天下統一異世界事変
憑弥山イタク
首狩・虎徹 灯莉
第1話 首狩と呼ばれる少女
愛する人との心中を遂げ、
左右前後の何処を見ても、そこに居るのは害悪ばかり。そんな世界で歳を重ねど、至る未来に希望は無いだろう。
故に死を選んだ。
──────────そのはずだったが、女神の導きにでも
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鞘に収めた刀を腰に提げ、黒髪少女は路上の端を歩く。刀を提げた侍共は、我が物顔で
前髪パッツンの、黒髪少女。決して珍しい髪型ではなく、町中を駆ける女児も似たような髪型をしている。女児と違う特徴があるとすれば、強いていえば
町を歩く女性は、丈こそ違えど大抵が着物を着ている。彼女の場合は、着物の丈が膝上で、裾丈も肘くらい。動きやすさを重視して腋部分の布は切り落としている為、腕を上げれば即座に腋が晒される。着物の見ようによっては、和服ベースの学生服に見えないこともない。
また、着物の色は抹茶よりも濃い緑色で、帯は灰色。町をあるけば、その珍しい着物に視線が集まる。……が、彼女は全く気にしていない。
少女の名は
尤も、灯莉自身は剣士の称号に大した価値を感じていないようであるが。
「虎徹の姉さん、新しい茶菓子を作ったんだけど、ちょいと味見していかないかい?」
着物の胸元を僅かに緩めた若い女性が、灯莉を呼び止めた。この女性は茶屋の看板娘で、灯莉のことは剣士以前に客として認知している。
ただ、何故か看板娘の頬は少し赤くなり、どことなく恍惚とした表情をしている。まるで灯莉に対し欲情でもしているかのようだが、そんな顔を見せられた灯莉は全く気にしていない様子である。
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて……」
灯莉が少し嬉しげに応えると、看板娘はもっと嬉しそうに顔を緩め、「さあさあ」と灯莉へ入店を促した。
その時である。少し前へ踏み出した灯莉に、横から大男がぶつかってきた。灯莉は少しよろけたが、転びはしない。ただ、灯莉と大男の接触を見ていた町娘と周辺人物は、灯莉以上に慌てていた。
「おう小娘、ワシにぶつかるとはえぇ度胸しとるやないけ」
夏の雑草が如くボサボサの髪と、顎に蓄えた無精髭。少し古びた袴を着たその大男は、見るからに面倒な類の人種であった。
「すみません、急いでたもので」
「……あぁ? 女のくせに刀なんか提げとんか……生意気やなぁ」
腰に刀を提げた灯莉を見下ろして、大男は下卑た笑みを浮かべた。
「その刀も……着物も没収しちゃろうかのぉ」
下卑た顔のまま、大男は灯莉に手を伸ばす。
刹那、灯莉は表情一つ変えることなく、腰に提げた刀の柄へ手を伸ばし、一切躊躇い無く柄を握った。
しかし、灯莉は刀を抜かなかった。突如邪魔が入ったのだ。
「すみません! 虎徹の姐さん!!」
無精髭の背後から、清潔感のある大男(以下:清潔感)が駆け足で現れ、無精髭の後頭部を掴んだ。そして強制的に頭を下げさせ、灯莉の前で揃って頭頂部を見せた。
新たに現れた清潔感は、灯莉のことを知っているらしい。何せ灯莉のことを「姐さん」と呼んでいるのだから。とは言え、灯莉の方はあまり心当たりがないようで、清潔感を見ても「誰だ?」と言わんばかりに眉を顰めた。
「コイツは昨日引っ越してきたばかりの野郎でして、まだこの町の上下関係を知らんのです! 時間をかけて叱りつけておきますので、どうかお許しくだせぇ……!」
清潔感は脂汗を流し、顔を地面に向けたまま謝罪の言葉を吐き続ける。寧ろそのまま嘔吐しそうな程に顔色が悪い。
頭を掴まれた無精髭は訳も分からず、清潔感の顔色を横目で窺う。そしてその顔色の悪さに気付き、己の言動が愚行であったのだと理解した。
「いや、ぶつかったウチも悪いから、気にしないで。ただ……発言だけは気に入らない。教育しておいて。"男が女よりも強い"だなんて、もう古い話だって」
「はい! よく言い聞かせておきます!」
「……それじゃ、ウチはこれで」
そう言うと灯莉は会話を切り、灯莉を呼び止めた看板娘の方へ歩き始めた。何事も無かったことで安心したのか、看板娘や周囲の人間は安堵し、身体から力が抜けたように思えた。
「
頭を掴まれたまま、無精髭が問う。すると清潔感は、緊張を解くように大きく深呼吸をして、無精髭から手を離した。
緊張を吐き出しても尚、清潔感の顔は引き攣っており、無精髭は酷く怪訝そうに眉を傾けた。
「あの人はこの町で一番の剣士だ。
「一番の剣士……には見えませんが」
「
清潔感は、無精髭からは若頭と呼ばれている。この町に拠点を置く、杉澤一家というヤクザ連中の若頭を担っている。無精髭は別の派閥で下っ端として働いていたが、諸々あって今では清潔感の部下である。
一時期は、冷血無慈悲な杉澤一家だとか不名誉な渾名があったが、今では、そんな印象は無くなってしまった。
その原因は、灯莉にある。
「覚えておけ。あの人は、虎徹灯莉。
「首……狩……?」
「ああ……今だって、俺の仲介がなけりゃあ……お前の首も落とされてたかもしれねぇ」
杉澤一家の弱体と、灯莉の「首狩」という渾名。このような自体に陥ったのは、遡ること2ヶ月前である。
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