あずあずメロンパン(@azuki__melon)


 メロンパンの腹をほじくりだしている。メロンパンの腹は、表面の色こそしおらしく小麦らしい茶色をしているが、触れば実際はスカスカで、パサパサしている。ほじくりだしたハラワタは夕暮れの風に乗れずにポロポロと地面に落ちる。

 丹念にパンくずを取り除くと、メロンパンの甲羅は空気を抱えるクッキーに成り果てる。今日も陽奈ひなはメロンパンとクッキーの境目を見逃してしまったようだ。陽奈はメロンパンのクッキー部分が好きなのであって、メロンパンの抜け殻には興味がなかった。

 ベランダの手摺にもたれかかって予備のメロンパンを取り出したところで、階下から陽奈を呼ぶ声が聞こえた。


「ひなっちー! 遅れてごめーん! 出がけにめっちゃ良い小豆が入っちゃってさ〜! みてよコレ!!! ツヤツヤ! 粒揃い!!! 丹波大納言!!! これは研ぐしかないっしょ!!!」



「よかったね、あずさちゃん」

「ひなっちもたまには違うメロンパンにすれば? チョコチップ入りのとか、楕円のヤツとか、テンション上がるって!」

「それは邪道じゃん」

「そーゆーこだわるトコ、アタシのダチって感じー」


 小豆研ぎのあずさは満面のドヤ顔で持っていたざるを見せてくれた。濃い紫の小豆がぎっしりと入っていた。

 あずさとは、陽奈が「夜な夜なメロンパンのパンをほじくる妖怪」だと勘違いされたのがきっかけで仲良くなった。

 上京したもののイマイチ学校に馴染めずにいる陽奈にとって、きらきらして元気いっぱいなあずさは唯一の友人だった。陽奈は人間で、あずさは妖怪だけど。


「はやく部屋にあがっておいでよ。今日もやるんでしょ?」

「モチ! 配信のために生きてんのよ、こちとら!」


 ジャッジャッジャッジャッ。

 もふ……、ぶち……、もふ……、ぶち……。

 ザラザラー、ザラザラー。ショキショキザザーン。


 一人暮らしの狭い部屋に小豆を研ぐ音がリズミカルに響く。

 メロンパンを毟るかすかな音が良いアクセントになっている、とはあずさの談だ。


 妖怪の感性はよくわからないけど、一緒に何かをしているだけで陽奈はとても満たされていた。

 それをTiqToqにアップしていたらいつの間にかフォロワーが増えて、陽奈とあずさのアカウントはASMRアカウントとしてちょっとした有名人になっていた。




 そんなある日、今日も二人で楽しく配信しようとしたところ。


「ログインできない……!?」

「エッ! なんで!?」

「アカウントもパスワードも間違ってないのに」

「どうしよ、今日配信予定って言っちゃったよ! トラブルですってお知らせ……嘘、こっちも入れない!」


 あれこれ試すものの、どうにもならない。

 しかもどういうわけか二人のアカウントは時間通りに配信を始めていた。


「……アカウントが乗っ取られたんだ」


 ザァ……と陽奈の顔から血の気が引いた。

 申し訳なくてあずさを見る。可愛い顔を台無しにしてスマホを睨みつけていた。


「何よこの配信! 小豆の研ぎ方がなってない! 小豆を研ぐときにネイルなんてして! メロンパンの音も入ってないじゃないし! ありえない!」

「あずさちゃん、」

「キツネだってもうすこし真面目に化けるわよ! フォロワーも『なんだか今日音のキレがないね』『狂気が足りてない』『迷いを感じる、悩み聞こうか?』だって! やっぱわかる人にはわかるのよ! 心意気ってやつが!」

「あずさちゃん、お、落ち着いて」


 あずさが謎の角度から怒るので、陽奈は一周回って冷静になってあずさの袖を引いた。


「……ごめん、ひなっちだって激オコだよね。アタシばっかり怒っちゃってごめん」

「それは良いんだけど、これからどうしよう? 通報はしたけど……」


 二人の遊び場を土足で荒らされてしまって、陽奈の眉は下がりに下がっていた。

 乗っ取られたことを証明するのは難しく、たいていは新しくアカウントを作るしかない。

 それは今までの楽しかった記憶を捨ててしまうような気がして、気が進まなかった。


「乗っ取り返すに決まってるでしょ。アタシ、妖怪だもの、乗っ取るの得意よ。でも、さすがに小豆を研ぐほどじゃない。相手がわからないと……。顔を見ればイッパツなのに!」


 歯噛みするあずさの横でじっと配信画面を見つめて、陽奈は気づいた。


「この画面の端に映ってるの、購買のメロンパンだ」

「え? ひなっちがいつも毟ってる?」

「違うメロンパン。ほら、パッケージ見て。うちの高校の購買は近所のパン屋さんから仕入れてて、それは個包装になるの。店名が個性的だから、間違いないと思う」


 パソッカというパンに一ミリも関係ない店名で、メロンパンだろうがチョココロネだろうがピーナッツ柄の袋に入れるセンスが他にもあったらびっくりだ。

 ググってみたら、やはりヒットしたのは陽奈の高校近くのパン屋だけだった。


「じゃあ、ひなっちの学校でこのツメの甘いのアンチクショウを探そう!」

「……あずさちゃんも、うちの学校に来るの? どうやって?」


 あずさは妖怪ではあるけど、霊感がなくても見えるタイプだ。ぱっと見はただの女子高生に見えるくらい。

 制服を着れば学校に紛れこめるだろうけれど、あいにく予備の冬服はなかった。


「ひなっちに憑いて行く! 取り憑くってやつ?」

「あずさちゃん、そんなこともできるんだ」

「アタシ器用だから。見てて」


 そう言うとあずさの姿が消えて、胸にドンッという衝撃が走る。


(テステステス。アタシあずさ、今ひなっちの中にいるの)


 体の中からあずさの声が元気に響いた。


(どう? これなら一緒に学校に行けるっしょ)


「すごい」


(でもでも、小豆を一掴み、肌身離さず持っててね。近くに小豆があると取り憑くのが安定するんだ)


 陽奈は迷いつつ、結局のところ鞄に入るだけのあずきとメロンパンを入れた。



 ◇


 登校してすぐ、二人はアカウントの乗っ取り犯を見つけた。


(アイツだわ! あの派手女よ! 性格の悪さが顔に出たブス!)


 あずさに誘導された陽奈の視線の先には、声の大きい女子──三船がいた。たしかに配信画面で見た爪と同じ色の爪をしている。

 いつもクラスの真ん中で誰かを的にきゃらきゃらと笑っていて、陽奈は苦手だった。

 めずらしく一人だ。話しかけるなら、取り巻きのいない今しかない。

 陽奈はあずさとの思い出を取り返したい一心で、一歩踏み出した。


「あの、三船さん。ちょっといい、かな」

「何の用?」


 冷たいまなざしが陽奈をなぞる。

「ひなっち、がんばれ!」という応援に押されて、陽奈はきゅっとこわばった口を動かした。


「私のアカウント、返してください」

「はあ?」


 あまりの低い声に陽奈はもう帰りたくなった。

 気持ちに反して、口が勝手に動いた。


とぼけようったってそうはいかないんだから。アタシたちが羨ましくてアカウントを乗っ取ったんでしょ。こっちは全部知ってんの。さっさと返しな、この泥棒!』


 あずさの声が自分の声になっていく。

 あずさが陽奈と同じく、あの二人の配信アカウントを大切にしてくれていたことが、直に体に伝わってくる。

 同じ気持ちの友達がいる、それだけで陽奈は無敵になれた。あずさの怒りが、陽奈を燃やしていた。


「『大事なアカウントなの。返して!』」


 あずさの剣幕は、三船には急に陽奈の様子が変わったように見えただろう。


「小豆を研ぐだけの地味で意味わかんないアカウントを、なんでアタシが乗っ取らなくちゃいけないのよ」


 三船はそう苛立たしげに吐き捨てた。

 そして「しまった」という顔をする。


「私、小豆を研ぐアカウント、なんて言ってないけど」

『語るに落ちたわね。アンタにも小豆を研ぐ楽しさをわからせてあげる!』


 伸ばした手の先から、あずさがスウッと抜けていく。


「い、いやあああ! 来ないで!」


 三船が何かの気配を感じ取ったのか、ぎゅっと目を瞑って腕をクロスする。

 しばらく固まったと思ったら、にぱっと見慣れた笑顔に変わった。


「乗っ取り大成功! すぐにメアドとパスワードを元に戻すから、ひなっちの方で新しいのに変えて!」

「わ、わかった」


 急いでアカウントの再設定をする。

 見慣れた画面にようやく辿りつけて、陽奈はホッと息を吐いた。


「ね、ね、上手くいった記念に配信しようよ」

「そうしよう! でもあずさちゃんが三船さんから出たらね」


 二人のアカウントからは、今日も小豆を研ぐ音とメロンパンをほじる音が、楽しげに流れている。

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