半妖と星の礎

ごんぞう

廃寺での決意と月夜の瞳

夜空には満月が浮かび、その光が静かな山里を銀色に染めていた。ひっそりと佇む廃寺は、長い年月を経て朽ち果てつつあった。瓦屋根は所々崩れ、苔むした壁が冷たい風に晒されている。軒下には虫食いの経巻が散らばり、古びた鐘楼はすでに役目を終えたかのように傾いていた。


廃寺の奥、荒れた畳が敷かれた小さな堂に、一人の少年が座り込んでいた。彼の名前は月影シン。夜風が衣を揺らす中、シンは膝を抱え込み、じっと月明かりが差し込む窓を見つめていた。


十四歳――だが、自分が本当にその歳なのか、自信はなかった。幼い頃から身寄りがなく、ここでただ流れに身を任せるように育てられてきた。自分がどうやってここに来たのか、どこから来たのか。記憶は曖昧で、過去を語る術はほとんどなかった。


廃寺の中を吹き抜ける風は冷たい。だが、シンはその冷気に慣れていた。ここでの日々は、寒さや空腹、孤独が当たり前だったのだ。


ふと、彼の手が背負った風呂敷包みを握りしめた。その中には替えの衣服と、木刀、そして少量の干したイモだけが入っている。どれも質素で貧しいものばかりだが、それがシンの全財産だった。


「……ここを出る日が、来るなんてな……」

ぽつりと呟いた自分の声が、廃寺の空間に吸い込まれるように響いた。寂しさや不安が胸に湧き上がる一方で、心の奥底には、これまで知らなかった世界への期待感が確かにあった。



シンが剣を握ったのは、物心つくかつかないかの頃だった。その頃から剣助は不意に現れては、廃寺の裏手に連れて行き、剣術の稽古をつけてくれるようになった。最初は竹刀だったが、シンが力をつけるにつれ、木刀に替わり、振り方や立ち方、呼吸法を教えられた。


「剣はただ振るものではない。剣を振る者自身が、剣そのものにならねばならぬ。」

剣助の教えは簡潔でありながら、奥深いものばかりだった。シンにはその意味がよく分からなかったが、目の前で剣を握る剣助の動きは、あまりにも洗練されていて目を奪われた。


ある日、剣助が静かに型を見せる様子をじっと見つめながら、シンはふと口を開いた。

「師匠、どうしてそんなに正確で、強いんですか?」


剣助は少し動きを止め、シンの方に顔を向けた。その目は一瞬、遠い昔を思い出すかのような、わずかな哀愁を帯びていた。

「強さは己を知ることから始まる。だが、真の強さを知るには、己を超える何かを知る必要がある。」

「己を超える何か……?」

「そうだ。お前もいずれ分かるだろう。」


それ以上の説明はなく、剣助は再び木刀を振り始めた。その横顔には、何か深い秘密を秘めているように見えたが、シンは聞き返せず、ただ彼の動きを真似するように体を動かした。


稽古の合間、剣助が時折語る言葉は、シンにとって謎めいていた。


「お前には妖(あやかし)の血が混じっている。それがどういう意味か、いずれ分かる。」

その言葉を聞くたびに、シンは胸がざわついた。


確かに彼は、普通の人間とは少し違うのかもしれない。月夜には瞳が金色に揺れ、耳には人には聞こえないはずの囁きが届くことがある。それを「妖の血」と呼ぶ剣助の言葉には、どこか重みがあった。


「僕は普通じゃないんですか?」

ある時、シンは剣助に問いかけた。


剣助はしばらく黙り、やがて静かに答えた。「普通かどうかを決めるのは、お前自身だ。だが、この力が人を救うのか、滅ぼすのか――それはお前の選択にかかっている。」

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