白い贈り物

平 遊

「こんにちは、冬の精さん」


 すぐそばから、微かな声が聞こえて俺は驚いた。俺が受け持つこの期間、大半の植物は眠りについているはずだからだ。たまに活動的になる植物もいるけど、今俺がいるこの場所では活動的な植物の姿は見当たらない。


「誰だ?」

「ふふっ、ここです」


 風もないのに、すっかり葉が落ちて細っこいだけの枝を小さく揺らしている桜の木。声の主はそいつだった。


「お前、なに起きてんだよ。早く寝ろ」

「なんだかちょっと暖かくて目が覚めてしまって」


 桜の悪気のない言葉が、俺の胸に刺さる。

 そうなのだ。

 俺は冬の精なのに、まだ力が弱くてなかなか思うように気温を下げられない。

 四季の精の神様が言うには、俺に足りないのは『心』なんだとか。『心』を持つことができれば、強い力を授けてくれると神様は言った。

『心』とやらをどうすれば持つことができるのかはわからなかったけど、いつかは強い力を手に入れて、もっと北の地域に異動して、思い切り気温を下げて美しい雪の花をそこいら中に咲かせたい。

 それが俺の夢だった。


「そのお花は、私のお花よりも綺麗なのかしら?」


 俺の思いを読んだのだろう、桜がそんなことを言う。

 植物たちはみな、季節の精の思いを読み取ることができるのだ。だからこそ、季節の精が入れ替わると共に、植物たちもその姿を変えはじめる。

 桜は全て、俺がここに来ると共に眠り支度を始めて眠りについたはずだった。春の精の訪れと共に、美しい花を咲かせるために。


「いいからもう寝ろ」


 まだ話したそうな桜を眠りにつかせるために、俺は出せる限りの力を出して周囲の気温を下げた。それでも、水たまりの水を凍らせることすらできない。その程度の力しか、今の俺には無いのだ。


「ふわぁ……ぁ……ねむ……」


 ようやく桜は再び眠りについた。



 それから毎年のように、その桜は俺が受け持つ期間に必ず目を覚まして、俺に話しかけてくるようになった。まるで、俺を待ち構えているかのように。


「ねぇ、『雪の花』は咲かせられた?」

「うるさいな」

「そっかぁ、まだなんだ」

「だからもう寝ろって」


 寒そうに細っこい枝先を震わせながら、桜はふふふと笑う。


「私も見てみたいな、そのお花」

「お前には無理だ」

「それは私が桜だから?」

「ああそうだ」

「じゃあ、私がいつか人間に生まれ変わったら」


 桜を眠らせるためにありったけの力を込めていた俺に、小さな小さな声が聞こえた。


「私にも見せてね……雪の花」


 この頃俺はようやく、小さな水たまりの水くらいなら、凍らせることができるようになっていた。


 翌年。

 あの桜はいなくなっていた。

 桜は切り株だけの姿になっていた。

 俺の次にやってきた春の精にいなくなってしまった桜のことを尋ねると、春の精は俺を睨みつけながら言った。


「キミがあの桜の命の灯火を吹き消したんだ。冬の寒い中キミなんかと無理して話していたから、あの桜は弱って死んでしまったんだよ! キミがあの桜を殺したんだ!」


 俺が、殺した。

 あの桜を。

 あの桜はもう、いない。


 体の奥底から全身が凍りつくような気がした。と同時に、今までに感じたこともない強い力が、俺の意思とは無関係に溢れ出してきた。


「おいっ、やめろ冬の精っ! 早くその力を止めろっ!」


 春の精が俺を止めようとしたけど、俺に触れた途端に凍りついて動かなくなった。

 春の精の訪れと共に目覚め始めていた植物たちが、驚いたように再び身を守り眠りにつき始める。強い風が吹き荒れ、吹雪となり、あたり一面を白く覆い尽くす。大きな湖も穏やかだった湖面を硬い氷で覆い尽くす。


「なにをしているっ!!」


 響き渡ったのは、四季の精の神様の声。

 とたんに、俺の体から溢れ出していた力が止まり、辺りは静まり返った。



 突然に覚醒した俺の力は四季の精の神様によって封じられ、俺は南の暖かい地域へ飛ばされることになった。


「凍ってしまった『心』を溶かすことができたなら、そなたの力の封を解いてやろう」


 四季の精の神様はそんなことを言っていた。


 どうやら俺は、『心』を手に入れたらしい。でもその『心』は、凍ってしまっているらしい。


『心』って、なんだ?

 なぜ、凍ってしまったんだ?

 ……溶かすって、一体どうやって?

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