秘術学校への誘い
夕暮れの廃寺。剣助がシンの稽古を終えた後、珍しく話を切り出した。
「シン……今までお前に言わなかったことがある。」
剣助がこんな真剣な顔を見せるのは珍しいことだった。いつもは稽古で失敗をしても穏やかに「焦るな」と言ってくれる師匠の目が、その時ばかりは鋭く光っていた。
「言わなかった?」シンは首を傾げた。「何のことですか?」
剣助は黙ったまましばらく間を置いた後、静かに言葉を紡いだ。
「お前の中には、人ではない血が混ざっている。それを『妖の血』と呼ぶ。」
その言葉に、シンの胸がざわついた。妖の血――それは、稽古中や日常の会話で、剣助が時折口にしていた言葉だった。しかし、今までそれがどういう意味を持つのか、詳しく聞かされたことはなかった。
「妖の血って……僕が普通じゃないってことですか?」
シンの声には、わずかに怯えが混じっていた。
剣助は彼をじっと見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「お前は、ただの人間ではない。お前の父か母、あるいはさらに遡る血筋のどこかで、妖(あやかし)と呼ばれる存在の血が混ざった。それゆえに、お前は『半妖』だ。」
その言葉を聞いた瞬間、シンの頭にいくつもの疑問が浮かんだ。なぜ自分が半妖なのか、妖とは何なのか――そして、それが自分の生き方にどんな意味を持つのか。
「……僕が半妖……?」
呆然とするシンを前に、剣助はさらに言葉を続けた。
「お前の瞳が月夜に金色に輝くのも、人には聞こえぬ風の声が聞こえるのも、その血の影響だ。」
「じゃあ、僕は……普通の人と違うってことですか?」
「違う。それは確かだ。だが、それが悪いことかどうかは、お前自身が決めることだ。」
剣助の言葉は静かだったが、その一言一言に重みがあった。それでもシンはまだ混乱していた。自分の中に流れる血が、ただの人間のものではないという事実。その事実が、自分に何をもたらすのかを考えようとすればするほど、頭の中がぐるぐると回った。
◆
それから数日後の夕暮れ。剣助は懐から一つの巻物を取り出した。シンに渡されたそれは古びていて、縁が擦り切れた羊皮紙でできていた。
「影廻の秘術学校」と記されたその巻物を見たシンは、自然と眉をひそめた。
「これ、なんですか?」
「お前が行くべき場所だ。」剣助は簡潔に答えた。「そこは侍や忍者、陰陽術士が集い、それぞれの力を磨くために学ぶ場所だ。そして、お前のような半妖も、その力を制御する術を学べる場所だ。」
「でも、どうして僕がそこに行かないといけないんですか? ここで稽古してれば十分じゃないですか?」
シンは思わず口を尖らせた。自分が半妖であるという事実を受け入れる余裕もないまま、急に未知の場所へ行けと言われたのだ。戸惑うのも無理はなかった。
剣助はシンの反応を予想していたのか、静かに首を振った。
「ここでの稽古だけでは、いずれお前の力が暴走するだろう。」
「暴走……?」
「そうだ。妖の血は強い力をもたらすが、それを制御できなければ、お前自身を傷つけることになる。そして、お前の周囲の者たちもな。」
シンはその言葉に息を飲んだ。自分が暴走してしまう――それは想像したこともなかったが、剣助の真剣な表情から、それが現実であることを理解した。
「学校で学べば、その力を制御できるようになる。そうすれば、お前は自分の力を怖がることなく生きられるだろう。
シンは巻物を握りしめたまま、しばらく黙って考えていた。自分の力を怖がることなく生きられる――その言葉が胸に響いた。いつか自分が暴走してしまうかもしれないという恐怖、それを取り除くことができるのならば、行く価値はあるのかもしれない。
「……分かりました。」
シンは小さく頷いた。「行ってみます。その学校に。」
剣助はその答えに満足そうに頷いた。そして、彼の目はどこか遠くを見ているようだった。
「お前がそこに行けば、自分が何者かを知ることになるだろう。そして、俺が何者かもな。」
シンはその言葉に引っかかりを覚えたが、深く考える間もなく、剣助は話を切り上げるように立ち上がった。
「さあ、準備をしろ。旅は長くなる。」
こうして、シンの新たな旅路が始まることとなった――。
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