異世界転生させちゃう転田さん
こもれび
第1話 転田さん
「本当に大丈夫なんですよね」
不安そうな表情を浮かべる男。体は小刻みに震え、今ここにいることを後悔しているようにも感じる。
「大丈夫です」
「私、失敗しないんで」
優しい笑みで相手の緊張を解く。これはとても大切なことだ。なんせ相手は転生希望者。私のお客なのだから。
「それでは…」
「転生だおっ☆」
いつもの転生の合図。今日もまたひとり、異世界へ転生させてしまった。
どうも、私は希望者を異世界へと転生させちゃう
さっきの男は本日の希望者。不安そうな表情を浮かべていたが、どうやらすでに異世界を楽しんでいる。なんでわかるのかって?それは意識を異世界へ飛ばせば簡単だ。ビジョンとして見えるのだから。
改めまして。私の本名は転田生男。40歳。独身の中年だ。見た目はぽっちゃりしてるのがチャームポイント。普段はごく一般的なサラリーマンだが、副業で異世界転生屋さんをしている。
なんで異世界へ転生させられるのかって?では、まずどうやって私が異世界への架け橋を手に入れたのかをお話ししよう。
あれは半年ほどの前のことだ――
「うぅ~寒い寒い…」
その日、私はいつもどおり会社からの帰路についていた。当時はニュースでも『大寒波が到来』ってやってたっけ…、本当に寒かったんだよ。雪も降ってたし。だから、しっかり防寒対策してたんだけど…。
「ヒャッハー!」
「ドンッ」
俺は突然、体当たりをされ、歩道に転んでしまった。ぽっちゃりした体型だったから、お腹がクッションになってくれたけど、他の人だとこうはいかない。ただでさえ滑りやすい雪の日だ。転倒で骨折なんてのはよくある話。
「ちょっと!何するんだ!」
「あぁ~ん!?」
モヒカンヘアーに、袖の無い革ジャン。まるで『
ガラが悪いな――
「てめぇこそぶつかっといて何だぁ!?」
私はあまりの態度の悪さに驚いた。見た目だけじゃなく、中身まで『ヒャッハー!』だったんだから。彼が一体どうやってこれまでの人生を、あの感じで生きてきたのかが気になったが、このときは目の前のことに対処するだけで精一杯だった。
だって見たことないだろ?見た目も中身も『ヒャッハー!』のヤツなんて。まるで異世界の住人だ。
そんなヤツが自分に体当たりをしてきて、悪びれもせず、悪態をついているんだ。こんなときの対処法を持ち合わせてるヤツなんて、『何某の拳』に登場する世紀末救世主以外いないだろ。だから、私は困ってしまったんだ。
「こんな雪の日に危ないだろ!」
「なんだとぉ~?消毒されてぇ~かぁ~!?」
こんな感じだ。手に負えない。私が世紀末救世主ならすでに秘孔を突いてしまっているところだが、ただの会社員にそんなことはできない。一子相伝の拳法を習っている兄たちがいれば話は別だが…。
「へっ!!くション!!!」
「ほら見ろ!そんな恰好をしてるからだ!」
「へへへっ、風邪をひいちまったみてぇだ」
「早く家に帰って…」
「ちょうどいいや、お前のコートとマフラーをよこしな」
「ちょっ!何をするっ!ちょっ!」
こうして私は変な風貌のヤツにコートとマフラーを奪われてしまった。このくそ寒い中、スーツだけで外を歩くのはあまりにも危険すぎる。いくら私がぽっちゃりでも耐えられるものじゃない。
「じゃあなぁ~!おっさん!」
「ぐぬぬ…」
私は悔しかった。体当たりされ、雪の日の歩道に転倒させられ、挙句の果てにコートとマフラーまで奪われてしまったのだ。あんな『ヒャッハー!』に。
だから、私は叫んだんだ。
「お前なんか異世界に飛んでしまえ!!!」
フッ――
すると、突然目の前で立ち去ろうとしていた男の姿が消えたんだ。私はあまりに衝撃的な出来事に言葉を失った。それはそうだ。私にそんな能力があるとは思わなかったのだから。しばらく立ち尽くしたあと、頭の中にあるビジョンが浮かんできた――。
「なんだここはぁ!?どうなってんだぁ!?あぁぁぁ!!!」
男はどこか別の場所にいた。まったく見覚えなんてなかったが、私にはすぐにそれがどこなのかがわかった。
「異世界だ…」
そう、私は目の前にいた男を異世界へと飛ばしたのだ。
変なヤツに嫌がらせを受け、それに対する『悔しい』という強い思いが、異世界への扉を開いた。なんで『異世界へ飛んでしまえ』って言ったのかって?それは私が異世界モノの漫画やアニメを好んで見ていたからだ。
私は子供の頃から漫画やアニメが大好きで、ジャンルは問わず、流行りモノからマニアックなものまで、何でも触れている。ここ数年は異世界モノが流行ってるから必然的に見るようになり、気が付けば好きなジャンルのひとつになっていたと言うだけ。だから、危ないヤツを異世界へ飛ばそうと考えたのだ。ほんとにそれだけ。そしたらなぜかそれができた。
「うわぁぁぁん!!」
向こうではモヒカン男がひとり
「このままでは凍死してしまう」
そう思い、私は仕方なく、心の中で『転生終了』と念じた。
フッ――
「うわぁぁぁ!?へっ!?」
目の前にはまたあのモヒカン男が出てきた。何が起こったのかわからない様子でこちらを見上げてきたが、私はただ黙ってヤツの体からコートとマフラーを取り返した。欲しかったのはそれだけ。このモヒカン男ではない。
「ちょっ!!てめぇぇ!!!」
「異世界に飛んでしまえ!!!」
フッ――
ここで私は、何度でも簡単に他人を異世界へ飛ばせることがわかった。
「これが私の能力…」
そう思うと、居ても立っても居られず、いい年をして歩道でひとりガッツポーズをした。真冬のくそ寒い日に。だが、嬉しかったのだ。漫画やアニメで見た特別な力が、自分でも使えるようになったのだから。
「転生終了」
フッ――
「あっ!?ちょっと待って!」
「異世界に飛んでしまえ!!!」
「待っ!!!…」
フッ――
「転生終了」
フッ――
「すいません…もうしません…」
「本当か?」
「はい…」
「また、変なことをしたらいつでも異世界に飛ばしちゃうぞ」
「はい…わかりました…」
「よし」
これで一件落着。男のモヒカンもどこか元気が無いように見える。真っ直ぐ天へと向かって立ち上がっていた髪の毛は、すでに死んでいた。さっきまでの『ヒャッハー!』は、そこにはもう居なかったのだ。
「あ、あの…お名前は?」
「転田、転田生男です」
「転田さん…」
『ヒャッハー!』だった頃にはまるで会話にならないヤツだったが、それはすでに昔の話。今、目の前にいる彼は普通に会話ができるじゃないか。モヒカンの元気が無くなるだけで、見た目も中身も別人のようだ。
「君の名前は?」
「
彼の名前を聞いて、どこか断末魔の叫びのようなものを感じたが、スルーした。
「そうか、秀部くんだね」
見た目どおりの名前でびっくりしたが、私は冷静を装った。騒いだりしてまた彼の『ヒャッハー!』な一面が出てきたら困るからだ。
「起き上がれるかい?」
そう言って手を差し伸べると、彼は私の手をしっかり掴み、ゆっくりと立ち上がった。目には涙を浮かべ、とても嬉しそうな笑顔をこちらへ向けてくる。彼はもう完全に以前の彼では無くなっていた。
それを見ると、私も自分の行いを反省し、罪滅ぼしに彼の首にマフラーを巻いた。すると、彼はまるで少年のように喜び、目をキラキラさせている。さっきまでは『ヒャッハー!』だったのに。
「それあげるから、まっすぐ家に帰るんだよ」
「ありがとうございます」
「じゃあね」
「でも…、僕、帰るところが無いんです」
彼のその言葉に私は驚いた。このくそ寒い日に帰る場所が無いというのだ。『一体彼はどうやって今まで生きてきたんだ』と再び疑問に思ったが、私にはほっとけなかった。こんな寒そうな格好をした人間を、大寒波到来の日に放置はできない。
「じゃあ、ウチ来るかい?」
「いいんですか?」
「ほっとけないからね」
話の流れで、私は彼を自宅で保護することにした。
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