第02話:冷たい蔑視と王太子の側妃宣言

 翌朝、フィオレンティーナは冷えきった心を抱えながらも、完璧な微笑みを浮かべ、宮廷の廊下を歩いていた。

 礼儀作法の先生がいつも言っていた。

 「貴女は王妃となる器であれ」と。

 だが王太子アーサーは、もはやフィオレンティーナに何も求めていないかのように見える。

 その証拠が、今日起こるという噂話だ。


 

「お聞きになりましたか?

 殿下は本日、学問院で成果を祝う宴の席で、レイシャ様を側妃として迎えるおつもりだとか」


 

「ええ、あの平民上がりの魔術師の娘が、側妃に。

 正妃候補がいるのに、なんてこと」


 宮廷を行き交う女官たちが、噂を囁き合う。

 フィオレンティーナの耳に痛いほど突き刺さる言葉の群れ。

 だが彼女は表情一つ変えず、廊下を進む。



 大理石の柱が並ぶ晩餐の広間、鮮やかな花々が飾られ、貴族たちが集う中で、王太子アーサーは高座に立った。

 隣には、儚げな笑みを浮かべるレイシャ。

 フィオレンティーナはその場から少し離れた位置で、静かに二人を見守っている。


 

「諸君、今日は学問院での研究成果を祝して、我が手に得た新たな知識と、人材を紹介しよう。

 こちらにいるレイシャ、彼女は治癒魔法に秀で、我が国に新たな光をもたらす存在だ。

 そして、我が心に寄り添う花。

 彼女を側妃として迎えることを、ここに宣言する」


 その瞬間、場内はざわめきに包まれる。

 フィオレンティーナは唇を引き結び、胸中で血が逆流するのを感じた。

 王太子妃候補である自分を差し置いて、側妃を先に宣言するとは。

 これは明確な冷遇であり、彼女の立場を脅かす行為である。


 

「しかし、殿下!

 正妃候補であるフィオレンティーナ様は……」


 

「フィオレンティーナ?

 彼女は確かに才色兼備だが、如何せん冷たい。

 この国を癒すには温かな愛が必要だと、私は学問院で学んだ。

 レイシャは人を癒し、支え、私の心にも寄り添う。

 正妃は国を統べるにふさわしい存在だが、それが必ずしも形だけの高貴さである必要はない。

 まずは人として、私に寄り添える者が傍らにあるべきなのだ」


 アーサーの言葉は会場に波紋を広げ、誰もがちらりとフィオレンティーナを盗み見る。

 その視線は同情、嘲笑、戸惑いが入り混じり、彼女を傷つける。

 しかし、フィオレンティーナは微笑みを崩さない。

 かつて教わった「王妃たる者、動じぬ心を持て」を守り抜く。

 けれど、その心中は荒れ狂う波のよう。


 

「レイシャ、そなたが側妃となることを、ここに正式に宣言しよう。

 これより、私の右腕として、そして心の安らぎとして、私に仕えるがよい」


 

「殿下……光栄に存じます。

 フィオレンティーナ様のような立場には及びませんが、私なりに殿下をお支えいたします」


 レイシャは頭を下げ、その言葉はあくまで謙虚な響きを持つ。

 だが、その謙虚さが却ってフィオレンティーナの存在を痛々しいものに見せる。

 人々は思う。

 「冷たい正妃候補」対「優しい側妃」の構図が、今まさに出来上がったと。



 宴が終わった後、フィオレンティーナは人気のない回廊へと足を運んだ。

 そこには、彼女を呼び止める声がある。


 

「フィオレンティーナ様、よろしいでしょうか」


 

「……はい。

 どなた?」


 振り向けば、一人の侍女が小走りに近づいてくる。

 その侍女は小柄で、少し怯えた様子を見せている。


 

「あの、これは内緒ですが……

 殿下は近々、正妃の地位を見直すとか……

 つまり、フィオレンティーナ様が正妃になることすら、再考する、という話が……」


 その言葉は、フィオレンティーナの肝を冷やす。

 彼女が長年努力してきた地位すら、今や危ぶまれている。

 自分を支えてきた誇りは崩れ落ち、代わりに怒りと絶望が押し寄せる。

 だが、ここで取り乱せば負けだ。

 彼女はただ、静かに息を整える。


 

「そう……わかったわ。

 知らせてくれて、ありがとう」


 侍女が去った後、フィオレンティーナは唇を噛み締め、拳を強く握る。

 王太子はとことん傲慢で自己中だ。

 愛を得たいなら、まず自分が誰かを思いやればいいのに、なぜ平民上がりの魔術師娘と比べ、正妃候補を蔑ろにするのか。

 その理不尽さが、彼女の心に炎を灯す。



 夜、彼女は自室で薄暗いランプの光を見つめていた。

 いずれ、婚約破棄を言い渡される日が来るかもしれない。

 彼女はその時、どう振る舞うべきかを考える。

 もし追放されるなら、王宮を出て、古い領地に身を潜めることになるだろう。

 だが、そこで終わりにはしない。

 フィオレンティーナの中で、冷たく澄んだ決意が育まれている。


 王太子が自己中心的であるならば、後に必ず後悔させてやる。

 彼が捨てた花は、枯れずに新たな薔薇園を咲かせるのだから。

 フィオレンティーナは目を閉じ、心の中で復讐の芽を育てながら、微かに唇を弧に歪めた。

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2024年12月17日 12:00
2024年12月18日 12:00
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薔薇園に咲く呪われ姫は、王宮を棄てて微笑む ~もうあなたの愛など欲しくない~ 昼から山猫 @hirukarayamaneko

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