第9話

 日が暮れて、戦場を漆黒の闇が覆っている。そんな中、帝国軍本陣では松明が煌々と輝き、どこか浮世離れしていた。参謀、将軍達と共に総大将が地図を睨み、伝令が激しく出入りする。


「申し上げます!北東部支城を攻略!敵勢は本城へ退却!」


 よし、思いの外早く落ちた。いや、攻め手はガノン将軍の部隊だ……次の伝令が駆け込んで来る。間に合わなかったか……。


「申し上げます!ガノン将軍討死。伏兵による逆撃です」


 伝令の声が喧騒に紛れたが、その内容は十分すぎるほどに伝わった。本陣を冷たい緊張感にが支配し、将軍たちの視線が一斉に伝令を向く。ぬかった、俺の焦燥が配下に伝播している。


「伝令、ドレイク将軍を北東支城へ後退させ、残存部隊の支援を指示しろ。残存部隊は本陣へ収容しろ」


 伝令が復唱し、駆け出していく。くそ、俺としたことが主導権を握りきれない。クリストフめ、やはり手強い。


「大将軍、儂にも出撃をお命じください。今こそ予備戦力を出し切る時です」

「お待ちください!それでは本陣があまりに手薄に!」

「お主の出撃は許可出来ん」

「しかし!」


 焦燥感が全身を駆け巡る。俺の指揮が緩めば、部隊全体の士気に波及しかねない。だが__。


「……そうだ、ここで止まっていては全てが終わる。俺が出る。直率全てを率いて北側支城を落とす」

「だ、大将軍!?」


 叫び声が飛び交う中、俺の決意だけが動じない。


「伝令、ドレイクは味方支援後、俺が北側支城を抑える間に本城を攻撃せよ。落とすまで退却は許さん。北側支城を落とし次第、俺も本城を攻撃する」

「大将軍、それは儂に__」

「お主は後方を警戒しろ。ティーゲル将軍の裏をかくようなヤツが来るかもしれんが、城を落として救援する故心配するな」

「ふっはっは!承知致しました。そんなヤツが来ましたら蹴散らしておきます故、大将軍が負けても退路の心配はありませぬぞ」

「言いよるわ、くたばりぞこないめ」


 そうとも。俺たちの士気は高く、優勢なのは俺だ。クリストフよ、せめて俺が引導を渡してやる。

 この俺がこれほど準備不足のまま、無様に総攻めとはな……お前やアマデウス先輩と戦いたくなかったとはいえ、まったく詰めが甘い。公爵領を占領した段階で進軍を停止しきれなんだ。



 ***

 大将軍は悔い、そして受け入れた。かつての親友をその手で切る事すら覚悟した。夜はなおも深まり、騎馬隊を率いる青年は駆け続けていた。


 疲れた、今日はもう走りっぱなしだ。夜風が頬を切り裂く中、手綱を握る手に力が入る。馬蹄の響きが耳に刺さる。ふと、隣を走るフィオナが叫んだ。


「ヴォルフくん!?みんな置いてきちゃったけどいいの!?」

「やむを得ん!敵方の動きが速すぎる、無茶を押し通さねば負けるぞ!」

「たしかに!あの将軍さん、ぜーったい性格悪いよね!」


 フィオナの声が夜闇を突き抜けた。苦笑せずにはいられない。彼女の明るさは、戦場にあって妙に救われる。

 何とか兵站拠点を制圧した……しかし、街道沿いの見張り台には見張りが一人しか居なかった。報告を受けてすぐ見に行ったが、痕跡は二人分だった。つまり伝令が走り、既に異変は伝わっている。おそらく総攻めはもう始まっている。ティーゲル将軍……流石に判断が早い。帝国学園で父上や伯爵、ツァーリさんの軍事教練をしていたそうだが、彼らが発揮する軍事センスにも納得できようというものだ。私の焦燥を察したのか、フィオナが朗らかに声をかけてくる。そんなに顔に出てたかな?


「大丈夫、おじさまはカンタンにはやられないよ」

「そりゃあそうなんだが、念の為ってやつだ」


 大丈夫だ。きっと、まだ持ち堪えているはずだ。次の沢で馬を休ませて、駆け抜けるぞ。



 星明かりを頼りに駆ける騎馬隊、その数僅か五百。あまりにも小勢……それでいながら、確固たる意思で戦場に向かっていく。

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