彼方の外側
Raom
第1話
小学校の時、ある女の子とタイムカプセルというものを埋めたことがある。タイムカプセルというと聞こえはいいが、単なる黒歴史だ。
しかし、埋めた場所が曖昧なせいでそれが発掘されるのは、俺が死ぬまでにはありえないだろうと考えていた。そして何より不思議なことに、一緒に埋めた女の子との記憶が曖昧であった。
では急にどうして思い出したのか。きっかけは今、目の前で起きていた。
「私のこと覚えてるよね...?」
高2の冬休み。ショッピングモールの本屋にて、俺より少し背の高い髪の長い女性が俺に話しかけている。
「僕が覚えてる限り、あなたは知らない人ですね」
そうキッパリ言ったのは、覚えてないのはもちろん、突然話しかけてはあたかも友達感覚のようなノリで来
たからである。
「え〜、ひどーい。私は、なーくんのこと覚えてるよ? 青下 夏(あおした なつ)くん」
おい待て。なーくんだって? それはもう古の呼び名じゃないか。そう呼ぶ奴なんてピースサインの数しかいないぞ。
「僕の名前知ってるんですね...どこかでお会いになりましたっけ?」
「ほんっっっとに、覚えてないの!? ほらタイムカプセルを一緒に埋めた女! 上城 麗華(かみしろ れいか)だぞ!!」
いや知らん。人ってのはある程度関係を持った人のことは大抵覚えてる。
特に容姿とか喋り方などで覚えてるし、何より雰囲気やオーラでもわかるとも思う。
あの頃の記憶が曖昧でも、この人ではないと第六感が告げている。
「上城さんきっと人違いだと思いますよ。ほら雰囲気とか顔立ちが似てただけじゃないですか?」
「なーに言ってるの! この、わ、た、し、が! 間違えるわけないじゃない!」
おいおいどうなってやがる。こりゃ逃げるか。いや逃げたとて、学生と大人が馬鹿みたいにショッピングモールを駆けていくのは滑稽だろう。
「ほ、ほんとに知らないんですよ...。タイムカプセルを一緒に埋めた子とはもう疎遠なんです。名前も上城麗華ではなかったはずです」
女性はなんだかもう泣きそうな顔をしてた。
「ばか...なーくんの馬鹿!! 私との約束忘れたの!? 私ずっと...なーくんのことを待ってたのに!!」
彼女がさらにヒートアップしていく中、周りからはひそひそと小言を言われていた。「痴話喧嘩は他所でやってくれ」なんて聞こえた時には、胸がひゅっと引っ込む気がした。
「わ、わかりましたから、とりあえず向こうのカフェでゆっくりお話しません? 」
「うん...わかった」
絶対彼女の方が年上なんだよな...。なんで俺が取り仕切ってんだと思いながら、一旦本屋を出てカフェに向かう。
「タイムカプセルを一緒に埋めた人だと思って話しかけてきたんですか?」
「ええそうよ。なーくんを救うためのタイムカプセルだもの。やっと見つけたんだから! 離れないでよね?」
救うって何? 新手の宗教勧誘? まあ見た目は可愛いというか美人よりなんだけど、言動が少々ぶっ飛ばし気味なのでなんともいえない。
「上城さんって今社会人なんですか?」
「...ふふふ。私がそーんな立派な大人に見える?」
「立派とは一言も言ってないですね」
「ひどい!! ひどいよ!! いくらなーくんにとって初対面でもそんな他人を悪く言っちゃメッ! でしょ!?」
「それはそうでした。申し訳ありません」
「むぅ...お姉ちゃん怒っちゃうぞ!!」
一人称お姉ちゃんきたぁ...それこそ面識がないと言ってる俺に対して言えるもんじゃないだろ。
「私はこれでも美大生だぞ!! いいかい少年! 君はもっと運命的な出会いに感動するべきじゃあないかな? こんな可愛いお姉さんが君を待ってたと言ってる!! もう答えは1つだろう?」
あー。もうダメだ。もうさっさと話を切って逃げりゃ良かった。確かに可愛いですけど、ありったけの自信をアクセル踏みっぱなしで来ないで欲しい。でも...。
「...上城さん。僕あなたのことずっと待ってたんです」
悪い癖が出てしまった。俺は内心嫌になりながらこの状況を楽しんでしまってる。変に向こうのノリに乗って答えてしまった。
「...ふーん。なーくんにしては中々の回答じゃない」
上城さんが少しそっぽを向く。あれ違ってたのかな。まあ確かにギャルゲーを1作品やっただけの恋愛経験ゼロの俺には回答が浅かったのかもしれない。
「正解はー...言葉を交わさずに、優しく抱き寄せるの。そうぎゅっとね。あ、だ、だめなーくんこんなとこじゃあ!!」
咄嗟に、身の危険を感じて5mほど距離を取る。急に何言ってんだこの人!?
「え、ちょ!! なーくん!! 離れないでって言ったじゃん!! タイムカプセル一緒に探せば、私のことぜーったい思い出すもん! 一緒に宇宙の外側に行こうって言ったじゃん!」
宇宙の外側!?
そんな子供じみた約束...その時、何故かあの頃の記憶がフラッシュバックした。
「外側...? 澄...そうだ、澄って子と一緒に埋めたんだ。それで宇宙の外側には何があるんだろうって...。それで何故かタイムカプセルを埋めたんだ」
「やっと思い出した? もう忘れたふりでもしたんでしょ?」
いや待て。さっき上城麗華って言ったよな。名前がもうこの時点で違うんだが...。
本人じゃなくてご友人?
でも冷静になってみると、いきなり声をかけてきてタイムカプセルのことを聞いてきた点では、何かしら関係があるんじゃなかろうか。
てか俺の名前も知ってるし...そもそも澄が同じ学校のクラスの子だったかも定かではないしな。そう思うと何かしら近いものがあるんだろうか。
「上城さん。その澄って子はお知り合いですか?」
「澄ちゃんはね...お友達? 運命共同体? 一心同体? うーん、ちょっと複雑なんだよね」
よーくわからん。なんも情報がないぞー。
「上城さん。あなた本人が僕と一緒に埋めた訳じゃないんですよね」
「...まあ、そ、そいうことになるかなぁ? で、でもぉ...私はあの時なーくんと仲良く一緒に遊んでタイムカプセルを埋めたんだもん」
もう不確定要素が多すぎるだろ。さっき堂々と一緒に埋めました宣言してたじゃん。やっぱり、今回のことはノーカンってことで切り上げてみた方が早いんじゃないか...。
「そもそも何もかも一致してないんです。まだあの時の記憶として、女の子の名前だけは思い出したんですけど...上城麗華って名前は小学校の時、同じクラスにもいなかったです。
でも名前とタイムカプセルのことを知っている...。澄とは友達でもない何か...でも何かしらの関係がある。でもなんで今になって...うーん」
俺がつらつらと状況を整理していると、いつの間にかカフェの目の前に着いた。それと同時に、上城さんはこう切り出した。
「わかった。もう今日は帰りましょ。今日会ったこともなし。なーんもなかった。私の勘違い。じゃね、少年」
そう言うと、そそくさと出口から人沙汰をくぐり抜けてどこかに行ってしまった。
「最後はなーくん呼びじゃないんだな」
俺は何故か少し寂しい気持ちになって、カフェ前を後にした。
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