天下統一異世界事変

憑弥山イタク

首狩・虎徹 灯莉

第1話 首狩と呼ばれる少女

 愛する人との心中を遂げ、ウチは、死んだ。

 左右前後の何処を見ても、そこに居るのは害悪ばかり。そんな世界で歳を重ねど、至る未来に希望は無いだろう。

 故に死を選んだ。

 彩羽いろはと共に、身を投げた。

 ──────────そのはずだったが、女神の導きにでも遭遇あたったのか、俗に異世界と呼ばれる場所に、転移してしまった……らしい。


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首狩くびかり虎徹こてつ 灯莉ともり

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 鞘に収めた刀を腰に提げ、黒髪少女は路上の端を歩く。刀を提げた侍共は、我が物顔で路上みちの真ん中を歩くが、この黒髪少女は違うらしい。

 前髪パッツンの、黒髪少女。決して珍しい髪型ではなく、町中を駆ける女児も似たような髪型をしている。女児と違う特徴があるとすれば、強いていえば黄金色こがねいろの瞳くらいであろうか。町を見回せば、色とりどりの瞳が確認できるが、黄金色の瞳は居ないらしい。

 町を歩く女性は、丈こそ違えど大抵が着物を着ている。彼女の場合は、着物の丈が膝上で、裾丈も肘くらい。動きやすさを重視して腋部分の布は切り落としている為、腕を上げれば即座に腋が晒される。着物の見ようによっては、和服ベースの学生服に見えないこともない。

 また、着物の色は抹茶よりも濃い緑色で、帯は灰色。町をあるけば、その珍しい着物に視線が集まる。……が、彼女は全く気にしていない。

 少女の名は虎徹こてつ 灯莉ともり。齢十六にして、町一番の剣士として知られている。とは言え町一番の剣士という称号を得たのは2ヶ月前のことで、町人の中には灯莉の実力を頑なに認めない者が未だに居る。

 尤も、灯莉自身は剣士の称号に大した価値を感じていないようであるが。


「虎徹の姉さん、新しい茶菓子を作ったんだけど、ちょいと味見していかないかい?」


 着物の胸元を僅かに緩めた若い女性が、灯莉を呼び止めた。この女性は茶屋の看板娘で、灯莉のことは剣士以前に客として認知している。

 ただ、何故か看板娘の頬は少し赤くなり、どことなく恍惚とした表情をしている。まるで灯莉に対し欲情でもしているかのようだが、そんな顔を見せられた灯莉は全く気にしていない様子である。


「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて……」


 灯莉が少し嬉しげに応えると、看板娘はもっと嬉しそうに顔を緩め、「さあさあ」と灯莉へ入店を促した。

 その時である。少し前へ踏み出した灯莉に、横から大男がぶつかってきた。灯莉は少しよろけたが、転びはしない。ただ、灯莉と大男の接触を見ていた町娘と周辺人物は、灯莉以上に慌てていた。


「おう小娘、ワシにぶつかるとはえぇ度胸しとるやないけ」


 夏の雑草が如くボサボサの髪と、顎に蓄えた無精髭。少し古びた袴を着たその大男は、見るからにの人種であった。


「すみません、急いでたもので」

「……あぁ? 女のくせに刀なんか提げとんか……生意気やなぁ」


 腰に刀を提げた灯莉を見下ろして、大男は下卑た笑みを浮かべた。


「その刀も……着物も没収しちゃろうかのぉ」


 下卑た顔のまま、大男は灯莉に手を伸ばす。

 刹那、灯莉は表情一つ変えることなく、腰に提げた刀の柄へ手を伸ばし、一切躊躇い無く柄を握った。

 しかし、灯莉は刀を抜かなかった。突如邪魔が入ったのだ。


「すみません! 虎徹の姐さん!!」


 無精髭の背後から、清潔感のある大男(以下:清潔感)が駆け足で現れ、無精髭の後頭部を掴んだ。そして強制的に頭を下げさせ、灯莉の前で揃って頭頂部を見せた。

 新たに現れた清潔感は、灯莉のことを知っているらしい。何せ灯莉のことを「姐さん」と呼んでいるのだから。とは言え、灯莉の方はあまり心当たりがないようで、清潔感を見ても「誰だ?」と言わんばかりに眉を顰めた。


「コイツは昨日引っ越してきたばかりの野郎でして、まだこの町の上下関係を知らんのです! 時間をかけて叱りつけておきますので、どうかお許しくだせぇ……!」


 清潔感は脂汗を流し、顔を地面に向けたまま謝罪の言葉を吐き続ける。寧ろそのまま嘔吐しそうな程に顔色が悪い。

 頭を掴まれた無精髭は訳も分からず、清潔感の顔色を横目で窺う。そしてその顔色の悪さに気付き、己の言動が愚行であったのだと理解した。


「いや、ぶつかったウチも悪いから、気にしないで。ただ……発言だけは気に入らない。教育しておいて。"男が女よりも強い"だなんて、もう古い話だって」

「はい! よく言い聞かせておきます!」

「……それじゃ、ウチはこれで」


 そう言うと灯莉は会話を切り、灯莉を呼び止めた看板娘の方へ歩き始めた。何事も無かったことで安心したのか、看板娘や周囲の人間は安堵し、身体から力が抜けたように思えた。


若頭わか……俺は納得できません。何故あんな小娘に頭を下げるんですか?」


 頭を掴まれたまま、無精髭が問う。すると清潔感は、緊張を解くように大きく深呼吸をして、無精髭から手を離した。

 緊張を吐き出しても尚、清潔感の顔は引き攣っており、無精髭は酷く怪訝そうに眉を傾けた。


「あの人はこの町で一番の剣士だ。出琉刃いずるはの大名が変わった頃に現れたもんで、今じゃ大名の側近じゃねえかって噂が煙ってる」

「一番の剣士……には見えませんが」

他人ひとを外見で判断するな。俺の言葉が信じられないってんなら、あの人に勝負を挑んでみろ。為す術なく殺されるぞ」


 清潔感は、無精髭からは若頭と呼ばれている。この町に拠点を置く、杉澤一家というヤクザ連中の若頭を担っている。無精髭は別の派閥で下っ端として働いていたが、諸々あって今では清潔感の部下である。

 一時期は、冷血無慈悲な杉澤一家だとか不名誉な渾名があったが、今では、そんな印象は無くなってしまった。

 その原因は、灯莉にある。


「覚えておけ。あの人は、虎徹灯莉。首狩くびかり勇弥いさみって異能刀いのうとうを提げた、俺やカシラよりも上の立場に居る人だ。他のヤクザ連中も、"首狩くびかり虎徹こてつ"と呼んで敬遠してやがる」

「首……狩……?」

「ああ……今だって、俺の仲介がなけりゃあ……お前の首も落とされてたかもしれねぇ」


 杉澤一家の弱体と、灯莉の「首狩」という渾名。このような自体に陥ったのは、遡ること2ヶ月前である。

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