第2話 生徒会会議と御曹司の秘密

 放課後、私は幼馴染の二人と一緒に生徒会室へ向かっていた。


 伊織くんは生徒会長で、真くんは副会長である。朝の様子から分かるように学校で大人気者だ。

 一年生の冬から生徒会長と副会長に就任している。

 私はもちろん、それなりに取り巻きはいるけれど人気があるわけではない。生徒会へ入るキャラでもないので、所属していない。


 ただ、今日は私が図書委員長として生徒会に嘆願をしに行く。

 伊織くんは明らかに嬉しそうに私の手を握って歩いている。


「本当にお熱いねぇ、お二人さん」

「婚約者だから、当たり前だろう」

「この世界はわりと、仮面夫婦ってのがあるからね。それに親に決められた同士でしかないんだから、普通は恋人みたいなことなんてしないものじゃないか?」

「それはお前の理想だろう。僕たちは違うんだ」


 伊織くんは真くん相手には砕けた言葉を使って不服そうに言った。

 ある意味、気心が知れた状態というのは彼らみたいなことを言うのだろう。


 伊織くんは私にはまるで王子様のように完璧な部分しか見せてこないので、少し寂しい気がする。

 男女の差もあるだろうし、そこはもう気にしていられない。


 生徒会室へ入ると、ほかの生徒会役員たちが仕事に打ち込んでいた。


「会長。確認していただきたい資料が」

「すまない。今日は、詩織……霧生図書委員長から嘆願がある」

「そうですか。逢瀬ではないのですね」

「いやいや、さすがに僕でも生徒会室で逢瀬はしないよ」


 私は図書委員会で話し合った内容を生徒会へプレゼンした。

 資料を全員に配り終わると、生徒から寄せられた図書の希望や図書館の改装問題で予算が欲しいことを伝えた。


「漫画は、勉学にふさわしくないと思います。一般文芸ならば、置かれていても品位を損なわないと思いますわ」

「この学園の歴史と品位において、サブカルチャー関連の本を置くのは賛同しかねます」

「一部の生徒からの要望です。ですが、一部の生徒から何百通も要望書がありました。いかに漫画が学生にとって実りあるかと要望書に書かれていました。私も直接、話を聞いたりしました」


 漫画を起きたいことを生徒会へプレゼンを始めた。彼らは何も言わずに私の説明を聞いてくれた。


「一部、不適切な内容の本も散見されましたので、それは省かせていただきました。世間的一般的には問題のない作品をピックアップさせていただきました。新たな文化に触れることや流行りのものから刺激を受けることも、学生にとって必要なことであると私は考えています」


 上流階級の子息子女がほとんどを占めるこの学園で、漫画本を置くことは難しいだろう。

 だが、サブカルチャーを嗜好としている私としてもこれは叶えたい。そのために旧校舎の空いている旧図書室に置くという案も出し、図書館の改装と共に考えていきたいことも伝えた。


「別に公序良俗に反しないなら、いいんじゃないかな。ほとんどの生徒は寄り付かない旧校舎でなら、試しに実施してもいいと僕は思っている。学園には古い歴史だけでなく、新しいものを取り入れる柔軟さが必要だと思う」

「そうだな。それに、その管理を図書委員会がしっかりとするなら、別に問題ないと思う」

「会長たちの言う通りですが、もし淫らな本を持ち込む生徒が現れたら」

「それは、私が没収し、永遠にルールを破ったものには返却しません。さらに漫画図書室に関しては、放課後限定とし、存在を広報はせず、知っている者だけが利用できるようにいたします。これでいかがですか?」

「霧生様がそうおっしゃるなら、良いですが。大体、そういう本を持ってくるのは男子生徒。霧生様にもしも、危険があったらどうされるおつもりで?」


「私ですか? 立花様みたいに美人ではないので、狙う方は少ないかと。それにサブカルチャーを推す人は、そのような性犯罪や女子生徒を手にかけたり、暴力的なことをする方は少ないですよ。ニュースなどではそのような方が凶悪事件を起こしていると報道されていることもあると思いますが、そんなのは一部です」


 私が書記の立花さんに笑って見せると、彼女は半信半疑な様子だった。


「たしかに彼女の言う通りだ。誰か、護衛を付ける必要がある」

「いや、そこまでは……それに私が毎日、当番するわけではありません。それに彼らとは話し合いを通じて、仲良くなりましたから」

「仲良く?」

 伊織くんの顔が引きつったように見えた。

 彼の機嫌を損なわないように私は事実を口にした。


「別に、連絡先を交換したというわけではありません。少し、漫画に興味があるもので……教えていただいていただけですから。この話よりも、図書館の改装部分についてお話しましょう。会長」

 図書館の改装する必要があることを説明し、予算を組んでほしいことを嘆願した。

 図書委員長としての嘆願を終えると、私は生徒会室を後にした。


 取り巻きを連れていないため、周りから突き刺さる視線を感じた。

 昇降口で上履きから下靴へ履き替えていたら、声をかけられた。


「あ、霧生さん。どうでしたかな?」

 声をかけてきたのは、漫画図書計画の嘆願書を送ってくれた漫画倶楽部の部員の小田くんである。


「大丈夫だよ。なんとか、説得はしたから」

「そうでしたか。では、学校側に要請する漫画についてリストを作ったので、お話したいのですが」

「いいよ。でも、学校じゃ目立つからな……外の、そうだな……メイド喫茶、行こうよ」

「いいんですかな!? お嬢様のあなたがそんな場所に」

「お嬢様って言っても、家柄が特別いいだけだから。中身は平凡なしがないオタクに過ぎないから」

「ああ、女神!」

「さぁ、さっそく行きましょう」

「ちょっと待って。集合場所を決めて、後で集まろう」


 上流階級の学校でも一定数はオタクがいる。

 家柄がいいオタクばかりだが、私の家柄レベルでオタクというのは珍しいのか、オタサーの姫扱いを受けている。

 知り合いにバレないようにしないと、特に両親にこのことがバレたら自由に出かけられなくなる。


 私は自宅へ帰ると変装して約束の秋葉原の行きつけのメイド喫茶へ向かった。約束のメイド喫茶へ入ると、オタクくんたちが待っていた。


「待っていましたぞ、霧生さん」

「ごめんね。ちょっと、人がいなくなるタイミングが難しくてさ」

「大丈夫ですぞ。霧生さんの家はセキュリティが厳しいのは当たり前ですからな」

「今日は私が奢るから。えっと、私はミルクティーとケーキかな」

「いいんですか?」

「大丈夫だよ。お小遣いはたんまりもらってるから。それに、こうやって誰かとオタク談義ができるなんて、夢みたいだから」


 同じ趣味の人間、それも同じ学校の人と漫画を語り合える日が来るなんて思わなかった。

 飾らなくて良くて、本来の自分が出せる気がして、今はものすごく楽しい。

 メイドさんに萌え萌えキュンと魔法をかけてもらったり、萌えビームをしてもらった。


 私たちは気持ち悪い顔を浮かべながら漫画のリストアップを話し合った。

「まず、エロ要素はダメだね。私もこの漫画は好きだけど、あの学校では受け入れられない」

「そうですな」

「女子も来ることを予想すると、少女漫画系統も置きたいな。少年漫画はもちろんだけどね」

「まずは、生徒会に認めてもらえるように少年漫画に絞るのはいかがですかな?」

「そうだね。それは賛成だ。会長と副会長はわりと、好意的な意見だよ。私がオタクなことは知らないだろうけど、彼らは柔軟性がある。それより、書記と会計の二人は頭が固いかな。この二人を説得するには、少女漫画でも王道系、少年漫画も真面目な作品、エログロなしが基準になるだろう」


 私たちは小一時間、メイド喫茶にて話し合いへ興じた。

 帰る頃には外が真っ暗になっていた。私は電車に乗って自宅の最寄り駅へ向かった。


 腕時計を見ると、そろそろ夕食時で執事たちに家を抜け出したことがバレると思っていたら、後ろから足音が近づいてくるような気がした。


 平凡な私にストーカーなんて付くはずもないと思い、何度か道を曲がって進路を変えたが、足音が聞こえて来る。

 これは本格的に事件の臭いがする。


「奇声をあげて、威嚇するか? いや、ストーカー(仮)を刺激するのはよくない」  

 と心の中で考えながら、とりあえずは大通りに出るために全力疾走する。


 ストーカーの足音がどんどん近づいて来る。恐怖が押し寄せてきて、頭が混乱してしまい、私は行き止まりで足が止まった。

 徐々に近づいてくる足音に怖くなり、耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。


「どうして、逃げるの? 詩織ちゃあん」

 知らない中年の男が私の前へ立ち、手を伸ばそうとした。


 次の瞬間、大きな蹴りが横切り、その男は地面に伏せていた。


「僕の、婚約者に手を出さないでくれるかな」

 伊織くんが険しい顔と低い声で男を威嚇した。


 男は声をあげながら、伊織くんへ殴りかかる。だが、闘技を極めている彼はその攻撃をいとも簡単に避けた。彼は真顔で男が気絶するまで殴り蹴りを繰り返し、男は意識を失っていた。


「詩織。大丈夫?」

「い、伊織くん……ど、どうして……?」

「どうしてって……詩織の居場所は、いつだってわかるよ」

「だから、それがどうして?」

「好きだからだよ。本当に僕は君のことを愛しているから」


 伊織くんの目には闇が孕んでいるような気がして、笑顔も貼り付けたように見えた。

 怖くなって、後ずさると伊織くんは首をかしげながらも私を優しく抱きしめた。

 彼の腕に包まれた瞬間、不安と恐怖が同時に胸を押し寄せた。温かいはずの抱擁が、どこか冷たく感じられるのはなぜだろう。


「怖かったよね。大丈夫だから、もう詩織を怖い目に遭わせない」

「ち、違う……伊織くん、どうして私の場所がわかったの。誰にも言わずに外に出て来たのに、いつも行かない駅への帰り道なのに」

「あははは……詩織は賢いもんね。わかっちゃうか」

「え?」

「詩織のスマホに、GPSと盗聴器を搭載させてあるんだよ。君は全く気付いてないようだったけれど。それに、僕も秋葉原にいたんだよ。そばで彼らと談笑する君を見ていたんだ」


 GPSと盗聴器をスマホに?

 これは連絡用ではなく、もしもの時用のもので、ゲームをたまにしている端末だ。

 伊織くんは小田くんたちとの会話をそばで聞いていて、私たちの近くに潜んでいた?

 彼が何を考えているかわからなくて、さっきよりも寒気がし、冷や汗が出てきた。


「でも、不快だったなぁ……詩織が僕の知らない一面をあいつらに見せているのが。僕には君の趣味を打ち明けてくれないのに、あいつらには打ち明けて、楽しそうに語っている。ああ、憎い」

「お、小田くんたちに何もしてないよね?」

「まだ、何もしてないね。これからも、危害を加えない限りはしないけど……君の泣き顔ももちろん好きだけど、やっぱり笑顔が一番大好きだから」

 また寒気がした。


 王子様は皮を被っているだけで、彼の本当の姿じではなかった。

 本当は重い愛を私に向けていて、私の行動も把握しいる。すべてを管理しているストーカーだったのだ。


「伊織くん。とりあえず、帰ろうか」

 声を震わせながら、伊織くんに声をかえると彼は笑顔で応じた。


「そうだね。詩織、怪我はない?」


 王子様のような優しい態度が逆に怖くて、頷くしかできなかった。


 彼と一緒に手を繋いで自宅まで帰ってくると、執事たちは大慌てで私を探している

ようだった。

 だが、伊織くんが一緒だということでちょっとしたデートだと思われたみたいだった。


 彼の周りからの信用が厚すぎる。私が彼のストーカー行為を訴えようとも、誰も信じてくれる人はいないと思った。

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