冥王のヴァルキリー

白宵玉胡

第1話 君が教えてくれたこと

 『緊急事態発生!繰り返す、緊急事態発生!戦士一名の脱走を確認!職員は直ちに対象を捕獲せよ!』



 暗くじめじめとした地下道に耳障りな警報が鳴り響く。遠くの方からは人の走る足音が聞こえてくる。…俺はこの日、指名手配犯となった。


 何も考えず、無我夢中で走っていると、いつの間にか目の前には日の光が見えていた。俺の薄汚れた白いシャツの汚れがよく目立つ。



 「…外…か…やっと…」


 「いたぞ!」



 地下道を抜け、街はずれの暗い路地に出て安心したのもつかの間、そこには組織の職員が五人ほど待ち構えていた。



 「赤い髪に緑色の目…間違いない、こいつが1435番だ。取り押さえろ!」



 職員たちは銃を構えながら俺を抑え込もうとしてきた。しかし俺にはもう抵抗するような体力も残されていない。とある事情で施設を抜け出してからここに来るまでに何人もの職員と交戦してきているのだ。…ああ、結局すべて無駄だった…そう思っていると、突然周囲の時間が極端に遅くなった。気のせいではない、確かに遅くなっている。



 「…なんだ…何が起こってる…?誰が…」



 俺はふと頭上を見た。するとそこには一人の銀髪の少女が眩しく輝く日の光を後光のようにしながら宙に浮いていた。そう、それはまるで、天使のようであった。



 「…君は…」


 「早く逃げて。私が力を使えている今のうちに」


 「…わかった、ありがとう…!」



 俺は一言礼を言ってから残された力を振り絞って路地を走った。だが大通りに出たところで、突然電源が切れたかのように意識を失ってしまった。



 「…今日からお前は1435番だ。この星のためにその命を捧げる戦士となるのだ」



 あの日、俺は冷たい培養液の中で目を覚ました。いや、その瞬間、俺という存在は生まれたのだと言った方が正しいか…数年前、異星人の襲来により圧倒的に高度な文明へと進化した地球は、その力で宇宙に開拓という名の侵略を始めた。その過程で生まれたのが、対異星生物兵器・星戦士コスモナイトである。俺はその一人として組織に生み出された。



 「…俺は…1435番…この星の、戦士…」


 「うむ…認識操作は正常に作動しているようだな。そうだ、お前はこの星の戦士なのだ。宇宙を開拓する誇り高き戦士だ」



 それから、俺はろくに訓練も受けないまま、前線へと駆り出された。だが問題はない。俺は生まれた時から自分の使命を知っているし、戦い方だって知っている。これが組織の言う認識操作というものだ。


 俺は生まれてからいくつもの戦場を渡り歩いた。時には灼熱の惑星、時には極寒の惑星…だが心配いらない。俺は普通の人間ではない。


 生まれてからどれくらい経ったときだろうか。俺はある日、他の戦士と俺が全く違うということに気が付いた。星戦士は生まれながらにして偉大なる星々の力をその遺伝子に刻み込まれ、その力を自由自在に操ることが出来る。しかし俺にはその力がないのだ。俺の敵の撃墜数が異様に低かったのはそのせいなのだとその時知った。


 「…おい、見ろよ。あいつ確か無能力者じゃなかったか?」


 「まじか…逆になんで今まであんな落ちこぼれが生きていられてるんだ?弥南やなみ様はあいつを処理しないのかよ…」


 時折周囲から冷ややかな声が聞こえてくることもあった。当然だ。俺は他とは違う。落ちこぼれなのだ。


 そんな生活が続いたある日だった。俺が共有スペースの端っこで敵から受けた傷に包帯を巻いていると、星戦士の一人が声をかけてきた。



 「ねぇ、こんなところで何してるの?」



 彼女はとても綺麗な緑色の髪をしていた。不愛想な俺に対して太陽のような笑顔で微笑みかけてくる。



 「…何って…傷の手当だけど」


 「傷…ちょっと見せて?」



 彼女は俺の腕をそっと持ち上げる。俺の腕は骨が見えるほどまで大きくえぐれていた。



 「うわっ、すごい傷…よほどの激戦だったんだね…ていうか、こんな大怪我を包帯一つ出直そうとしてるわけ!?さすがに医務室に行った方がいいよ!」


 「…大丈夫…このくらいなら一日で治る。俺は昔から傷の治りが速いんだ」


 「いや、それ治りが速いなんてもんじゃないでしょ!?本当ならすごい能力だよ!なんの星属性コスモエレメントなの?」



 彼女は若干興奮気味で俺に詰め寄ってくる。俺はそんな彼女に若干めんどくささを感じていた。



 「…なんなんだよ、君は…俺のこれは星属性なんかじゃない。むしろ俺は無能力者の落ちこぼれなんだ…」



 そう言って俺はさっさとその場を立ち去ろうとした。だがその時彼女は急にまじめな声になって俺を呼び止めた。



 「待って!」


 「…なに?」


 「えっと、私はね、たとえ君が無能力者でも、無能ではないと思うんだ。たとえ自分が他より劣っていたとしても、ひたむきに頑張って戦場に出続けられる君の姿勢は評価されるべきじゃないかな」


 「…いや、無能だよ、俺は。弱くて、何の使い道もない」


 「弱くない…!」



 彼女は叫んだ。



 「弱くなんかないよ…心は誰よりも強いはずだもん!だから、何の使い道もないなんて言わないで!」


 「…!」



 俺ははっとした。というより気付かされた。たとえ無能力者で、周りから蔑まれたとしても、俺の強さを認めてくれる人はいるのだと。心が強くある限り、自分は強者であり続けることが出来るのだと。



 「だから自信持てよっ!紅蓮のソウルで逆境も跳ねのけろ!ってね!」


 「…ははっ、何だよそれ…」



 俺はこの時、久方ぶりに笑みをこぼした。



 「今話題のアニメのセリフだよ!かっこいいんだよ?あ、そういえば、君ぼっちそうだし名前とかないよね。職員たちは番号で呼ぶし…うーん…よし、君の名前は『暁 紅蓮』だ!このセリフを言ったキャラクターの名前と、能力である紅蓮を取って!」


 「暁 紅蓮…なんかしっくりくるかも…」


 「そう?よかった!んじゃ、もっと笑おっ!暁なんだから、常に前向きじゃなきゃ!」


 「え、こっ…こうか?」



 俺はなんとなく不格好な笑みを浮かべてみる。



 「うんうん!いい感じ!ほらもっともっと!」


 「こっ、こうか!?」



 今度は思いきり口角を引き上げてみる。



 「おー!いい感じ!あはは!うん、その方が君は似合うねっ!」


 「そっそうか?ところで、君の名前は?」


 「私?私は『福音 真希』って呼ばれてる!まきって呼んで!」


 「ああ、よろしくな、まき!」



 この時、俺は人生で一番の笑みを浮かべた。…幸せだった。彼女…まきと過ごしているときはどんな辛いことも忘れて全力で笑うことが出来た。しかし…



 「…弥南様の命により、反逆者、1305番を廃棄処分とする」



 それは突然だった。俺たちはある日突然施設のグラウンドに集められた。壇上には服をはぎ取られ十字架に張り付けられた真希の姿があった。



 (…まき!?)



 職員が言うには、まきは組織の長である弥南様の宝物を盗み、組織を壊滅させようとしたらしい。規律では組織に対して反逆行為を行った者は問答無用で処分されるが、まきに限ってそんなことを何の計画も無しにやるとは考えにくいが…



 「……」



 まきの顔を見ると、彼女は静かに涙を流していた。全身にはいくつものあざがある。


 次の瞬間、俺は考えるよりも先に足が動いていた。



 「…まき!」


 「…!?…ぐ、れん?…だめ、来ないで!そんなことしたらあなたまで!」


 「なんだあいつは!?」


 「…1435番か…常人より身体能力は高いが所詮無能力者だ。適当にあしらっておけ」



 ライフルを構えた職員たちが俺の前に立ちふさがった。後ろの方では上官の日野が腕を組んで俺を見下すような目で見ている。



 「くそっ…!そこをどけ!」



 俺は思いきり地面を蹴って宙に飛び上がり、職員たちを凄まじい速さで蹴り飛ばした。



 「…!なんだ、こいつは!本当に無能力者なのか!?」


 「…おかしい…情報ではこいつに大した力はないはず…一体どうして…」



 驚く職員たちの顔を見て俺は睨みつける。



 「当たり前だ。そこに張り付けられてる人は、俺に生きる意味をくれた人だ。その人を逃がすためなら、命だって惜しくない!」



 俺は続けて職員たちを蹴り飛ばしていった。そして気付けばもう立ち上がれる職員はいなくなっていた。俺は十字架に近づき、まきが縛られていた縄をほどいた。



 「はぁ…はぁ…助けに来たよ、まき…!」


 「どうして…どうしてそこまで…」


 「俺にとって君は特別な存在だ。感謝してもしきれない。…それに、紅蓮のソウルで逆境も跳ねのけろ!だろ?」


 「…!…はは、覚えてたんだ、それ…」


 「ああ、アニメも最新話まで見た。今度劇場版も見る。…さ、一緒に行こう!ここを出て、俺と暮らそう!」


 「…ぐれん…うん、私も…」



 俺が伸ばした腕をまきが取ろうとした時、後ろから日野がピストルでまきの頭を撃ち抜いた。



 「…!」


 「ごめ…ん」



 彼女は再び涙を流してその場に倒れこんだ。俺の足元には彼女の血で水たまりが出来て俺の靴を濡らした。もう二度とまきに泣き顔はさせないと思っていたのに、俺はまた彼女を泣かせてしまった。



 「茶番は済んだか?まったく、時間の無駄だ。私はこの後も予定があるので、そう長くここにはいられないのだが…」


 「…日野―!!」



 俺は日野に殴りかかった。しかし蛇のような身のこなしでかわされ、腹に蹴りを食らい俺は処刑台の下に突き落とされた。



 「…くそっ…」


 「さて、規律ではこいつも廃棄の対象だ…一応とどめを刺さなくては…」



 日野が俺に銃口を向けた時、日野の足元からか細い声が聞こえてきた。



 「…逃げ…て…」


 「…!」


 「お願い…あなたに死んでほしく…ない!」



 まきだ。まきはまだ完全に死んでいなかった。



 「…まき!」


 「お願い…逃げて!」



 まきはその言葉しか口にしなかった。日野はもう銃の引き金を引こうとしている。



 「…くそっ!」



 俺は今出せる力のすべてを足に込め、一目散に逃げだした。その直後に俺の足元に銃弾が飛んできた。少しでも判断が遅れていればどうなっていたかわからない。


 こうして俺は組織の収容施設を抜け出した。しかしせっかくまきが繋いでくれた命だというのに、俺は道のど真ん中でぶっ倒れてしまった。きっと今頃組織の職員たちが俺を運んでいる頃だろう。…俺はこれからどうなるのだろうか…弥南様の元、処理されてしまうのだろうか…

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