ぶっとび校長先生は、僕にひつコイ。
舟津 湊
D席E席、恋の道連れ
ホームの売店でコーヒーとBLTサンドを買い、出発ギリギリの新大阪行きのぞみに乗り込む。
チケットを確かめる。
8号車の8列のE席。
ほとんど満席でギチギチだが、二人がけの窓側がとれたから、まあラッキーな方だろう。
ボストンバッグを席上の荷棚に載せ、テーブルを出してコーヒーとサンドを置く。
「あの、不躾でごめんなさい。席変わってくれません?」
いきなりの不躾なリクエスト。
通路に立つ、その声の主を見る。
クリーム色のボレロと同系色のスカートの若い女性。
あれ、この人!?
「あら! 君はうちの高校の子?」
僕が着ている制服で気づいたらしい。
「はい、二年C組の榊原です」
「二年生ってことは、今日は修学旅行に出発する日じゃないの?」
「はい、そうです。それが夕べ祖母が急に病院に運び込まれたので、そっちに駆けつけまして……」
「それは、大変だったね」
「ええ、大したことなかったので、こうやって途中から旅行に参加できます」
「それはよかったわ……、で、席替わってもらってもいい? 私、ほんとは通路側」
「いいですけど?」
僕がテーブルを戻しD席に移動すると、僕の膝に膝と小さなスーツケースを、僕の顔にお尻をぶつけながら先生はE席に腰かけた。その時、柑橘系の香りがふわりと漂った。
スーツケースは邪魔そうなので荷棚に載せてあげようとしたら、
「あ、ちょっと待って」
と言って、スーツケースを立てたまま、バックルを無理やりはずした。
それはボンッと音をたてて開き、中から荷物が散乱した。下着含む衣類や梅干し!?やら。
「今のは見なかったことにして!」
慌てて床に散乱したものをかき集め、スーツケースにしまい直す。手伝ってあげたいが、モノがモノだけに躊躇した。
ごちゃごちゃに詰め込まれたソレを受け取り、僕は荷棚に載せた。先生の手には、スマホの充電ケーブルが握られており、窓側の足元にあるコンセントに差し込んだ……それでE席か。
席に着くと、先生はいきなりレジ袋を開け、駅弁とペットボトルのお茶を取り出した。深川めし弁当だ。
僕が呆然と眺めていると、その視線に気づいたのか、
「あ、朝ごはんまだでね。ちょっと失礼」
うちの親父が、新幹線が発車する前に駅弁を食べ始める出張族がいるが、あれは邪道だと言っていたのを思い出した。先生が駅弁を平らげたのは、新幹線がホームを滑り出す前だった。
そそくさと弁当の殻を袋にしまうと、先生はお茶を飲みながら、窓の外を眺めた。丸の内にビルがずらりと林立している。
「なんか、お墓みたいね?」
え!……まあ確かにどのビルも墓石のような形状をしているが、日本のエリートビジネスパーソンが日夜奮闘している場所の比喩として、『墓場』はいかがなものか。同意を求められても困る。
それ以来、僕は東京や大手町に来ることがあると、そこが巨大な墓場にしか見えなくなった。
先生は、ずっと新幹線の窓に貼りついて景色を眺めている。なんだか子供みたいだ。
偶然隣り合わせた先生に、会話を強要されることは無さそうなので、半ばホッとしてバッグから参考書を取り出して読み始めた。
「まあ、修学旅行にそんなもの持ってくるなんて、マジメね!」
感心している、というより呆れたような抑揚で先生が話しかけてきた。
「ええ、あっというまに受験ですからね」
「あなた、まだ二年生でしょ?」
「これ、普通だと思いますけど」
この人、本当に教育者かと疑わしくなってきた。
「ところで先生は、何で新幹線に乗ってるんですか?」
ギクッと反応した先生は、僕に向けていた顔を正面に戻し、膝の上に行儀よく手を置いた。
なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか?
「みんなに内緒だけどね。私、集合時間に遅刻したの」
「え!?」
「明日から旅行かと思うとウキウキして夜眠れなくって」
……それで朝食もまだだったのか。どこの小学生かよ?
「そうだったんですか。でもそれ、お立場上まずくないですか?」
「そりゃそうだけど……あたし、担当のクラスないもん」
そういう問題でもない気がするが。
「ああ、どうしよう。着いたら先生方にお説教されるわ」
まあ、自業自得だ。
「ねえ、榊原君、一緒に怒られようね♥」
「いやあの、僕は家の事情で遅れただけで」
「えー! いいじゃない。『旅は道連れ世は情け』って言うじゃない?」
「断ります。僕をチコクだけじゃなくてヂゴクの道連れにしないでください」
「もう、いけず、意地悪!」
学校では、ほとんど会話する機会がなかったが、どうもこの人と話していると調子が狂う。人前で話している姿は割とノーマルだったけど。
それからは、僕の家庭環境とか、ガールフレンドがいるのかとか、根ほり葉ほり聞いてきた。生徒のプライバシーは守るようにとか、教育委員会から指導はされていないのか?
この先生、確か理事長の姪っこさんとかで、そのツテでうちの学校に就任したって聞いたことがあるけど、ヤバい人かも知れない。BLTサンドを一個取られたし。
道中こんな感じで、受験勉強はほとんどできなかった。
熱海の海岸が見えた時、少し雲の傘を被った富士山が見えた時、浜名湖や大井川を渡る時、先生は少女のように窓に貼りついて、景色を楽しんでいた。進行方向左側の景色を見るときは、座っているお客さんがいるのに割り込んで窓に近づこうとした時は、さすがに引きとめたが。
京都駅のホームに入ると先生は、再び窓に貼りついた。
「この駅ビルのデザイン、どう見てもアレよねえ。なんでこんなのにしちゃったのかしら」
「それ、方々で言わない方がいいです」
「あーあ、京都に泊りたかったなあ。なのに教頭先生ったら、自分が大阪出身だからって、大阪中心のプランにしちゃって……もう!」
「一応、今回の修学旅行の目玉は万博なんですから、しょうがないじゃないですか」
「ねえ、ここで降りて古都を楽しまない? ……そうだ、京都へ行こう!」
「ほんと、自分の立場を考えてください!」
「アハハ、冗談よ冗談。……半分本気だったけど」
「え!?」
新大阪駅に着くとタクシー乗り場に行き、トランクに荷物を詰め込んで宿泊場所のホテルに向かった。もちろん先生のスーツケースは僕が運ばされた。
学年のみんなは、ちょうど大広間で昼食中で僕らはそこに合流することができた。
荷物を入口付近に置いて、先生に会釈してクラスに合流しようとしたら、引き留められた。
「ちょっと一緒に来てちょうだい」
言われるがままに後をついてくと、先生方が座るテーブルの前まで来た。
『一緒に怒られようね♥』はマジだったのか!?
「みなさま、ご苦労様です。二年C組の榊原君を引率して参りました」
「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
僕のクラスの担任の先生が立ちあがり、恐縮しながら礼を述べた。
教頭先生も席を立った。
「ちょうどよかったです。生徒に一言あいさつをいただけますでしょうか、校長先生」
「承知しました」
校長先生は、マイクを受け取り、話し始めた。ざわついていた会場が静まる。
「みなさま、ごきげんよう。一人の生徒の引率のため、到着が遅れたことをお詫びいたします。ご存知の通り、修学旅行とは、高校での学びの場の一部です。本分を忘れずに節度を持って過ごし、楽しい思い出をつくってください」
引率されたのは校長先生の方ではないか、節度を持って欲しいのは校長先生の方ではないかと思った。
スピーチの最後に先生は僕に向かってウィンクした。まあいいか。許してあげよう。
修学旅行一番の思い出は、2.5時間のD席E席、恋の道連れの旅だ。
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