危急存亡の春(4/5)

「起きなんし!いつまで寝ているつもりじゃ!」


 いつの間にか眠っていたのか、肩を揺さぶられる衝撃によって意識が覚醒した。

 気づけば会場からはゾロゾロと人が捌けており、ここのガイダンスが既に終わっていたことが見受けられる。

 声の主が起こしてくれなかったら一人取り残されていただろう。


「ほら、次の会場へ向かおうぞ。置いていかれたら迷子になりそうじゃ」


 男は寝ぼけた僕の背中を押し、無理やりにでも連れて行ってくれるようだ。

 いい奴。


「ふわぁ~…いやぁ、ごめん。寝るつもりはなかったんだけど、やっぱこういう集会って眠くなっちゃうんだよね、どうしても。助かったよ、………名前なんだっけ?」


 先程までずっと会話をしていたにもかかわらず、僕は隣人の名前を存じていなかった。挨拶もままならなかったもんな。


「そういえば名乗っておらんかったのう。わっちはMaximillian Großマキシミリアン・グロース。ドイツからやってきたのでありんす」


 ドイツ人か。初めて見た。

 ジーンズに法被はっぴ、そしてさらし。ドイツ人のファッションセンスは随分と独特だな…

 髪ピンクの奴に言われたくないとは思うが。


「マキシミリアンか。…長い名前だね」


「そうじゃな。向こうではマキシと呼ばれておったから、ぬしもそう呼んでくりゃれ」


 なるほど、マキシか。ただでさえデカい図体だ。身長はどれくらいだ?ベトナム人男性の平均身長である僕の頭に30㎝物差しを置いて、やっと追い越せそうだ。…そんな奴にデカそうなあだ名で呼ぶのはなんか癪だな。


「いや、被らせたくないし変えるよ。『ミリ』ってのはどう?」


「構わぬぞ。好きに呼ぶといいのじゃ」


 僕の悪意に気づいた様子もなく、ミリは朗らかに新たなあだ名を受け入れた。


 …っていうか、そろそろツッコむべきか?いい加減気になってきた。


「じゃあ、ミリ。その口調は…なんなの?」


「これかや?通っていた日本語学校の先生が教えてくれたんじゃ。これが歴史ある日本の方言と言っておった」


「そうなの?…まあ、そうなるのかな?」


 色々混ざっている気がするけど、そこの教師は大丈夫なのか?

 関西弁から廓言葉まで網羅しているし、清々しいほどの迷走っぷりだ。

 お前はどこの出身だってなる。ドイツか。じゃあいいわ。


「ま、日本好きが伝わるし、これはこれでいっか。やっぱ好きなの、日本?」


「うむ。初めて見たアニメで日本を知ってのう、色んな縁があって、わっちは日本文化、歴史ある物からポップカルチャーまで全て好きになったのでありんす!」


 その目は、純粋な子供のようにキラキラしていた。相当好きなんだろうな。

 後ろに結ばれている髪も侍を意識しているのだろうし、知識こそ頓珍漢だが、愛は確かにあると感じられる。


「…せっかく日本文化を学びに来たのに、入ったのはこんな大学じゃがな…聞いた話と違うでありんす…」

 

 今度はしょんぼりとしてしまった。

 聞いた話と違うということは、招待状によって騙されたのだろうか。


「まあまあ、入っちゃったならしょうがないよ。そうだ、いつか僕の地元に来なよ。古き良き…かは分からないけど、そんな感じの田舎な雰囲気を味わえるよ」


「本当かや!それは楽しみじゃ!!」


 半ば慰めるための冗談だったが、本気に受け止められてしまった。

 まあ、嘘ではないし、気が向いたら呼んでやるのもいいだろう。


「ところでぬし…実家と言っておったな。日本にあるのかや?」


 突如、神妙な顔つきでミリは僕の顔を覗いた。


「ん?そうだけど」


「いや、まあ…わっちはずっと、ぬしも宇宙人の一味かと疑っておったんじゃ」

 

 心外にも程がある。髪色がおかしいだけでここまで言われる筋合いはない。


「えぇ…さっき学生証見たでしょ?どう見てもそこらへんの日本人みたいな名前だったじゃん」


「あ、そういえば…山田であったな」


「せーかい。以後お見知りおきを」


「うむ。よろしく頼むのじゃ、山田!」


 ミリが手を差し伸べたので、僕も同じように右手を出し、握手をした。

 打ち解けられた合図…という解釈で合っているのか?


「そういえば、今どこに向かっているの?」


 講堂を出ると、そこは先ほどの破壊された階段。どうやって下層へと降りるんだ思ったが、何故か新たに滑り台が設置されていたので、全員それを利用した。

 道の修繕も始まっており、事情の知らない人たちは不思議そうにしていた。


「武器庫でありんす。なんとも、わっちらはこれから武器を一つ与えられるらしいのじゃ。何故かは分からぬが、今後必要になると言っていんした」


「武器?そりゃまた物騒な…いつか殺し合いをさせる授業とかあったりして」


「そんなわけなかろう…と断言できぬのが怖い所じゃな」


「残機とか痛み止めとかあるんだし、それを活かした研究なり行事なりがあるって、今のうちに身構えた方がいいかもね」


「気が遠なる話じゃ…」


 こんな会話を続けている間に、僕たちは新たな建物に入り、そこにあった地下階段を降り始めた。深奥から小さく風が吹き続いており、その冷たさと微妙に聞こえる音が、長い道のりに不気味さを添えていた。

 やがて辿り着いたのは、巨大な金庫のような場所。

 続々と人が入室していっているので、ここが武器庫なのだろう。


 中に入ると、そこは無限に続いているように見える白い空間であった。果てが見えない。それこそ、このまま歩き続けたら永遠に戻ってこれなそうな感じだ。


 ミリによると、どうやら床に無規則に置いてある武器を各自一つ自由に持って行っていいとのことだ。


 今日は人が多いので不可能だが、事前に予約をすれば武器の試し打ち等も出来るという。返却すれば新たなものを借りられるらしいので、色々試してみるのも面白いかもしれない。


 どんな物があるか少し見て回ったところ、その品揃えに感心させられる。

 銃や刀といった基本的な武器は勿論、映画やアニメに出てくるような架空の武器から、おもちゃの兵隊という用途のよく分からないものまでと、豊富な品ぞろえである。


 ワープ装置という表記が落ちていた。既に誰かが選んだのか。

 瞬間移動はいつか試してみたいなぁ…


 これは…かつら?武器…なのか?僕に今一番有用な武器かもしれない。

 選ばないけど。


 こうして一通り武器を見終わった僕は、一番心を動かされたバズーカを選ぶことにした。

 どの武器も特徴的で迷ったが、せっかくなら初めての武器はロマンある破壊力抜群のものにしたかったのだ。

 何より、映画で見て一度は撃ってみたいと思っていたからな。

 4年は長いはず。この期間に色々試せばいいさ。


 同行しているミリも選び終わったようなので、僕たちは人込みを避けるためにも一足先に武器庫を出ることにした。


 ちなみに、武器はボタンを一押しで収納できるので、持ち運びには何の問題もない。六角形の薄い板みたいにになった。

 まさかバズーカがポケットに入るとは…


 さて、武器選びが終わったということは、今日の予定を全てこなしたということでもある、とミリが言っていた。

 他にガイダンスもないみたいだ。


 昼食には少し早いし、とりあえず大学の散策でもしようかな。結構広いし。



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