第2話 異世界調査

「おじゃましま~す」


 秀部くんと帰宅した私はまず彼をお風呂へ入れることにした。あんな寒そうな格好で大寒波の日に外出していたのだ。体は芯から冷えているに決まっている。彼がお風呂で温まっている間、私はひとりで鍋の準備。寒い日の食事としては最高だ。



 お風呂から出てきた彼には私の服を貸してあげた。背が高いからぽっちゃりした私のサイズでもぴったり。彼のあとは私も入浴を済ませ、晩御飯は一緒に鍋をつついた。


「転田さん」


「なんだい?」


「さっきのあれ、何ですか?」


「私にもわからないが、おそらく君を異世界へ飛ばしたんだと思う」


 秀部くんは自分に何が起こったのかをこのとき初めて知った。おそらく世界で初めて異世界へ飛んだ人物になるだろう。そして、私は世界で初めて異世界へ人を飛ばした人物になる。これは歴史に残る偉業だ。


「あれって飛ばせる場所も選べるんですか?」


「さぁ、わからないな、私も初めてだったから」


 このときは私も初めての体験。まだまだわからないことだらけだった。でも、秀部くんのおかげで、私の能力がどういったものなのか、それを知ることができたんだ。


「飛ばす先の異世界を想像してみるとか?」


「なるほど、どれ」


 私は頭の中でさっきまで秀部くんがいた異世界を思い浮かべた。すると、自分の意識が異世界とつながっているのか、ビジョンが見えてくる。


「見えた!」


「本当?」


 秀部くんを飛ばした場所は森の中だったが、どうやら異世界は広いようだ。意識を森の外へ飛ばしてみると、何やら街が見えてくる。その中には多くの人たちが行き交い、日々の生活を送っていた。


 街の人たちは西洋人のような見た目の人ばかりだったが、喋っている言葉を聞くと日本語だ。日本人が異世界へ飛んでもなんとかやっていけそうな雰囲気が伝わってくる。


「街があったよ、それに人もいる」


「えっ?すごい!」


「言葉もどうやら日本語を喋っているようだ」


「すごいよ!転田さん!」


 ひとしきり鍋を楽しんだあとは、再び秀部くんを異世界へ飛ばすことにしてみた。今度は森の中ではなく、街の中にだ。


「じゃあ行くよ」


「はい」


「異世界に飛んでしまえ!」


 フッ――


 秀部くんは異世界へ飛んだあと、街を散策し、そこで出会った人たちから情報収集を行った。私はビジョンを通してその様子を見守っていたが、どうやら街に危険は無さそうだ。問題なく話を聞けている。


 彼が情報収集している間、私は他の場所も見て回った。意識を街の外へ飛ばすと、すぐに色んなモンスターが目に飛び込んでくる。さすがは異世界、こんな化け物どもが普通にいるなんて。


 そこからさらに先へ意識を飛ばすと、モンスターがいない場所もちらほら見える。やはり平和が一番だ。他にも大きな町やお城、荒れ果てたような村も見え、異世界は現実世界とほとんど変わらないように感じられた。


「助けてぇ~!!!」


「?」


 秀部くんの叫び声が聞こえる。すぐにそちらへ意識を飛ばすと、彼は街の衛兵たちに追いかけられていた。


「転生終了」


 フッ――


「はぁはぁ…」


「一体何があった?」


「あの…はぁはぁ、山賊に…はぁはぁ」


「山賊?」


「間違われ…ました…」


 どうやら秀部くんは山賊に間違われたらしい。聞いてみると、異世界にいた山賊と同じ髪型をしていたようだ。そんなこととは知らなかった。彼が言うには、街の人から話を聞いていると、風が吹き、それで髪の毛が立ち上がってしまったのだとか。


 いきなりのトラブルでなかなかに焦ったが、彼の叫び声が聞こえてよかった。万が一、何かあったら大変だ。それにしても髪型で山賊に間違われるとは、さすがは異世界。ナメてかかると、大問題に発展しかねない。


「髪型…変えるしかないのかな…」


「そうだね、伸びるまでは少し控えよっか」


「それか、転田さんが僕の見た目をあっちで変えてくれたら」


「別人に転生するってことかい?」


「そうです、転生です」


 私は秀部くんの言葉を聞き、頭の中で漫画やアニメのキャラクターを思い浮かべた。


「じゃあ、ちょっとやってみるよ」


「お願いします」


「初めてだからどうなるかわかんないけど」


「異世界に飛んでしまえ!」


 フッ――



「なんですかぁこれぇ!!!転田さ~ん!」


 向こうで秀部くんが叫んでいるのが聞こえる。私はすぐに意識を飛ばしてビジョンで確認してみた。


「こんなでかいババアいませんよぉ~」


 つい変なキャラに転生させてしまった。できるかどうかわからなかったから、試しにふざけたキャラを想像してしまったのだ。面白がってごめんよ秀部くん。


「転生終了」


 フッ――


「ったく、転田さん、もうちょいマシなヤツお願いしますよ」


「ごめんごめん」


「でも、転生できましたね、まったくの別人だった」


「そうみたいだね、次はちゃんとやってみよう」


 その後は本棚にあった漫画を参考にして、秀部くんに転生したいキャラを選んでもらった。そのほうが想像しやすいからだ。街に居てもあまり目立たないキャラを選び、それに僕なりのアレンジを加えて転生することにした。


「じゃあ、いくよ」


「はい」


「異世界へ飛んでしまえ!」


 フッ――


 今度は成功した。これで彼も問題なく、異世界の人たちと交流ができる。彼はそこから一時間ほど、現地で散策し、ある程度情報を持って帰ってきてくれた。街での暮らしは基本的に現実世界とは変わらず、みな普通に生活を送っているだけのようだ。


 ただ、外にはモンスターがいるため、それらを討伐するための職業もある。中には魔法を使える者もいて、モンスターを討伐すれば、そのランクに応じて報酬がもらえると言う仕組みだ。


 それと気になるのは向こうでの時間。現実世界では一時間が経ったところで彼をこちらへ戻したが、向こうでの体感も一時間ほどだった。つまり時間の進みは同じ。だが、こっちが夜の間は、向こうでは昼間。ということは、おそらくこっちが昼の間に異世界へ飛べば、向こうでは夜になっているのだろう。


 それから私と秀部くんは異世界について学んでいった。彼を異世界へ転生させたあとは、向こうでの暮らしを実際に体験してもらう。私はそれをビジョンで見守りながら、何か危ないことがあれば、その都度、現実世界へ戻し、二人三脚で異世界を見て回った。


 普段は会社員をしているため、彼を異世界へ転生させるのは帰宅後からだ。平日は夜十一時まで転生し、土日はガッツリ転生してもらう。それからしばらくして、秀部くんがバイトを始めてからは転生する時間が前より減ったが、一カ月、二カ月と時間が経つにつれて、異世界での経験からその知識は深いものになっていった。


「はぁぁぁ!!!」


「バシッ!」


「ぎゃあぁぁぁ!!!」


 秀部くんは今やそれなりに名高いハンターのひとり。各地のモンスター出没地域にて討伐依頼を請け負い、これまで数多くの依頼をこなしてきた。最高ランクの「七つ星」の依頼だって達成済みだ。彼の胸には七つの星が輝いている。


 当然、向こうでの暮らしにはすっかり慣れ、現実世界と異世界の二重生活にもだいぶ慣れてきた。ハンターたちの間には知り合いもできたようで、人間関係も良好だ。


「僕もすっかり異世界の住人ですよ」


「そうだね、秀部くんはすごいよ」


「この前倒した七つ星の依頼は、ハンター四人がかりでしたけどね」


「あれは大変そうだったね」


 ハンターとして活躍する秀部くんはすでに歴戦の猛者。この前倒した「黒拳王こくけんおう」というモンスターは、馬の頭と人間のような体を持った怪物。筋肉ムキムキの体つきは、モンスターたちの覇者といった出で立ちだった。


「そういえば、転田さん、異世界転生の能力はこれからどうするんですか?」


「どうするって?」


「いや、今は僕が転生してますけど、他の人とかには使わないんですか?」


「そう言えば考えたこと無かったな」


 それまで私は自分の能力を使って何かをしようなんて考えたことが無かった。秀部くんと一緒に異世界を知るのに夢中になっていたからだ。


「自分にはその能力、使えないんですか?」


「それは前にもやったんだけどね、上手くいかなかったよ」


「そっか、じゃあ、異世界転生の力で商売始めちゃいます?」


「えっ?どういうこと?」


「いや、だから、異世界に転生したい希望者を募って」


「あぁ、なるほど、それで転生させてお金をもらうってことだね」


「そうですよ」


 こうして私は異世界転生の能力を仕事として活かすことに決めた。

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異世界転生させちゃう転田さん こもれび @hem369

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