバイトをしている。同じコンビニだと何だか、
そして俺たちは、
一回目の出場では、俺がマンザイのネタを作った。だが、落ちた。俺が作ったネタが
だが今は、途方に暮れている場合ではない。腹が減っている。腹が減っていたら、来年のマンザイ・グランプリのネタを作る気がしない。俺がため息をついていると幸生は、キッチンで何やらゴソゴソしている。疑問に思った俺は、聞いてみた。
「おい、何してんだよ、幸生?」
すると幸生は、ゴソゴソしながら答えた。
「何って、食い物を
「
「そうやな……。お? いや、あったで! カップラーメンがあったで!」
幸生はカップラーメンを、
「何? カップラーメン? そんなの、どこにあったんだよ?!」
「どこって、洗面所の下や。いやー、ここは
なるほど、洗面所の下か。確かにそこは、盲点だった。俺たちはキッチンの周りをさんざん探して、それで食い物は無いと
「カップラーメンって言ってもなー。九月に食うもんじゃないぜ」
これで幸生は、カップラーメンを食う気を無くしたか? だが幸生は答えた。
「暑さなんて、関係あらへん。食い物は食い物や!」
くっ。やはり食う気は無くならないか。だがこれは、
「あー、そーいやー、俺が買ったような気がするなー、そのカップラーメン。お前に見つからないように
すると幸生も、ジャブを撃ち返してきた。
「ほんならこのカップラーメンは、
くっ、そうきたか。これはうかつに、答えられない。間違ってしまうと、俺が買ったモノかどうか
「やっぱ、お前が買ったモン、ちゃうなー。答えは、しょうゆ味やー」
くっ、定番のしょうゆ味か。これなら勝負して、しょうゆ味と答えるべきだったか? いや、もし間違っていたらと思うと、そんなギャンブルはできなかった。
だが、まあいい。状況は、次の展開に
「確かにそのカップラーメンは、俺が買ったという
すると幸生は、あっさりと答えた。
「いやー、それが無いんやなー。ワイが買ったという証拠はー」
よし。そこで俺は、勝負に出た。
「それじゃあ、そのカップラーメンは
すると幸生は、
「じゃんけんかー。でもワイ、じゃんけんは弱いからなー。勇士とじゃんけんすると、いつも負けるからなー」
その通りだ。幸生はじゃんけんをすると、初めは必ずチョキを出すクセがある。それに気づいてから俺はグーを出して、幸生とのじゃんけんは、いつも勝っていた。そして幸生は、今もそのクセに気づいていないようだ。だから俺は、あおってみた。
「何だよ、じゃんけんだといつも負けるからしないのかよ。ヘタレだなー」
すると幸生は、少しイラついたようだ。
「何やとー、誰がヘタレやー? 分かった。そこまで言うなら、勝負したろやないかー!」
よし、
「勝負はするでー。でもそれはワイが考えた、『ノールック・タイム・カップラーメン』でや!」
『ノールック・タイム・カップラーメン』? 何だそれ、初めて聞いたぞ。いや、この勝負は受けられない。これは幸生が今、考えた勝負だ。そんな
何しろ今はこの部屋にたった一つだけある、カップラーメンを食えるかどうかの
「つってもなー、お前が考えた勝負を受けるのもなー」
すると今度は、幸生があおってきた。
「何や、勇士。ワイが考えた勝負は受けられんのか? それこそ、ヘタレやなー」
それを聞いた俺は、すぐに勝負を受けた。
「誰がヘタレだ?! いいだろう、お前が考えた勝負、受けてやるぜ!」
「よーし、よく言った。男に
「当り前だ!」
だが俺は、すぐにしまったと
「それじゃあその勝負、受けてやるから説明しろよ」
「オッケー」
すると幸生は、
「そんじゃあ、説明するでー。なーに、ルールは
なるほど、簡単なルールだな。だが、奥が深い。いくら先に右手を上げても三分間前だと、美味いカップラーメンは食えない。もちろん、
俺も幸生もカップラーメンを食う時はいつも、スマホのストップウォッチできっちり三分間、計る。俺たちはそういうところは、
俺は、考えた。二分、いや、二分三十秒だ。二分三十秒なら、ギリギリ麺は
「いいだろう。この勝負、受けてやるぜ!」
すると幸生も、吠えた。
「よっしゃー! やったるでー!」
そして幸生はやかんに水を入れて、ガスコンロで沸かし始めた。だが沸くまで、時間がかかる。それまでにやるべきことをやっておこうと、幸生は言い出した。俺は当然、聞いた。
「何だ、やるべきことって?」
すると幸生は、テーブルの左側に立った。つられて俺は、右側に立った。幸生はカップラーメンをテーブルの真ん中に置くと、スマホを取り出してテーブルに置いた。画面を下にして。
「念のため、こうしておこうや。万が一にも、スマホのストップウォッチを使えんように」
なるほど、と俺もスマホの画面を下にしてテーブルに置いた。そして俺と幸生は、
「何を考えている、幸生?」
だが幸生は、へらへらしていた。しかし俺は、考えていることを言った。
「どうせどうやって、
すると幸生は、やはりへらへらしていた。
「ちゃうちゃう。そんなこと、考えてへんでー。さっき、言ったやろ。スマホを含む、全てのストップウォッチは使用禁止やって。だからワイは、こうする」
と言い終わると幸生は、左手にかけている腕時計を
俺は
「よしよし、これでええわ。この部屋にはあと、時計は無い。純粋に自分で、三分間を計った方が勝ちや」
俺はもう一度、揺さぶりをかけた。
「ふん、三分間か……」
すると幸生は、ニヤリと笑った。やはり幸生も三分間、待つ気は無いようだ。待つのはやはり、二分三十秒だろう。そう考えていると、幸生は動いた。
「さー、そろそろ、お湯が沸いたかなー?」
そう言って幸生は、やかんをテーブルの上に持ってきた。当然、俺は聞いた。
「待て、幸生」
「何や、勇士?」
「そのお湯、ちゃんと沸いているだろうな?」
すると幸生は、ため息をついた。
「何や、
幸生がやかんのフタを開けると、多くの
「それじゃあ勝負、スタートやー!」
その瞬間から俺は、時間を計り始めた。一、二、三……。この勝負、二分三十秒、つまり百五十秒を正確にカウントした方が勝ちだ。
「どうや、勇士。ちゃんと数えているか、百五十秒?」
だが俺は、
「百五十秒? おいおい、幸生。三分間は、百八十秒だぜ」
「ま、そやな!」
そう答えてから幸生は、にやけていた。なんだこいつ、何をにやけている? こいつの狙いも二分三十秒、つまり百五十秒狙いじゃないのか? まさか三分間、百八十秒狙いなのか? すると幸生は、とんでもないことを聞いてきた。
「さて、勇士。今はスタートしてから何秒、
俺はそう聞かれて、がく
スタートしてから何秒、経った? 俺は必死に考えた。うーむ、おそらく二分。つまり、百二十秒だ。構わん、百二十秒から数える! 百二十一、百二十二、百二十三……。そうしていると幸生は、何と右手を上げた!
「さー、二分三十秒、つまり百五十秒経ったから、ワイがカップラーメンを食おうーっと」
俺は、
「勇士。お前は今、こう考えてへんか? ワイがどうやって、時間を計ったんか?」
俺が何も言えずに
「あかん、あかん! こんな状況では、時間は頭で計るもんやない! こういう状況では、モノで計るんや!」
くっ、確かにそうだ。だが俺は、すぐに気づいた。幸生だって、何も持ってないぞ……。すると幸生は、後ろにまわしていた左手を持ち上げた。ま、まさか?! 俺の
「そうや、ワイは指を
くっ、やはり……。負けた、俺は負けた。ヤツが先に、右手を上げた。カップラーメンを食う権利は、幸生にある。だが俺は、吠えた。
「だが食えんのか幸生?! 美味いカップラーメンを?!」
「な、何やと?!」
俺は、吠え続けた。
「お前が数えたのも、百五十秒。つまり、二分三十秒だ。三分間、待つべきカップラーメンを二分三十秒しか待っていなくて、
すると幸生の顔に、焦りが見えた。
「くっ、美味いはずや! 三分でも二分三十秒でも、そんなに変わらんはずや!」
そう言って幸生は、素早くキッチンから
次の瞬間、幸生の表情は固まった。幸生が持ち上げた麺は、
「幸生、お前も気づいているんだろう。やはりカップラーメンはきちんと三分間、待つべきだと。この勝負は、ムダじゃない。俺たちに、何より重要なことを教えてくれたからだ。そしてこの勝負には、勝者はいなかったな。そんな塊の麺を食っても、美味くはないだろう……」
すると、驚くことが起こった。幸生が大声で、笑い始めた!
「ひゃはははは! 甘い、甘いでえ、勇士!」
「な、何?!」
幸生は、真剣な表情で言った。
「さーて、カップラーメンの中身を入れる、どんぶりを探しちゃろ!」
俺には、訳が分からなかった。カップラーメンの中身をどんぶりに入れても、麺が柔らかくなるはずがないからだ。一体、何を考えている、幸生?……。
そう考えている俺を
「さあー、どこにあるんかなあ、どんぶりちゃんは? こっちかな? それとも、こっちかな?」
何をしているんだ、幸生は? そんなにどんぶりを探すのに時間をかけていると、麺がのびるぞ……。い、いや、まさか?!
俺は思わず、叫んだ。
「こ、幸生! お前、まさか?!」
すると幸生は右手にどんぶりを持ち、ニヤリと笑いながら
「はい。三十秒、
俺は両手を、テーブルについた。負けだ、この勝負、完全に俺の負けだ……。それでも俺は、聞いた。
「幸生。お前は、全てを計画していたのか? ここまで計画していたのか?」
幸生はちょうどいい柔らかさになった麺を、すすりながら答えた。
「あったり前やん!」
くっ、やはりそうか。やはり他人が考えた勝負なんか、受けるもんじゃないな……。できれば右手を上げてカップラーメンを食うことになったら、すぐに食わなければいけないルールにしておけば良かった……。しばらくの間そう考えていると、麺をすする音が止まった。幸生は
「何だ、これは?」
「はい。半分、残ってるでー。ワイは腹を
「幸生……」
俺は思わず、涙ぐんだ。良かった。お前とコンビを組んで、本当に良かった……。俺はキッチンから割りばしを持ってくると割り、どんぶりの中に入れた。そうして持ち上げたが、麺は無かった。どんぶりの中を見てみると、スープしかなかった!
「麺がねえじゃん! スープだけじゃん! 半分って、こういうことかー!」
すると幸生は、言い訳をした。
「いやー、カップラーメンを食う前は本当に半分、麺を残そうと思ってたんやで。でも腹が減ってたからつい全部、食ってもうた。てへ」
「てへ、じゃねえんだよー!」とツッコミながらも俺はスープを全部、飲み
【一話完結】これが底辺マンザイ師の日常だ! 久坂裕介 @cbrate
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