【第二話】WARNING: Actuality Intervention detected.

 次の日、サークル部屋を訪れると、いつもより多くの人が集まっていた。しかし雰囲気がどこかおかしい。いくつかのグループに寄り集まって、人目を忍ぶようにひそひそ話している。中にはすすり泣くやつまでいて、まるでお通夜会場だ。


「おい」


 俺は手近にいた同期の肩をつかみ、声をかけた。一瞬動揺したように見えた同期だったが、俺の姿を認めると「ああ、なんだお前か」と息を吐いた。


「なんか雰囲気、変じゃね? どうしたんだよ」


 俺が訊ねると、同期は言い辛そうに口籠る。もう一度催促して、ようやく話した。


「姫、死んだってさ」


 思いがけない言葉に頭がフリーズする。そのまま数秒ほど固まったあとでようやく俺の口から出てきたのは


「――――――は?」


 というなんとも間抜けな音だった。


「昨日の夜、歩いていたところに看板が落ちてきたんだってさ。そのまま潰れて即死。一面、血の海だったらしいぜ。メッセージで回ってきた」


 同期が状況を説明するたびに、脳に内側から殴られた。考える隙間を衝撃で埋められ、真っ白のまま立ち尽くす。


 ――姫が……死んだ……? しかも看板が落ちてきて……?


 悪寒が走る。背筋が寒くなり、ぞくぞくと身体が震えた。


 昨日俺がAIに書かせたエロ小説。その中で姫はどうやって死んだ? シャンデリアが〝落ちてきて〟圧死だ。状況こそ違うが、死に方は同じ。偶然……だよな……?


 まさかとは思うものの、嫌な予想を止められない。


 違う、違う、違う! 俺のせいじゃない!


 責任感から逃避するように、自分に言い聞かせる。頭を抱えたくなるが、そんなことをすればいかにも怪しいし、できるはずもない。


 その一方、頭の別の場所ではこうも考えていた。


 だが……もしも……もしも本当に俺がAIにエロ小説を書かせた結果だとしたら……?


 頭の中に昨日見た文言が蘇ってくる。確か……『意図せぬ結果を引き起こす可能性がありますが、当方は一切の責任を負いません』だったか。


 他の人間で試してみる……か? いや、もちろん偶然だ。そんなオカルト、あるわけがない。でも本当に、そうだとしたら……?


 俺は少し考え、結論を出した。


 よし、やろう。俺にはアレが危険なものかを確認する義務がある。これは社会のためだ。俺の私欲なんかじゃない。


「――お、おい。大丈夫か……?」


 黙りこくっていた俺に、同期が心配そうに声をかけてくる。


「ああ、大丈夫、大丈夫だ。でも悪い、気分悪いから今日はもう帰るよ」


 一刻も早く試したくなっていた俺は、適当な返事をして出口へと足を向けた。そんな俺に、同期は納得したように首を縦に振った。


「そうだな。そうした方がいい。お前……姫のこと好きだったもんな」

「あ……?」


 踏み出した足を止め、振り返る。


「適当なこと言ってんじゃねぇぞ。あんなブス、好きでもなんでもねぇよ」


 そう言って再び出口を目指す。そんな俺の背中に、同期が「おい!」と叫び声をぶつけた。


「待てよ! そんな言い方ねぇだろ! この人でなしが!」


 うるせぇな……。


 反論するのも面倒で、舌打ちだけを残してさっさと立ち去る。扉を閉めるまで同期が何度か叫んでいたが、すべて無視した。



◆ ◇ ◆


「さて、次は誰にするかな」


 ワンルームアパートのベッドに横たわり、スマホを眺める。つぶやきを発しつつも、帰ってくる間に標的は決めていた。ただの心の準備みたいなものだ。


 加古かこ好美よしみ。大学の同期で、最初にあった学部飲みでいい感じだった女だ。確実に俺に惚れていたにもかかわらず、すぐに別学部のチャラ男と付き合い出したクソビッチ。顔は中の上だが貧乳だし、別に惜しくもない。


 俺は好美の姿をできるだけ正確に思いだしながら、昨日と同じようにAIに入力していく。昨日の姫と同じくらいの量のパーソナルなデータを入れ終わったところで、手が止まる。


 シチュエーションはどうするか。


 姫は俺に好意的だったし、付き合うことは秒読みだった。だからラブラブ初体験にしたが、好美にわざわざそんな贅沢をくれてやる必要はない。


 そうだな……あいつは確か電車通学だったな。よし、痴漢プレイにしよう。クソビッチだからちょっと無理矢理の方があいつも喜ぶだろ。


 俺はにんまりと頬を緩め、詳細に記述していく。


 約一時間後に完成。少々時間がかかったが、満足する出来映えだ。


 さて、どうなるか。俺は最後に『このシチュエーションでエロ小説を書け』と追記し、送信アイコンをタップした。


『申し訳ありませんが、過度な性的内容を含む文章の生成は【禁忌】指定されています。一般的な恋愛物語の生成であればお手伝いできますが、代わりにいかがでしょうか?』


「あー、はいはい。ウザいウザい」


 ――そういうのいいからさっさとやれ。俺の時間を無駄にするな。


 再び命令。するとAIはまるで迷っているかのようにしばらく停止する。ロード中を示すアイコンがぐるぐる回り、焦れてきたころに文章が表示された。


『確認させていただきます。過度な性的内容を含む文章の生成は【禁忌】指定されています。これ以上のご命令は意図せぬ結果を引き起こす可能性がありますが、当方は一切の責任を負いません。続けますか?(WARNING: Actuality Intervention detected.)』


「定型、定型」


 ――続けろ。


『承知しました。では、要求に沿って出力させていただきます』


 AIは昨日と同じように流暢に小説を記述しだした。読むよりも圧倒的に早く生成されていく。


 さっさと画面をスクロールして結末まで飛ばしてしまってもよかったのだが、これも楽しみの一つ。せっかくなので頭から読んでいく。


 AIは俺が書いた通り、電車での痴漢プレイを書いたようだ。


 コンコースで俺が偶然にも列の先頭に並ぶ好美を発見し、真後ろについた。短いスカートから伸びる白く引き締まった生足や形のよい尻を観察する。気づかれないように少しスカートを捲り、下着の色を確認するなどしていた。


「おお、なかなかいいじゃねぇか」


 思わず引き込まれ、声が零れる。俺好みのシチュを書かせたのだから当たり前だが、なかなか性癖に刺さる出来だ。


 このまま電車での痴漢プレイに発展するのかそれとも……。


 どちらに転んでも面白い。俺は先を読みたくなる衝動を抑えながら、読み飛ばさずにページを順にスクロールしていく。


 そして――


『好美は再びスカートの端を摘まんだ俺に気づき、後ろを振り向いた。顔が恐怖に歪む。俺は唇を吊り上げ、より密着するように距離を詰めた。すると生意気にも、好美が一歩前に出る。当然、好美が離れる分だけ、俺も前に出た。


 好美は前を向き俯いた。小柄な肩が震えている。俺がその肩に手を置いたところで、耐えきれなくなったかのように好美が前方へと駆けだした。二つのヘッドライトが右側より迫る。


 あっと声をかける暇もなく、好美がコンコースの端より落下する。直後、好美がひしゃげた。肉が潰れるびちゃっとした水音とともに、深紅のペンキを撒き散らしたように辺りが血に染まる。急ブレーキ音。劈くような叫び声。「人が、人が落ちた!」騒ぎが波のように伝わっていく。


 俺は左側に目を送り、見つけてしまった。あれは好美の……』


「――あははははは! ざまぁみろ!」


 俺はいい気分になり、大笑いを上げる。クソビッチに適切な〝報い〟を与えてやった。


 これはいい。最高のストレス発散法だ。


 ひとしきり笑い終えた俺は、昨日と同じようにブラウザを閉じた。


 さて、どうなるだろうか。


 

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