引退した元サンタが誘拐された家族を救うために、人身売買組織を潰す話
神薙 羅滅
プロローグ
第1話 ホリデイ・トリッパー
上下にガタガタと揺らし、砂塵を巻き上げながら荒野を走る、キャンピングカーの助手席に座るリュウは、運転席にいる妻のスウトと、後部座席で眠っている娘のフウリの寝息をBGMにしながら、物思いに耽っていた。
この時期になると毎年、リュウはスウトと出会った夜を思い出す。
「どうした? ぼんやりして」
黄昏ているリュウを心配して、車を運転しているスウトは、後部座席で眠るフウリを起こさないよう小声で彼女に話かけた。
「思い出してたの。スウトと出会った日のことを」
「ああ、もうそんな時期か」
リュウがスウトと出会ったのは、5年前のクリスマスイブの夜だった。リュウはこの荒野がある大陸から海を超えた先にある、とある町の町長の娘だった。生活に不自由したことはなく、お嬢様と言っても良かった。
だが、恵まれた生活環境とは対照的に、リュウの親はあまり良い親ではなかった。
当時高校生で世間に疎かったリュウには、両親がどうやって権力を維持しているのかわからなかったが、危ない組織から金を受け取り、事件を隠蔽したり、闇の組織に都合のいい町令を通していることだけは理解できた。
そんな腐敗した家と町に嫌気が差して、5年前のクリスマスイブの夜、リュウは家出をした。
しかし、世間知らずのお嬢様の家出がうまくいくはずがなく、持てるだけのお小遣いを持ち出したものの、運悪くホワイトクリスマスだったため、家を出てから僅か二時間後には途方に暮れることになった。
行く当てなどあるはずもなく。仮に今日明日を乗り切る算段があったとしても、これから先の人生をどう生きていくかという当てもない。
若さに任せて無謀なことをしたと反省し、恥知らずにも家に帰ろうとした瞬間、リュウの目の前に、頭上から年上の女性が落下してきた。
突然の出来事に困惑しつつ、リュウはその女性にどうして落ちてきたのかと尋ねた。すると、家を飛び移ろうとしたら、屋根に積もった雪に足を取られ、滑り落ちてしまったと言うのだ。
その話を聞いて、リュウはスウトに「サンタさんのまねごと?」と聞いたら、「そんなところだ」とリュウは答えた。
面白い人だと思ったリュウは、スウトとクリスマスイブの夜を共に過ごすことにした。
詳しく話を聞くと、スウトはいまのいままで所属していた会社の環境が劣悪で、嫌気が差して抜け出したはいいものの、追われる身で行く当てがないとのことだった。
リュウは腐った実家。スウトは腐った職場。逃げ出したい気持ちでいっぱいだけど、向かう先がない二人は、お互いの存在を向かう先にすることにした。
リュウのお小遣いと、スウトの蓄えを合体させ、車を買って、二人は世界中を旅して回った。お金がなくったら、見知らぬ土地で仕事を探して、力を合わせて生きた。
そして3年前、二人の間に娘のフウリが生まれた。3歳になったフウリの将来を考えると、そろそろどこかに腰を落ち着けたいというのがリュウとスウトの本音だったが、気ままな三人旅への名残惜しさもあって、互いに大切な話ができないまま、今日に至っていた。
「クリスマスイブは……明日か。せっかくだから、次の町でクリスマスのお祝いでもするか?」
「いいね、それ。わたしたちの記念日だし、フウリにもクリスマス気分を味合わせてあげたいし」
「なら、決まりだな」
スウトは表情が豊かな方ではないが、長い付き合いのリュウには、彼女が嬉しそうにしていることがわかった。
落ち着いた印象のスウトだが、クリスマスを目前にすると、子どものようにテンションが上がる。口では「もうそんな時期か」なんて言っているが、誰よりもクリスマスを意識しているのは、決まってスウトだ。
思い返してみると、最近のスウトは落ち着きがなかった。
「ずっと気になってたんだけどさ……スウトは、クリスマスに私と出会った以上の思い入れがあるの?」
リュウはなんとなく気になっていて、聞けないでいたことをついに口にした。いまさら嫉妬などしないが、それでもリュウと出会う前のクリスマスに特別な思い出があったら、なんだかイヤだなという気持ちがあって、聞くことができなかった。
「心配しなくても、リュウが気にしているようなことはない」
「もしかして、サンタさんにでも憧れてた?」
「……二人のサンタさんになれたらとは、ずっと思ってる」
リュウにしてみたら、季節にあやかって、ちょっとからかったつもりだったのだが、的を得ていたらしくて、スウトの照れながらの返答に、逆に恥ずかしくなってしまった。
※※※
砂と岩が広がる大地で都市が発展する条件は、一にも二にも水があること。三人が辿り着いたのは、数百キロ離れた山から流れる川と、海の資源で栄えている港町。
とはいっても、この国、ひいてはこの町が位置している緯度の宿命として、乾燥地帯、その上、発展途上国であるため、位置は塗装されておらず、砂と石にところどころ土が混ざっている。
幼い子どもを連れて旅をするには不向きな土地の中で、三人は宿泊できる場所を二時間ほど探し回った。
行きずりの旅をしているリュウたち三人の財布はかなり貧しく、世界的に名の知れた高級ホテルに泊まるのは難しく、民泊や日雇い労働者が世を明かすだけの宿を巡った。しかし、どこも衛生的とは言えず、幼いフウリを連れていくには安全面にも不安があった。
そうした懸命な捜索の果て、町外れにあるホテルのロビーに、リュウたち三人はいた。
フロントには天井に届きそうなほど巨大なクリスマスツリーが飾られており、いよいよ明日に迫ったクリスマス・イブの気分を盛り上げている。
「ひろーい!」
「フウリ! そんなにはしゃぐと迷惑になるからやめなさい!」
言葉に拙さが残るフウリを、リュウは抱き上げる。その日暮らしの車での旅を続ける暮らしは、はしゃぎたい盛りのフウリには窮屈だった。
そのため、一度車の外に出ると、フウリは周囲への迷惑など省みることなく、あちこち全速力で走り回る。
元気な娘の姿を見るのは、リュウとスウトにとっては幸せなことなのだが、叱らないわけにはいかず、いつも複雑な気持ちになってしまう。
「スウト、悪いんだけど受け付けしてきてもらえる? フウリはわたしが見てるから」
「……別のホテルにしないか? ここはなんとなく、気に食わない」
笑顔で手足をブンブン振り回しているフウリを、リュウは肩車しながら、スウトのいつになく険しい表情の意味を考える。
候補として巡った宿泊施設は価格こそよかったが、安全面と清潔さが欠けて却下。その点、このホテルは完璧だった。
クリスマスのサービスということで、格安宿の数倍程度というギリギリ手が出せる価格でありながら、高級ホテルと比較しても遜色ない内装。町外れという立地の悪さを考えても、不自然なほどに好条件。
五階建てという中規模のホテルということもあり、部屋はほとんど埋まっているとのことだった。
「そうは言うけど、ここ以外に良いところなかったでしょ?」
「それでもだ。やめた方がいい」
リュウはスウトがこのホテルを拒絶する理由がわからなかった。車中泊が当たり前の生活なのだから、たまの宿泊くらい綺麗な場所が良い。そして、旅を続けているため、定職を持てない二人にとって、安いに越したことはない。
とはいえ、当てもなく世界中を巡っているということは、必然治安が悪い地域に足を踏み入れざるを得ないこともある。
そうした時、スウトの直感は頼りになった。お嬢様だったリュウは、知識こそあるが、危険な場所を嗅ぎ分ける生の感覚が欠けている。その足りない部分をスウトは持っていた。
スウトはこのホテルの中に入るまでは乗り気だったのだが、フロントに入って周囲を見回した途端に、この反応。
「どこがそんなに気に入らないの?」
「フロントには監視カメラがあるのに、なぜか裏口から階段までの通路にカメラがない。侵入されることを警戒するなら、そこにもつけるべきだ」
「経費の問題じゃない?」
「なら、なんでクリスマスシーズンなのに割引価格なんだ? 普通逆じゃないか?」
「それはそうだけど……スウトは、ここが犯罪に使われてるって言いたいの?」
「そこまでは思ってないよ。ただ……やりやすいなって、思っただけだ」
スウトの言う通り、このホテルには不可解な点がいくつかある。とはいえ、不安を覚えるほどとは思えない。
リュウとしては、スウトが口にした「やりやすい」の意味を聞きたかったのだが、似たようなことを過去に何度も強く追及しているが、答えてくれた試しがなかった。
リュウはスウトが抜け出してきた職場が、真っ当でなかったのだろうと察していた。スウトは会社と言っていたが、実際は組織だったのだろう。
「やりやすい」の意味を答えると、そこでスウトが何をしていたのかバレてしまう。
仮にスウトが以前、犯罪組織に属していたと告白されても、リュウは彼女を見損なったりしない。出会ってからの五年で、スウトがそんなことをする人ではないと知っているから。
とはいえ、最愛の人から失望されることはないとわかりきっていても、話したくないという気持ちはわかる。リュウだって、両親が行っていた後ろ暗い行いをなんとなく知っていたが、それを見て見ぬふりをすることに耐えられなくなって、家出をした。
リュウがスウトに、目をつぶった親の非道な行いを全て告白できるかというと、躊躇うものがある。お互い長い時間を共に過ごして、言葉にしなくても伝わり合ってしまうものがある。
隠し事をしているのではなく、知る必要がないだけ。通常の婦妻よりも、秘密が少し多いだけのこと。
「それじゃ、他のところにしよっか。不安を抱えながらじゃ、休まらないもんね」
リュウはスウトの判断に従うことにした。実際、この辺りは……というより、この国自体、お世辞にも治安が良いとは言えない。そんな土地で、裏社会の経験があると思われるスウトが抵抗感を覚えるのだから、避けた方が無難。
「お母さん、わたしここがいい!」
リュウが考え直したら、肩に乗っているフウリが自分の意思を主張した。
「……いや、確かにリュウの言う通り気にしすぎだったかもしれないな。夜は私も一緒にいるわけだしな」
スウトはリュウ以上にフウリに弱く、一瞬で手のひらを返した。
「……本当にいいの?」
「ああ。私だって、綺麗な方がいいしな」
「ここにとまれるの? やったー!」
「フウリ! そんなに動いたら危ないから!」
フウリは一目見た瞬間から、このホテルを気に入っていたため、ここに泊まれると聞いて大喜びしている。
その一方で、リュウはちょっとだけ不安だった。スウトの直感は確実ではない。心配が杞憂に終わったことも多々ある。だが、杞憂で終わらなかったことも少しはある。
スウトは最終的に問題ないと結論を出したが、一度は不安を。それも強く主張したという事実は消えない。
スウトの判断を信用しているから、悪いことが起こらないことは確実。だけど、普段よりは警戒した方がいい。
そもそも、警戒することは世界を旅をする者にとっての常識。治安が良いとされる国であっても警戒を怠るべきではないし、危険とされる国では、たとえ世界的に有名な高級ホテルであったとしても、突然テロの標的にされることさえある。
何かあってからでは手遅れなのだから、注意しすぎるということはない。スウトが言いたいことは、きっとそういうことだったのだろう。
※※※
リュウたち三人が案内されたのは、ホテルの最上階に当たる五階にある、エレベータから最も離れた位置にある部屋だった。
「静かな部屋でよかったね」
「どうかな。私は……いや、言わない約束だったな」
イブの夜となる明日も、このホテルで過ごす予定であるため、二泊する。これでエレベーターの目の前の部屋だと、騒がしくてイヤだなとリュウは思っていた。
それが端の部屋になってよかったと思っていたのだが、スウトは悪いものを感じているらしかった。
「そんなに心配なら、他のホテルにしてもよかったんだよ?」
「……特別ここが嫌ってところがないわけじゃないが、どちらかというと土地の問題だ。まあ、ここまでくると生き方の問題だな」
車と身一つで旅をして、立ち寄った町で生活費を稼ぐ。その性質上、どうしても治安が良くない地域に立ち寄らざるを得ないときがある。
この町はこの国で三番目の規模を誇っているため、見た目はそれなりに整然としている。だが、見かけに騙されるほどリュウたちは愚かではない。
「わー、ひろー!」
「ベッドの上で飛び跳ねたらダメだから!」
フウリのはしゃぎぶりは継続中。日頃窮屈な車暮らしに我慢していることもあって、クイーンサイズのベッドを二つ並べても余裕があるほど巨大な部屋を与えられては、こうなるのも無理はない。
ベッドの上で飛び跳ねたり、マットをトランポリンのようにして、宙返りをしたりとやりたい放題のフウリを、リュウは押さえつけるのに精一杯だった。
「何でこの子は、こんなに元気なの!? 三歳ってこんなに動けないと思うんだけど!? わたしの子育て知識間違ってる!?」
「……私の血の影響だろうな」
「答えになってないって!」
リュウはフウリを羽交い締めにするが、三歳とは思えない力強さで抵抗してくる。そのため、”生き方”の影響で荒事に多少慣れているリュウでも、娘相手ということで全力を出すわけにもいかず、なかなか大人しくさせることができない。
妻と娘が格闘戦を演じている中、肝心のスウトは二人のことを気にかけつつも、窓を開け、周囲の地形を観察している。
これはスウトの恒例行事だった。ホテルや宿に泊まるとき、緊急時にどうやって逃げるかを真っ先に確認してくれる。
そこまで用心しなくてもとリュウは思わなくもないのだが、ホテルの部屋に強盗が押しかけてくるということも珍しくない地域を巡っている以上、気にし過ぎとも一概に言えない。
スウトの備えが役立ったことは幸運なことにこれまで一度もないが、安全面を彼女に一任できるという安心感は確かに存在している。
「私がいない時に何かあったら、この窓から外に出ろ。足場はないし、はしごもないが、窓の縁を掴めば下の階に伝って行ける。二階まで行ったら、追い付かれないために飛び降りろ。その時に怪我をすると思うが、とにかく表通りに逃げて、あとはとにかく安全のことだけ考えてろ。どこにいっても、必ず見つける」
スウトは一体どんな事態を想定しているのだろう。玄関から強盗やテロリストが侵入してきたり。あるいは、火事に気付かず、火の手がホテル中に周り、窓以外に出口がない状況?
詳細を聞いてもスウトは、危機的状況だと判断したら私が言ったように行動しろ、としかいつも答えない。
突然、命の危機に晒された場合、人は冷静に状況を判断できなくなる。ならば、選択肢は少ない方が……いっそ一択の方が行動に移しやすくなる。スウトなりに、ありとあらゆる事態に対処できる安全策ということなのだろう。
「それは前職の経験?」
「その応用の方が近いだろうな」
いつも無表情に近いスウトは、後ろめたさを隠すように、笑みを浮かべている。リュウとスウトは互いに、故郷に”良くないもの”を残しているため、結婚届を出していない。フウリを戸籍無しにするのはさすがにまずいと、大使館でリュウの出身国で登録は済ませたが、身軽でいたかったからそれっきり。
それでも、三人は家族だ。制度上どう扱われるとしても。それはリュウとスウトの間で共有できているはず。
なのにスウトは過去をひた隠しにする。リュウは、さすがにそろそろ良いんじゃないかと思っている。人殺しをしていたと言われても、受け入れる自信がある。だけど、スウトにとってははまだ、”そろそろ”ではないのだろう。
だったら、言えるようになるまで待つ。恋人だと悠長に待ってはいられないかもしれない。だけど、子どもがいるということは、相当気長に待っていられる。それは間違いなく、家族の良いところ。
※※※
「きょうは、ごうかだねー」
ホテルの部屋に並んだ夕食は、普段よりも品数が多かった。
チェックインの後、町に出た三人は、生活費を稼ぐための仕事を探した。フウリが生まれるまでは二人で同時に仕事をしていたが、いまは彼女を一人にしておけないため、どちらか一人が仕事をするようになった。
そのため、収入が実質半分になった。それが三人の生活を苦しくさせていたが、豊かさと引き換えにして得たもの方がずっとずっと多い。
「良いお仕事が見つかったからね」
「運が良かったな」
今回の仕事の担当は、工事現場での作業。力仕事はスウトの担当だった。モデルとしても通用しそうな彼女の容姿からは想像できないほど力があり、どの国、どの都市の現場仕事でも重宝される。
その仕事ぶりは、フウリの高い身体能力が遺伝だと語られても、思わず納得してしまうそうになるほど。
お嬢様であるリュウは教養こそあるが、知識をお金と換金するのはどうしても時間がかかる。行き当たりばったりの旅でまとまったお金を稼ぐとなると、結局肉体労働が強い。
力があるスウトがいなければ、この不安定な三人旅は、とっくの昔に破綻していただろう。もしかしたらその方が、フウリの将来を考えれば、よかったのかもしれない。そんなことを、リュウとスウトの、どちらともなく考えることは少なくなかった。
「明日はもっと豪華になるから、楽しみにしてろ」
「クリスマスだからって張りきっちゃって。怪我しないでね」
「鉄筋が降ってきても、怪我しない」
こんな安心のさせ方があるかとリュウは思いつつ、スウトが怪我をしたところをこれまで一度も見たことがないため、もしかしたら本当にそんなことが起こっても問題ないのかもと思ってしまいそうになる。
「本当に気をつけてね。軽い怪我ならお金で解決できるけど、後遺症が残ったらどうにもならないんだから」
「それを言うなら私の方が心配だ。仕事をしている間、二人のことを守ってやれないんだぞ」
リュウはスウトに心配しすぎだと言いたかったが、あながち過剰とも言い切れない。晩ご飯の買い物をするために、裏通りにある屋台通りに足を踏み入れたところ、強盗に近い万引きを目撃したし、暗がりには明らかに正常ではない蕩けた瞳をした女性の集団が床で呆けていた。
砂漠地帯に位置する国の中で数少ない、海に面している都市であるため発展こそしているが、治安に還元されているわけではない。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。これでも実家で護身術習ってたから。銃とかナイフを持ち出されたら困っちゃうけどさ」
「相手が素手で単独でも、フウリを担いで逃げることだけ考えろっていつも言ってるだろ。本当にわかってるのか?」
「わかってます〜!」
「いちゃいちゃしてないで。はやくたべようよー」
娘にいちゃついていると揶揄されることに、二人はバツの悪さを感じながら、フウリをこれ以上待たせるのは可哀想だと思い、食卓に手を伸ばした。
並んでいるのは屋台で買ってきた、ハーブとスパイスをまぶした状態で丸焼きにした羊の肉にソースをかけた名前が存在するのか怪しい料理。それと、生野菜を刻んだサラダ。
この食事を食べ盛りのフウリが豪華と称するあたりに、普段の生活の貧しさが垣間見える。
「綺麗に食べなきゃダメっていつも言ってるでしょ!」
「だってー、はやくたべたいんだもん!」
ソースを頬につけたフウリが、食事を止められたことに頬を膨らませている。
「子どもなんだから、別にいいんじゃないか」
「そうやって甘やかしたら、後々フウリが苦労するんだよ!?」
「こうやって甘やかせるのも、いまのうちなんじゃないか」
スウトはこういうところがある。子育てというか、子どもという存在に対して、一歩引いているというか、”知っている感”を出してくる。リュウがそうであるように、スウトだって初めての子育てであるはずなのに。
しかし、厄介なことにスウトの言葉には妙な説得力がある。一体子どもの何を知っているのかと思うのだが。
「フウリにやたらと甘くない?」
「リュウと似たようなものだと思うが」
スウトはナイフとフォークを使って、フウリが食べる分のお肉を切り分け、彼女の紙皿に運ぶ。それから、自分の口にもフォークで突き刺した肉を運んでいる。
リュウにしてみれば、スウトのこういうところがフウリを甘やかし過ぎていると感じるのだ。もう三歳なのだから、自分の分くらい自分で切り分けさせるべきだと思うのだが、スウトは当然であるかのようにいつもこうする。
そうやってリュウが小さな意見の相違に不満を蓄積させている間にも、フウリが自分のお皿に盛り付けられたお肉を食べ終えたと同時に、スウトが切り分けたお肉を彼女のお皿に運ぶ。
「だ・か・ら!」
「なんだ? リュウも私に切り分けてほしいのか?」
「それ、本気で言ってる?」
「本気とは?」
「はあ……それじゃ、わたしにももらえる?」
天然というか、価値観が違うというか。スウトとはたまに話が噛み合わない。彼女が意図的に勘所を外しているのか。素でこれなのかは定かではないのだが。
とにかく、リュウにとってスウトへの唯一と言ってもいい不満だった。
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