6月29日②
「もしかして、あなたって異形に命令できるの?」
伊都和はわたしをもともと座っていたベンチに戻すと、質問してきた。
「言うこと聞かない子もいるけど……まぁ」
「すごいじゃん!」
「ねえ」
んー?、と呑気な声を出す伊都和にわたしは尋ねた。
「わたしを危ないと思わないの?」
「うーん、見た目はかんぺき女子小学生だしかわいいから、危ないとは思わないなぁ」
「はじめて言われた…」
お母さんとは真逆のことを言い、伊都和は愉快そうに笑った。
「名前、聞きたいなぁー」
名前…わたしの名前、お母さんからも呼ばれたこともないから、わかんない。
「わたし、自分の名前知らない…」
変な雰囲気になるかと思ったけど、伊都和は笑顔を絶やさなかった。
「じゃあ私つけちゃっていい?女の子が産まれたらつけたかった名前があるの!」
「子供がもういるみたいな言い方だけど」
「うん、いるよ。私姉でもあり一児の母でもあるからね」
……何でわたしはちょっとショックをうけてるんだろう。
「じゃあ発表しちゃいまーす!あなたの名前はーー」
伊都和は、わたしに言霊をくれた。
「ねえねえ、アレルギーある?無いよねっ!蕎麦食べに行こ!」
伊都和はまだまだわたしと喋るつもりみたいで、手を差し出してきた。
「わたしお金ないよ」
「子供にお金出させるわけないじゃん!」
わたしの手を無理やり取り、彼女は歩き出した。
あのひとの手より、小さい。
伊都和につれられるまま、この街でいちばん大きい橋まで来た。橋の下には澄んだ川があり、地元の子たちがここから川に飛び降りるのが夏の風物詩らしいのだが、子供は1人もいなく、いたのは警察官の人たちと口論しているスピリチュアルな格好をしているおばさんと青年だった。
「うわ」
ゴキブリを見たときみたいな反応をした伊都和は、いきなりわたしを抱きかかえると彼らに見つからないようにこっそり橋を渡ろうとしたが、
「おーい!あんたたち!」
ふつうに警察官に話しかけられた。
「な、なんでしょうか…」
伊都和は『黄泉の国の冥王この世に君臨す!!!』と書かれている教本をもった人たちをちらちら見ながら、気まずそうに答えた。
「姉ちゃん新聞よんでないのかい?今この町の女の子が4人も行方不明になってんだよ!ちょうどあんたらみたいな子たちが!異形の仕業かもしれねぇからとっとと帰んな!」
異形は確かに人を殺したり食べたりする子もいるけど、1つの街に留まるなんてことはしないのになと思っていたら、後ろの青年が控えめな微笑を浮かべてわたしたちにお告げをくれた。
「下賤な国家の犬の言葉など信用してはいけませんよ。この町で起きている事は事件でも異形などという低能の愚行でもなく、冥王様の君臨の予兆なのです。おっと失礼、まだ名乗っていませんでしたね、僕の名はアラン・スミシー。彼女はレベッカ・アルカバックです。僕たちは冥王様が与えるギャラクシーコラプス、平たく言うと『愛』を全国民に分配するという活動をしております」
どう見てもレベッカ顔じゃないおばさんが満足そうに頷いた。
「姉ちゃんら、送っていくから帰んな。女2人じゃ危ねぇよ」
世界観強めの人たちの相手をするより、わたしたちを保護するのが先だと考えたのか、警察の人たちが近づいてきたと思ったら、おばさんがいきなり金切り声をあげた。
「きゃああああああああああ!!!こいつら今あの小学生の子を見る目が変態の目だったわ!!!」
コンボ攻撃をしかけようとしたのか、おばさんはにやりとして彼に話しかけた。
「スミシーさん!こいつらロリコン集団よ!!最低最悪の犯罪者なんだわ!!ああ恐ろしい!!冥王様の教え第六条を言ってやって頂戴!!」
まためんどくさそうなのが始まると思ったら、彼はさっきまでの微笑を崩し、震えながら言い訳をしだした。
「えっ……あっ!ああ!!さ、最低ですね!!ロリコン!!あっあーー怖いなぁ!!えっ!?いや僕はロリコンじゃないですよ!やだなぁ安藤さん!!ぼ、僕は確かに子供を慈しむ心は人一倍あると自覚しておりますが、違いますよ!!僕がぁあのーーね!子供に抱く感情というのはね、それはもう、ね!!草木を愛で、花の蜜を吸うような感情なんですよ!あ、あははは……うっゴホゴホゴホ!!くっそこんな時に持病の慢性閉塞性肺疾患(COPD)の発作が出るなんて!!こんなことならタバコなんて吸わなければ良かった!!かかりつけの医師のところへ行かなくては!!では安藤さん!!今度の集会でまた会いましょう!!僕はロリコンではありません!!」
わたしたちだけじゃなく、本名をバラされたおばさんも目を丸くして驚いている。どうやらろりこんというのは下手くそな言い訳をしてでも隠さないといけないものらしい。
「おい!!待てお前!!!」
容疑者確保のチャンスだと思ったのか警察の人たちが彼を取り押さえようとする。
「や、やめろーーーーーー!!!僕はまだ何もしてないぞ!!
彼は細長い体をぶんぶん振り回しているが、あまり力は強くないらしくどんどん不利な体勢に持ち込まれている。 ……イソウケン、ろりこんの親戚みたいなものなのかな。
「蕎麦はおあずけかもね」
伊都和は困ったような顔をして私に語りかけた。
その声はスミシーさんにも届いたのか、必死な顔をして死ぬ前の獣みたいな声をあげた。
「助けてえええ!!僕もシャバおあずけになっちゃうううう!!!」
伊都和はめんどくさそうにため息をついたあと、わたしを地面に降ろして警察の人たちを落ち着かせようと前に出た。
そのときだった。
彼の右ポケットからグジュグジュになっている人の手首が落ちた。
そして彼は短く舌打ちしたあと、左ポケットから手りゅう弾を取り出し、口でピンを抜いた。
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