何故かと言うと、アポリゼーション
焦-shou
第1話
「人間の顔をした犬」——…… の噂は聞いたことがある。教室の隅で友達がふと口に出した言葉が僕の耳に届いた。オカルト好きの三影が少し興奮気味に話すのは、いつものことだった。僕は否定も肯定もせず、彼の話をよく聞くのだ。
「人間の顔をした犬かぁ、逢えるなら逢ってみたいなぁ。」
「逢わない方がいいんだよそれが。」
「そうなの?割と面白そうじゃない?」
返事しつつ淡々と聞き流し、ノートに前の授業の板書を写した。
三影はそんな僕を一切気にせずに、喋るのを辞めない。
彼がどんなに熱く語ろうと、僕にとってはいつものことに過ぎない。
ただ少し違和感を感じていた。
「でもそれしかない、噂の出所がアレだから信用ないし、今回のはどうしても噂でしかないんだよな。」
「そうなの?よくわからなかった。」
いつもなら次の授業が始まるまでずっとテンションの高い彼が、そこで話を終わらせてしまった。
それがずっと引っかかっていて、不完全燃焼なまま、静かな帰路を歩んでいた。カーブミラーが映した夕差しが嫌に眩しくて憂鬱であると、烏が荒らしたゴミ捨て場を誤って踏んて倦怠を感じようと、引っかかったまま感情が洗い流されないのだ。気持ちは急いでるはずなのに、足取りは覚束なかった。
三影が喋るのを辞めた理由は知らない。その時の彼の顔が頭から離れない。もちろん、彼が噂自体に関係があるかと言われれば関係ないだろう。と言うどころか、僕は普段からそんなことを興味を持つ筈もないのだ。
そう思いながら、足を進めていくと、視界の隅で何かが動いているのが見えた。なにか動物のような、そう、あの噂のような……。
実際にそれが「人間の顔をした犬」と気づくのに、さほど時間は必要なかった。ただ、一つ懸念するとしたら、さらにそれは犬から人間へと姿を変えたのだ。
初めは微かな違和感があっただけだった。しかし、それは揺るぎない確信をもたらした。まるで不自然に皮膚が伸び、骨が動き、その形を変えていく様子を目の当たりにした。とても信じられないようだった。
だが、目をいくら擦ってもそれはいる。それも、確実に目が合っている。
“季節外れの虫の声が煩かった。”
僕もそれとの間には数コンマの沈黙が流れていた。
「おい…」そう声を漏らしてしまったのが運の尽きだった。
何が起きているのかわからず立ち尽くしていた。
「なんか用あるか?」その犬——いや、人間は僕に対して流暢に話した。
「何でもないです。」を言いたかった。
言えなかった。
緊張、いや恐怖か?それとも不安なのか。その言葉が喉につっかえていた。
「別におかしくはないだろ。この世界じゃ、お前も不思議には思わない筈じゃないか?」
言葉の節々に含みのあるような。または、この情景が少し変わって見えた気がした。
「確かに、見たことはないですけど、貴方みたいな能力もあるのですね。」
自分の声はとても震えていた。
あはは.....。と何とか自分で口にした言葉にもなにか、変な気分、少しおかしく感じる。
兎にも角にも、早く帰らないと……。と思いながら汗を拭うと、そこにはもう何もいなかった。
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