私だけのお友達

初めて山岸さんの事が気になったのは、中学校二年生になってから一週間くらい経った頃の事だった。

山岸さんはいつも教室の端にある彼女の席で一人メロンパンを食べていた。

その姿が昔の私を見ているようで、意識の中から離れてくれない。


「……」

「ユキ。聞いてる? ユーキ」

「はっ! な、何でしょうか?」

「なんでしょうか。じゃないわよ。こっちがなんでしょうか。なんだけど」

「いやいや、別に何でもないですよ」


私はせっかく話しかけてくれていた友達に申し訳ない気持ちになりながら、気持ちを友達の方に戻した。

そう。友達である。

あの子は、友達が居ないのかな。

なんてちょっと気になった。


「ユキちゃーん?」

「いや! ちゃんと聞いてますよ!? 大変ですよね! 最近!」

「別に、何も話してないけどね」

「あ」

「まぁ、良いけどさ。そんなに気になる? アレ」

「……正直言うと、はい」

「まぁ、良いけどさ」


咲ちゃんは、ため息を吐きながら、一緒にお弁当を食べていた美紀ちゃんの方を見る。


「美紀」

「嫌よ。私。幽霊と話をする趣味なんかないもの」

「美紀!」

「はいはい。ユキの前だからって良い子ちゃんぶらなくても良いわよ。アンタだって言ってたじゃない幽霊だ、妖怪だってさ」

「いや、それはさ。周りがそういう空気だったから、ね? 違うんだよ。ユキ。別に私がそう思ってたとかじゃなくて」

「分かってますよ」


ニッコリと笑いながら、何となく事情を察する。

そう。ユキちゃんこと、私は察しが良いのだ。

つまりは、あの子は虐められていたという事なのだろう。

ふむふむ。

でも、なんでだろ。

暗いから? 地味だから? 話が合わないから?

いや、それなら私だって似たような物だ。

でも、二人が私を虐める様な気配はない。


「ユキ」

「はい。何でしょうか」

「アレは止めときなさい。アンタは多分目付けられるから」

「めをつけられる?」


どういう意味だろう。

分からないまま、もう一度聞こうかと思ってたんだけど、その問いは驚きに目を見開く二人によって遮られた。


「ねぇ」

「っ!?」

「私の話。してたよね?」

「してないわよ。向こう行ってなさいよ」

東条とうじょうさん。私に興味あったんだ」

「だから無いって言ってるでしょ! ユキはアンタなんかに興味無いわよ!」

「ふぅん。そう。まぁ良いけどね。じゃあ、また。今度は二人で話そうね。ユキちゃん」

「二度と来んな!」


美紀ちゃんは持っていたお茶のペットボトルを投げそうな勢いで山岸さんを怒鳴りつけた後、怒りを滲ませたまま椅子に座ってお茶を飲むのだった。

その日は微妙な空気のままお昼を食べ終えて学校から帰り、一日が終わった。


しかし、事件は早速次の日に起こった。


「あれ? 無い……?」

「どしたの。ユキ」

「いや、リップ忘れてきちゃったみたいで」

「はー。ユキもドジね。予備あるからあげるわ」

「え!? でも、悪いですよ」

「良いの良いの。その代わり、今度何か奢って貰うから」

「それなら、分かりました!」


それから、毎日……という訳ではないけれど、消しゴムやシャーペン、キーホルダーと小物が少しずつ無くなっていった。

理由も分からず、意味も分からず、私はこれがただの忘れ物や落とし物では無いと何となく察していたのだった。

そして、その犯人はそれほどせずに見つかった。


そう。私が無くしたと思っていた物を全て持った人が私の前に現れたからだ。


「おはよう。ユキちゃん」

「あ、おはようございます」

「これ、返すね」

「え? あっ! これ!!」


何でもない様に言いながら私の机の上に置かれた数々の品に、私は驚き声を上げた。

そして、何も悪い事などしていないとばかりに笑っている山岸さんを見上げる。

頭がまるで追いついていなかった。


「同じ奴探すのに時間掛かっちゃって、長く借りててゴメンね」

「え? いや、借りててって」

「そう。全然知らないメーカーばっかりだったからさ。ビックリしちゃった。お父さんが買ってくれたの?」

「それは」

「でもそれはないかぁ。ユキちゃんお父さんとはあんまり仲良く無いんだもんね」

「っ」


クスクスと楽しそうに笑う山岸さんに私は完全に言葉をなくしてしまった。

何を言えば良いのか分からない。

ただ……微かに零れた言葉だけが山岸さんに拾われる。


「どうして」

「ふふ。私ね。優しい子が好きなの」

「……」

「クラスの端っこで、独りぼっちで、お弁当じゃなくて菓子パンを食べてる様な子を見つけて、気にしてくれる子がね。好きなの」


私の手を取りながら笑う山岸さんは、笑っているのに、酷く怖い物に見えた。

ドキドキと心臓が高鳴って行くのを感じる。

嬉しさとは違う感情で。


「ユキちゃん。私ね。ユキちゃんの事なら何でも分かってあげられるよ? だから……」

「ユキ!!」

「……っ」

「アンタ。ユキには近づくなって言ったでしょ」

「別に、貴女には関係ないと思うんだけど」

「関係あるわよ。私はユキの友達なんだから」

「チッ……ウザイなぁ」


その言葉に、先ほどまで笑顔を浮かべていた山岸さんはイライラとした顔で親指の爪を噛みながら、美紀ちゃんを睨みつける。

そして、その日は美紀ちゃんと山岸さんが睨み合う形で話は終わり、私はなるべく美紀ちゃんたちと一緒に居た方が良いと言われ、そうしていたのだけれど……。


それから一ヵ月程経って、また事件が起こった。

でも、今度は物が無くなるなんて物じゃない。

美紀ちゃんが、階段の上から突き落とされたのだ。


「美紀ちゃん!」

「っ! あっぶな!?」

「……よ、良かった」


運が良かったのか。

美紀ちゃんの運動神経が良かったのか。

助かった理由は分からないけれど、美紀ちゃんは汗を沢山出しながら手すりにしがみついて、何とか落ちない様に耐えていた。

その姿に私はホッとため息を吐くのだった。


しかし、そんな風に落ちついた心が、急に腕を掴まれた事でまた飛び跳ねる。


「っ!」

「あーあ。ざんねーん。惜しかったな」

「……山岸、さん?」

「せっかく邪魔者が消えてユキちゃんのお友達になれると思ってたのにな」


当たり前の様に。

ごく普通の事を語る様に呟く山岸さんに、私は言葉も出せないままパクパクと口を開いて閉じた。


そして、笑みを浮かべながら美紀ちゃんを見下ろす姿に、咲ちゃんの言っていた妖怪という言葉を思い出し、想像してしまうのだった。

人の中に入り込んで、気が付いたらその場所を奪ってしまう……そんな妖怪の姿を。

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