クールな陰キャ美少女とぼっち同士でお試し恋人になって青春してみた~お試しなのに好感度が上がってる件~
相沢迷路
プロローグ お試し恋人、始めました
ある日の放課後。
俺、
画面の中では、銀髪のイケメンなVTuberがしゃべっている。
『やっぱり学生時代にちゃんと恋人作って青春してないとマズいと思うんだよなー。大人になっても青春を追い求めちゃうというかさ。あの頃に恋人と青春できなかった後悔を背負った結果、イタい感じの大人になりがちなんだよ。いや、これマジなんだって……』
「あーっ! うるせーっ!」
流れてきた声にいたたまれなくなり、俺は動画再生を停止した。
勢いのまま、無線のイヤホンを耳から引っこ抜く。
スマホの中で、VTuberが口を開いたまま固まっている。
「青春せいしゅんセイシュンseisyunアオハルブルースプリング、何がそんなに楽しいんだよ!」
「ちょっと、うるさいんだけど」
頭を抱えて喚いた俺にじとーっと冷たい視線を向けたのは、長机の斜め前の席に座った女子。
彼女はため息を一つして、古ぼけた文庫本を机に置いた。
耳に着けていたゴツい見た目のヘッドホンを外すと、首と肩の間で切りそろえられたサラサラの髪が流れる。
光の当たり方によっては茶色っぽくも見える、ちょっと色素の薄い黒髪。
整った目鼻だちは文句なしの美少女だが、つり目がちの瞳と固く閉じられた口元のせいで、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
この女子は
俺と同じ高校の同じクラス、同じ映画研究会に所属している。
そして、「共同戦線」を張る仲間でもある。
現在、我が映画研究会に所属しているのは俺と度会の二人だけ。当然ながら、この映画研究会の部室にいるのも、俺たち二人きりだ。
気心が知れた仲とはいえ、いきなり奇声を発したのは悪かった。相手によっては通報モンだ。
俺は一つ深呼吸をして、乱れた心を落ち着ける。
「すまん、取り乱した……はあ」
「どうしたの? なんかキモ……凹んでるみたいだけど」
そう言って、度会は訝し気な表情を向けてくる。
うんうん、さすがに一年近い付き合いなだけあって、度会は俺のことを心配してくれているらしい。
一瞬「キモい」と言いかけていたような気もするが、たぶん俺の聞き間違いだろう。そうだよね?
「度会、これを見てくれ」
「……VTuberの配信?」
「そうだ」
俺は机の上にスマホをのせて画面を度会に向け、さっきの動画を少し巻き戻してから再生する。
再生されたのはVTuberの配信アーカイブだ。
この配信者はゲームもやるが視聴者とのコミュニケーションや雑談が面白いタイプで、ズバッとした物言いで人気を集めている。俺も最近になってハマった。
今見ているのは昨日の雑談配信。話題は「学生時代に恋愛経験がないとマズいのか?」というものだ。
その流れでVTuberは、「学生時代に恋人を作って青春を送れないと、後になってイタい大人になってしまう」と持論を展開したのだ。
「……なるほど。この話を聞いてさっきの奇行に至ると」
「そういうことだ」
恋人と青春について語ったシーンを一通り見終えると、度会はぽつりとつぶやいた。
顔を上げ、俺に同情的な視線を向けてくる。
「確かに西城は、恋人とか青春なんてものに縁なさそうだしね。これで将来はイタい大人になるのが確定したってわけか。ご愁傷様」
「おい待て、勝手にお悔やみを申し上げるな! まだ確定したわけでは……」
「確定でしょ。恋人どころか友達すら居ないし、イケメンってわけでもないし、部活だって先生からも『え? そんな部活あった? 部室どこ?』って言われるような映画研究会だし。一体どうやってここから西城が青春できるわけ?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
あまりにもズバズバと遠慮のない物言いに、俺の心はめった刺しだ。
言っていることが概ね事実なのが余計にタチがわるい。誠に遺憾ながら、俺には恋人どころか友達ひとり居ないのだ。まあ、ある程度は自業自得ではあるんだけど。
ダメージを受けて胸に手を当てる俺を尻目に、度会はなおもつらつらと喋り続ける。
「あーあ、西城の将来はSNSでグラビアアイドルにキショいリプ送るおじさんで決まりか」
「おいやめろ。ああいう人たちにも何か事情があるかもしれないだろ! まあ、ないかもしれんけど……」
「卒業したら連絡してこないでよね。っていうか、今のうちに私もブロックしといた方が……」
よくもまあ口の回る奴だ、俺以外には喋る相手もいないくせに……と呆れ半分でその顔を眺めていると、不意にある事実に思い至る。
「っていうか、そういうお前はどうなんだよ」
「へ?」
「度会も俺と似たようなもんだろうが」
俺の反撃を予想していなかったのか、度会はぽかんと間抜け面を浮かべる。
認めたくはない不都合な真実ではあるが、我らが映研はぼっち同士の寄せ集めなのだ。必然的に、俺以外で唯一の部員である度会も、ぼっちだという帰結になる。
俺の言葉の意味を飲み込んだのか、気を取り直した度会が頬をさっと赤らめる。
机をバタン、と叩いて勢いよく立ち上がった。
「わ……私のどこが西城と一緒だっていうのよ!」
「恋人どころか友達ひとり居ないところも、存在感が限りなく希薄な映研に所属してるところも一緒だろうが!」
「アンタに何がわかるのよ!」
「同じクラスで同じ部活だから知ってんだよ! お前が学校で話す相手なんて俺くらいじゃねえか!」
「うっ……」
俺が指摘すると、度会は痛いところを突かれたように黙り込んだ。それからトスン、と椅子に座り直す渡会を見て、俺はため息をつく。
ただでさえ狭苦しい映研の部室に、重い沈黙が垂れ込める。
永遠に続くかと思われた沈黙は、意外にも早々に破られた。
「あと二年……正確にはあと一年と十一カ月、か」
「……急にどうした?」
「私たちがイタい大人にならないように、高校生のうちに青春するためのタイムリミット」
俺が訊ねると、暗い目をした度会は机に視線を落としたまま答える。
「あと二年弱の間に恋人を作って青春しないと、西城は大学進学するものの友人ができずテストの過去問も回ってこなくて中退、半ニートのバイト暮らしで家族からも疎まれて、最終的にYouTubeのコメ欄で女性YouTuberにセクハラコメントしてヤフコメで訳わかんないことに怒り散らす謎のおじさんになる」
あまりにも暗い未来予想図が展開され、俺は思わず唾を飲み込む。
「わ、度会はどうなるんだよ」
「私は……そこそこの大学に行って新歓コンパでヤリ〇ンの先輩にお持ち帰りされて処〇を散らして、サブカル系のサークルの姫になってそれなりに男にちやほやされる毎日を過ごして、まあ誰とも本気にはならないまま普通に一般企業か公務員に就職して最終的に年上の金持ちを引っかけて専業主婦になる」
「おい待て、なんか差がないか!?」
なぜだろう。俺の未来予想図は悲惨極まりないというのに、度会の方は割とありふれているというか実際そうなりそうっていうか最終的に割と良い感じになってないか?
俺の抗議に対し、度会は鬱陶しそうな表情を向けてくる。
「うるさいなあ。私と西城の人生に差が出るのはしょうがないでしょ。だって私、割と顔がいい方だし」
「その分、性格が終わり散らかしてるからプラマイでちょっとマイナスだろ。そもそも度会、誰かに告白されたことあるのかよ?」
「……それはまだ、ないけど」
「取らぬ狸の皮算用もいいところじゃねえか。それに度会が顔のことを持ち出すなら、俺はお前より頭がいいから進学も就職も強いはずだ! 大学で友達ができなかろうが挽回は余裕、大した問題じゃない!」
それから数秒ほど俺と度会はにらみ合っていたが、やがて毒気を抜かれたように度会がつぶやいた。
「……はあ。やめよやめよ。ぼっち二人で言い争うの、不毛すぎるって」
「それもそうだな……」
俺も、この論争があまりにも虚しいという点には全面的に同意する。二人そろって、力なく椅子に座り込んだ。
まったく、いきなり青春だの恋愛だの言われても、俺には遠い世界の話だとしか思えない。
恥ずかしながら俺は、未だに付き合いたいと思うほど誰かを好きだと感じたことすらないのだ。恋愛感情というものの正体さえ、俺はつかめていない。
頬杖をついて窓の外に顔を向けた度会が、誰に言うでもなくこぼす。
「私たち、ずっとこのままなのかな」
「……だとしても、イタい大人になるのはごめんだな」
「うん。あとさ、やっぱり西城がイタい大人になったら寝覚めが悪いよ。キショコメ送られる地下アイドルにも悪いし」
「送るとは限らないだろ」
「それに西城は、共同戦線の仲間なんだから」
「そう……だな」
その言葉を聞いて、俺の頭に思いがけない閃きが舞い降りる。
共同戦線。
それは、俺と度会を結び付けている絆であり、お互いを縛り付けている枷でもある。
共同戦線の内容は単純だ。
『俺たちのどちらかが、友達が居ないせいで問題や困難に直面した場合、相手に助けを求められたら可能な限り協力する』
これだけ。
要するに、お互いにぼっちである俺と度会が、高校生活をやり過ごすために結んだ協定である。
映画研究会が部活として成り立っているのも、共同戦線による成果のひとつだ。
この
俺と度会は入りたくもない部活に入って面倒ごとに巻き込まれるのを避けるため、共同戦線を使って潰れかけだった映画研究会を復活させたのだ。
長々と話してきたが、要するに。
俺と度会のどちらかが共同戦線を持ち出せば、疑似的な恋人関係を結んで青春イベントを遂行することができる。
その可能性に、俺は気付いてしまったのだ。
俺も度会も、友達が居ないせいでロクに青春なんてできそうにない。そして、学生時代に真っ当な青春を送らなかった人間は、将来的にイタい大人になってしまうらしい。
共同戦線を持ち出して、問題解決に乗り出すには十分な状況だ。
もちろん、どうしても嫌だったり無理だったりする頼みは断っていいと決めているから、嫌なら拒絶すればいい。
論理的な面で障害はない。
問題は、どうやって共同戦線の話を持ち出すか。
相も変わらず度会は窓の方に顔を向けており、俺の視線は壁際のスチールラックに向かう。
『タイタニック』『ジョゼと虎と魚たち』『世界の中心で、愛をさけぶ』『ソラニン』『アメリ』……昔の先輩たちが置いていったDVDやBlu-rayのタイトルが脈絡もなく並んでいる。
残念ながら俺は不良部員だから、ここにある映画の大半は観たことがない。たぶん度会も同じだろう。
贔屓目無しに見ても、度会の容姿は優れている方だと思う。もう少し本人に社交性と性格の良さがあれば、彼氏の一人や二人いても不思議じゃない。
それでも俺は、今まで度会のことを恋愛対象として見たことはなかった。
それは、お互いに同年代の異性というよりも、ぼっちのしんどさと苦労を分かち合える仲間として関係を築いてきたからだろう。
たぶんそれは、度会の方も同じだ。
そんな関係の男子から、共同戦線の申し出とはいえ恋愛関係を結ぼうと提案されて、度会はどう思うのだろうか。変な風に誤解されてしまうのは避けたい。
その点が気がかりで、俺は黙り込んでしまう。
ふと、先ほどまで響いていた吹奏楽部の演奏が途切れた。理由もなく、今しかないんじゃないか、なんて気持ちが湧いてくる。
その感覚に流されるまま、音の隙間に差し挟むように、すっと言葉が口をつく。
「学生時代に恋人を作ってやっておくべき青春イベントをこなすのも、共同戦線の活動に含まれるのか?」
「え?」
訊き返す言葉ではあったが、そこに驚きの感情は含まれてないように感じた。
何か余計なことを考えないように、俺は淡々と答える。
「あのVTuberによれば、学生時代に恋人も作らず青春を過ごせなかった人間は将来イタい大人になるらしい。そして俺たちの現状は、残念ながら青春とは無縁だ。青春を送る予定もない」
「まあ、残念ながらそうね」
「つまり俺たちは、このままだとイタい大人になる、という時限爆弾を抱えているわけだ。この時限爆弾を解除するために、共同戦線を持ち出すのは有りか無しか? 俺は一応、論理的に問題はないと思っているんだが……度会はどう思う?」
「……まあ、有りなんじゃない」
度会はちらっとこちらに視線をよこしたが、すぐに顔を背けてしまう。
頬杖をついて外を眺めるその表情は、まるで滝のように落ちる髪に遮られてうかがい知れない。
「それは、俺と度会が疑似的な恋人関係……お試し恋人とでも言うのか? そういう関係になって、恋人っぽいイベントをこなすって意味だぞ。本当に大丈夫なのか?」
「嫌なら嫌って言ってる。そういう約束でしょ? それに青春をやっておかないと、私の将来だってマズいみたいだし、仕方ないじゃん」
「わかった。でも本当に、途中でもいいから嫌に思ったなら断ってくれ」
「何度も聴かないで。決心が鈍るでしょ」
「……そうか。まあ、度会がいいんなら、その……付き合おう」
「……っ! う、うん。別に、いいけど」
「も、もちろん偽の、お試し恋人としてな!」
「だ、だからそう言ってるでしょっ……!」
度会が、バッとこちらを振り向いた。
いつにもまして釣り目がちなその表情は怒っているようにも、戸惑っているようにも見える。
今、度会がどういう感情なのか、イマイチわからない。
何かを言おうとして、でも言葉が思いつかなくて、俺の手が無意識に机の上をさまよう。
すると指先がスマホの画面に当たって、さっきの動画がバックグラウンドのまま再生される。
この空気に不釣り合いな、やかましいVTuberのトークが流れてくる。それと同時に、教室の止まったような時間も動き出す。
「わ、私、今日はもう帰るから! それじゃまた、学校で!」
「あ、ああ。また、学校で」
そう言うが早いか、度会はさっさとリュックを背負って部室を飛び出していった。
廊下を早歩きで進むパタパタという足音が遠ざかっていくのを、俺は息を殺して聴いていた。
「ふう……」
永遠にも思える時間が過ぎて、足音が聴こえなくなると、俺は止めていた息を吐きだした。
「一応、これ……彼女ができた、ってことだよな」
しかもその相手は、長らく同じ映画研究会唯一の部員兼ぼっち仲間だった、あの度会透子ときた。
もちろん、これは共同戦線による、ただの疑似恋人に過ぎないのだけど。
プールから上がった後の高揚感と気だるさにも似た、ふわふわとした気分だ。そこで俺は気づく。
「もしかしたら、これ……青春における『告白イベント』ってやつか?」
だとしたら俺は、図らずも青春イベントのひとつを完了したことになる。
度会にも同じ体験をさせられなかったのは申し訳ないが、向こうは「告白されるイベント」を体験したわけだから、これでイーブンってことにしてもらおう。
ふふん、青春のやつめ。大事みたいな感じを出してるくせに、意外と簡単じゃないか。
「待ってろよ青春強者ども。度会との疑似恋人関係で俺は、青春をやり遂げてみせる! そしてイタい大人になるのを回避するぞ!」
俺はそう決意して、満足した面持ちで部室を後にしたのだった。
※1月27日追記
申し訳ありませんが、クオリティアップのため1話以降の公開を一時停止しました。
カクヨムコンの締め切りに関係なく、満足いく作品をお届けしたいと思っているので、少々お待ちください……!
続きは必ず投稿します(最終的に10万文字以上になる予定です)。
クールな陰キャ美少女とぼっち同士でお試し恋人になって青春してみた~お試しなのに好感度が上がってる件~ 相沢迷路 @aizawameiro
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