マリオネット

皐月

第1話 日記・四月二十三日

 俺は友達四人と、十年前に廃墟となっていて、元々は金持ちが住んでいたとされる屋敷へ、所謂、肝試しというやつをしに来ているのだが、正直なところ、俺は非科学的なモノは信じない性質なので、此度の肝試しは、退屈なものでしかなかった。他の三人は心底おびえている様子なのだが、そんなのお構いなしに、俺は先へ先へと進んで行く。夜に来ているので、当たり前だが、室内はとても暗く、懐中電灯の一本で歩いているということもあり、明かりが届かないところに潜む、黒い闇の深さには、流石に少し、俺も肝を冷やしたが、他のやつらほどではなかった。俺にとってはただの探検でしかなかった。

 先ほどまでは。

 他のやつらが別の部屋を探索している最中、俺は一人で、広めの部屋を散策していた。この部屋には古びた大きなベッドがあり、ガラスは割れて、框からは月明りが差し込んでいた。特に何もないことを確認した俺は、颯爽と立ち去ろうとしたのだが、部屋を出る際、端の方に、一冊の本が落ちているのを発見した。部屋をパッと、見渡しただけではわからなさそうな位置にあったため、その存在を発見するのが遅れてしまった。気になった俺は、その本を手に取ろうと、本にかぶっている埃を手ではらい、さて、中身は何かと本を開くと、書かれている文字は全て手書きのようだった。

本ではなく、日記らしかった。

 しかし、それはただの日記ではなかった。いや、実際、ただの日記ではあったのだが、しかし、その内容はただの日記とは思えなかった。

 到底、思えなかった。

 ここにきて、初めて、俺はこの屋敷に来たことを後悔した。


 まりあの日記


 四月二十三日

 私はマリオネットなのでございます。

 この世界で、一つだけの、美しい日本の、マリオネットなのでございます。

 操られ、道化を演じ、傀儡子には決して逆らうことのできない、マリオネットなのでございます。

 おそらく、私が産まれた時から、そうだったのでしょう。自身の思考、行動、感情にさえ、私にしか識別をすることのできない、透明で細い糸が、垂れているのです。それらの糸が、私の意図とは関係なしに、体を、口を、私の全てを動かすのです。この世のどこにも、その糸に抵抗する術を持たないのですから、どうしようもありません。私も、操り糸に対しては、抵抗する手段もなし、その気も起きないので、もう本当に、どうしようもないのです。

 従うしかありません。

たちの悪いことに、その糸は、傀儡子がいないところでも作用し、遠隔で私を操作するのです。どこにいようとも、それらの糸が外れることなんてありません。しかし、私とて、自分で自分をマリオネットなどと、名乗ったことは一度もありません。それどころか、ある人が、私のことを「マリオネットのようで、気色が悪い」と言うまでは、マリオネットなどという言葉さえ、知りませんでしたし、他人から見た時、気色が悪いと思われていることも、知りませんでした。

 そんな私ですから、何も、自身の本心を伝えることは、決してできないのですが、誰に見せるでもない、日記だけは、自身の本心を綴ることができるのでした。しかし、過去にも一度、日記をつけたことがあるのですが、母が部屋の片づけにやってきた時、どうにも、その日記を読んでしまったらしく、その内容を見た母は、私を激しく、叱るのでした。いえ、あれは叱るというより、自身の不満を私で晴らすため、罵っていたと言うべきなのでしょう。けれど、これはいつものことなので、何も気にしていませんし、内容も覚えてもいないのですが、母がこの時、最後に言った言葉だけは忘れられずにいるのでした。

「あなたは私に似て、本当に綺麗なのだから、このようなことを日記に書いてはだめよ。行動も、発言も、所作も、着る服も、表情も、髪も、全て私が教えた通りにするの、そうすれば、将来、あなたはさぞ、私よりも綺麗な人になれるはずよ。綺麗な私になりなさい」

 キレイナワタシ

 私とは、一体、何なのでしょう。

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