Night strike【砂漠、有刺鉄線、着ぐるみ】

現地時間 2024年12月10日 0150時

シリア東部 砂漠地帯上空 高度34000ft


 イスラエルが実効支配するゴラン高原上空を通過してシリア領空に侵入したイスラエル航空宇宙軍の航空機、2機の『F-16Iスーファ』戦闘機は夜空にターボファンエンジンの爆音を轟かせながら爆撃への最終進入コースに入っていた。

 10年以上も続いたシリア内戦が独裁政権の電撃的な崩壊によって終結すると、イスラエルは政権軍の兵器や武器が自国と敵対する武装組織に渡るのを阻止するという名目で越境空爆を実施。越境空爆そのものは内戦中に何度も行っている。

 その対象地域をシリア全土へと拡大し、連日のように爆撃していた。当該の2機も今夜のシリア爆撃に参加した多数の編隊の1つである。


「Target lock」


 イスラエルでもパイロットや管制要員達は飛行に関する事は英語で話す。空の世界では軍民を問わず英語が共通語であり、最大の支援国であるアメリカ製の航空機を運用する上でも都合が良い。

 2機編隊の先頭を進む複座機のコクピットでは、後席に座る要員が火器管制システムを爆撃モードに切り替え、後席要員用の正面コンソールのフルカラー多機能ディスプレイに表示された攻撃目標のアイコンを選択していた。


 これで離陸前に機載コンピューターに入力していた攻撃目標の座標がJDAM(GPS/INS誘導爆弾)へと送られ、後は一定の範囲内で投下すれば彼らが何もしなくても爆弾は命中する。

 ゆえにパイロットは機体を安定させて水平飛行させる事に集中していた。空域全体の警戒と監視は『G550 CAEW』早期警戒機、直接的な周辺警戒と援護は僚機として編隊を組む別の『F-16I』戦闘機の担当だ。


 もっとも、今のシリアには迎撃に上がってくる戦闘機も高高度まで届くSAM(対空ミサイル)も無いに等しいから、駐留ロシア軍の基地周辺を除けば脅威度は低い。


「Falcon61. Bombs away」


 パイロットがかぶるヘルメットのバイザーに飛行や戦闘に必要な情報を投影する機能、HMD(ヘルメット・マウンティッドディスプレイ)上でアイコンが動き、攻撃目標のアイコンと重なったところで機体が少し振動する。

 条件を満たしていたので爆弾が自動で投下されたのだ。左右の主翼下パイロンに1発ずつ搭載されていた『GBU-32』1000ポンド級JDAMが計2発、重力に従って自由落下していく。


 投下された爆弾は衛星からの信号を受けて自力で落下軌道を修正するので、投下を終えた機体は僚機と共にA/B(アフターバーナー)を作動させて一気に加速して当該空域を離脱。

 戦果確認は専門の画像解析チームに任せ、彼らは次の攻撃目標へ向かう。彼らは1回の出撃で2か所を爆撃するよう命じられており、次は爆弾の残弾が無くなったFalcon61が援護に回り、爆撃は僚機の担当になる。


 そして、爆弾は2発とも指定された座標から数m以内に着弾し、地響きを伴う激しい爆発音を上げてイスラエルが武器庫だと主張する有刺鉄線の柵で囲われた施設を完全に破壊した。


約5時間後


 地元住民の2人の男性が爆撃を受けた施設の前に立ち、怪訝な表情を浮かべて話していた。


「なあ、なんで連中はここを破壊したんだ?」

「武器庫として使われてたからだろ?」

「半年前はな。今じゃただのゴミ捨て場だ」


 確かに、ここは半年前まで武装組織が武器庫として使っていた。だが、今では内戦で出た瓦礫や粗大ゴミといったガラクタを誰もが好き勝手に投棄する場所になっている。

 それを示すように彼らの足元には、ところどころが焼け焦げた砂まみれの動物の着ぐるみが緊張感のない笑顔を向けて転がっていた。

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