しあわせなこども

隣乃となり

しあわせなこども


「君を幸せな子供にするために来ました!」


 安っぽい服を着た天使が言った。一目で天使だとわかったのは、背中に真っ白い大きな翼が生えていて、頭の上に光る輪っかが浮いていたからだ。来ている服はペラペラでところどころ汚れているけれど、彼(?)の翼と輪っかだけは本物のような気がした。天使なんて見たことはないけどね。

 でも、天使ってもっと光り輝いているものだと思ってた。


「こんにちは、セザキさん。私は天界からやって来ました。名前はエルといいます」


 やっぱり、天使なんだ。


 私が何も言わないでいると、天使は突然涙を流し始めた。

 びっくりした、なんで?


「挨拶すら返さないとは…教育レベルの低さが窺えます。でも大丈夫ですよ。あなたは何も悪くない。すべてはあなたの周りの大人が、悪いんです」


 そう言いながら、天使は私を抱きしめた。その涙に濡れた頬が私の顔にくっついて、気持ち悪かった。


 天使のくせに、人間みたいで気持ち悪いな。リアルな体温と声の響きを感じながら、そう思った。


「それじゃあ手始めに」


 いつの間にか泣き止んで私から離れた天使が、人差し指を突き出した。普通の人間より異常に長いそれは、不気味なほど白かった。

 そしてその人差し指を、私の両親が寝ている部屋の扉に向けた。


「えい」


 なにかしたのか、それともしなかったのかはわからなかった。ただ部屋から、肉が潰されるような音が聞こえた。お母さんがハンバーグを作ってくれた時のことを思い出した。お母さんは挽肉をこねるとき、ぶつぶつと何か言いながらひき肉をただただ握り潰していた。怨念を込めていたのかもしれない、と思うくらい怖かった。だからあの日のハンバーグはどうしても喉を通らなくて、途中で出てきそうで、でも涙を少し零しながらちゃんと我慢して飲み込んだ。


 そのことを思い出して、吐き気がこみ上げてきた。


「これで君もしあわせなこどもになれましたね」


 天使が私を見て満面の笑みを浮かべた。

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しあわせなこども 隣乃となり @mizunoyurei

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