制服女子高生は無敵なのか?

アイデアの女神に溺愛されて夜も眠れない

第1話:成神が信じた道は無敵なのか?

女子高生って、無敵だ。


年下からは尊敬され、年上からは尊重され、異性からは羨望される。


自由な権利を行使しつつ、一切の義務や責任を負わない。


若くて貴重で可愛くて、その上、社会から守って貰える。


その称号はもはや、神聖にして不可侵にして、教皇と国王が揃って雪の中、跪くくらいには強力だと思う。


「ね、先生もそう思わない?」


学校から出された公民の宿題を片付け、ペンで隣に座る講師の脇腹を小突く。もちろん、芯とは反対側で。


不意打ちに、彼の肩がビクッと震える。


「話聞いてた?」


「聞こえてはいましたが独り言かと…ええと」


メガネをカチャカチャと弄りながら、言葉を練っているようだ。


彼は、この個別指導塾の中ではかなりのベテラン講師である。


しかし、そのスラッとしたと言うよりもヒョロっとした姿や、オドオドした態度から、大人としての威厳は微塵も感じられず、一番の雑魚扱いされている。


その結果として、私のような問題児を多く担当させられているのだった、可哀想な人だ。


「そうですね…『無敵』についてはよく分かりませんが、もし無敵の人がいるならば、わざわざ周囲に言いふらさないのではないでしょうか? 毒のある生物が毒々しい色合いをしている理由は、相手を殺したくないからではなく、自分が食われて死にたくないからです。仮に無敵ならば、自己防衛のための無敵アピールは不要なのではないでしょうか」


なるほど、一理ある。


このような不躾かつ唐突かつ突拍子もない質問にも、真摯に応えてくれる。それゆえ、塾内でも信頼されており、人気はあるのだ。


「じゃあ先生がこれまで出会った人の中で、一番無敵な人はどんな人?」


「うーん、難しい質問ですね…少なくとも、生徒には敵いませんね」


「へえ、私みたいな?」


「そうですねぇ。なので、もし授業をボイコットされては打つ手がありません」


「そっか、まあ安心しなよ、私の先生できるのは、先生くらいなもんだからさ」


「それはそれは光栄です、では学校の課題も終わったようですので、カリキュラムを進めましょうか」


「ほーい」


ただ、先生には悪いが、その日から私は重大な課題に取り組むことになってしまい、授業どころでは無かった。


即ち、制服女子高生は無敵なのか?


ーー


「やよー、話聞いてる?」


「え? あ、ごめん、なんだって?」


放課後である。


教室のど真ん中に机を集め、持ち寄りの菓子やら飲み物やらを撒いて、いつものメンバーと話している。


教師も他の生徒も消え、閑散とした教室の支配者だった。もっとも、このクラス内での我々のカーストはクシャトリア、教師を除き、最上位である。個人ならともかく、集まればクーデターも難しくないだろう。


「最近駅前に新しくカフェ出来たじゃん? この後みんなで行かないかって話!」


ああ、そんな話をしていた気がする。


そもそも、私たちの会話のほとんどは、身の回りで起こる些細な事への話だ。


もちろん行く! と、昨日までの私なら即答し、すぐに会話に合流しただろう。当然、そのカフェの知識も仕入れているし、会員登録で得られるクーポンや期間限定メニューなどの有益な情報も持ち合わせているから、合流どころか、話題の本流になることもできる。だが、


「ごめん、今日はパスで」


「習い事?」


「ううん、考え事」


じゃあお先。そう言って私は席を立ち、教室を出た。


ーー


私の通う都立吉祥寺北高校は、地域でも指折りの進学校である。


最寄駅までは徒歩10分ほどと少し離れているが、駅前周辺は中々の繁華街だ。体感で渋谷の半分くらいはある。


今の時間帯は、学生の授業後と社会人の終業前で、相対的に人が少ない。人との衝突の危険なく、思想に没頭できる。


「無敵…無敵…」


ひとまず無敵について考える。パッとイメージされたのは、背中に鬼を背負っているグラップラーやツンツン頭の目隠ししたツラのいい男だ。


いや、身体がゴムになる男や、スーパーなサイヤ人も捨てがたい。


今更ながら、無敵論争など、思考回路が小学生男児並みである。


「ならいっそ、その辺の小学生でも捕まえて聞いてみるか…?」


と、そこで足を止める。ちょうど良い年頃のターゲットを見つけたから。ではない。


「この手があったか」


本屋だ。調べごと、考え事をするのに、思えばこれほど適切な空間もない。


普段立ち寄ることはほとんどないため、少々気恥ずかしさを覚えつつ、中に入る。


ーー


さて、困った。知りたいのは無敵という概念についてであるが、当然、『無敵』コーナーはない。


一応蔵書検索もしてみたが、ヒットする件数が多すぎて、まあ当てにならない。そこで、一通り歩き回ってみることにした。


驚いた、本ってこんなに沢山あるんだ。


普段はせいぜい参考書コーナーとか、話題に追いつくために雑誌コーナーや漫画コーナーに立ち寄る程度だ。


さて、無敵とタイトルに付く本をざっと見てみた。プロアスリート、有名な起業家、芸能人、アイドル、歴史上の偉人、思考法などなど…ジャンルも何も多岐にわたる。


結果として、混乱した。そもそも無敵とは? という、結局哲学的な問いに回帰してしまう。


私にはまだ本屋は早かったようだ。今日のところは、分からないということが分かったということだけで、撤退するとしよう。


「ん…成神?」


踵を返す直前、視界の端に、見慣れた顔を見つけた。


同じ学校、同じ制服、そして同じクラスの、成神天華だ。


彼女について知ってるのは、その大層な響きの名前と、月一の全校朝礼で毎回何かしら表彰されていること、(先月は川で溺れかけた人を助けたとか…この寒い中)、東大を目指していること、そして、学校一の変わり者であることだ。


成神は一人だった。思えば教室でも、誰かと一緒にいる所を見たことがない。なので、彼女がこうして一人でいること自体には、何も疑問も問題もない。


問題なのは、彼女が今まさに、本屋の最奥の『R18』と書かれたのれんをくぐろうとしている事だった。


「ちょちょちょ! 成神!?」


それは別に構わない。超人のような彼女が、いささか特殊か過剰な欲を抱えていても、むしろ納得というか、世界の均衡が取れている気がする。


ただ、着替えて出直してくれ。その制服は、ブランドに関わる。我が校のイメージが低下する。我が校の女子高生は、清楚・清純を売りにしているのだ。


「おお、如月八良、奇遇だな」


彼女は人をフルネームで呼ぶ。その徹底ぶりは先輩はおろか、教師にまで適応される。


私はあまり呼ばれたくない。『きさらぎやよい』直訳すると『二月三月』になるからだ。


「同じ学校で奇遇さは少ないと思うけど…何、してるの?」


正確には、何、しようとしてたの? だが。


他に同じ制服がいないか周囲を警戒しつつ、彼女に歩みを進める。


「本を探してた。ちょっと、情動について気になってな。というのも、人間は基本的に情動に従って行動しているだろう? 特に男性の思考回路は未知数だ、何が彼らを突き動かすのか知りたいと思って」


「それで、そこに?」


私は理解力はある方だが、理解は出来なかった。


「私がここに入るのは問題か? 先月誕生日を迎えたため、年齢はクリアしている」


彼女は4月2日生まれだった。日本の学校制度では、同学年で一番の先輩となれる。つくづく、神に選ばれた存在だと思う。


「んん…それはそうなんだけど、制服のまま入ると目立つし、イメージが悪くなるし…『そういうコンテンツ』なら、今はネットの方が主流なんじゃないかな?」


全く知らないが多分そうだろう。世界の傾向的に。とにかく、適当な理由をこじつけてでも、彼女をそのコーナー付近から立ち退かせたい。


既に私も恥ずかしい。


果たして彼女は、あっさり引き下がった。(文字通り)


「まあ、欲張るのは良くないな、今日はこの本だけで満足しよう」


そう言って彼女は手に抱えた文庫本サイズの書籍を掲げる。


「何これ…洋書?」


軽く中を見せて貰ったが、全く読めなかった。


侮らないで欲しい。これでも進学校の受験生である。英語程度多少なら読める。


「フロイトだ。勉強も兼ねて、ドイツ語版のを買った」


英語じゃなかった。


規格外の女だ。一般的な受験生が英語の長文読解に悪戦苦闘している間に、あくせくと第二外国語を履修していらっしゃるとは。


多分彼女は目の前の受験はおろか、大学生活どころか、その先の先、人類の行く末さえ案じていても不思議じゃない。そう感じる。


「じゃあ、私はこれでお先に失礼する」


本が手元に戻るなり、彼女は迷いなくレジに直行する。


「あ、待って…この後時間ある? ちょっと話さない?」


図らずもナンパのような口調になってしまったが、私は彼女を引き留めた。


私の方がびっくりしていた。思わずの行動だった。


彼女とは同じクラスであり、しかも都合よくいつも1人だ。話そうと思えばいつでも話せる。けれど、この機会を逃すと、接点のないまま卒業を迎えてしまう、そんな予感がした。


流石に一緒に東大に行く学力も、目指す度胸も持ち合わせていない。


「時間はある。しかし、一刻も早く帰ってこの本を読みたいのだが」


「お願い! ちょっとだけだから…その、情動? についても知りたいし!」


自分でも、なぜこんなにも必死になっているのか分からない。これが彼女の言う情動なのだとしたら、知りたいと言うのは嘘じゃない。


そんな私の様子に興味を抱いたのか、


「なるほど、今は如月八良と話したほうが有意義なようだ、承知した。とりあえずこの本を買ってくるからしばらく待っていてくれ。そうだ、近くに最近できたカフェがあるらしい、そこへ行こう」


「ありがとう、あと私、名前をフルネームで呼ばれるのが好きじゃなくて、や…如月でいいよ」


「分かった、八良」


彼女はどこまでも分かっているようだった。


ーー


さて、カフェに付き、注文を終えるなり、何の前置きもなく、彼女は話し始めた。水を飲む暇もない、息を呑むほどの、立て板に水の饒舌だった。


大学レベルの心理学の講義を丸々一本受けてしまった。


それでも心理学。興味がある身近な分野で良かった。多分彼女はこのテンションで、偏微分方程式についても語れてしまうのだろうという、嫌な安心感がある。


「さて、このくらいで十分かな?」


「うん?」


脳への栄養補給のため、ガムシロップが3パック投入された激甘コーヒーを飲みつつ、講義中で最も適当な相槌を打ってしまう。


「八良が『知りたい』と言ったから、私に教えられることを全てできる限り短い時間で過不足なく伝えたつもりだったが…不満だったか?」


「あ、いやいや!? とっても分かりやすかったよ、ありがとう」


慌てて背筋を伸ばし、姿勢を正す。


なんと、彼女はただ話したかったから話したのではなく、全て私のためだけに、話してくれていたとは。


寝ないで良かった。本当に。


「そうか、それなら良かった」


そう言って彼女は、すっかり冷め切ったカモミールティーに口をつける。なんだそのオシャレなドリンクは。


さて、しばらく圧倒されてしまったが、ふと、今朝からの疑問が浮かぶ。そもそも、これを知りたくて本屋にいたのだし、これを聞きたくて、彼女をナンパに連れ出したのだ。


こんな彼女なら、なんと答えるのだろう?


「成神はさ、『無敵』って、なんだと思う?」


「無敵か」


せめて前置きとか説明をするべきかと遅ればせながら気づいたが、彼女には不要だったようだ。即座に私の質問の意図を理解したのか、持論を展開する。


「文字通りの意味なら『敵無し』ということになるな。そのためには、常に勝つか、あるいは一切戦わないか。地球のエコシステム内で考えるならば、人類は現在の生物種の中では既に『無敵』と言える。ただし、疫病や自然災害には勝てない。ならばいっそ、熱水噴出孔に生息するバクテリアや、極限環境でも生き延びるクマムシなどが真の『無敵』と言えるかもしれない。もっとも、彼らとて寿命には勝てないが、、、」


なるほど、どうやら彼女は考えるスケールが、並の人類とは違うらしい。


聞く相手が悪いのではない、私の質問の仕方が悪かった。


「じゃあさ、無敵の人だったら、どんな人を思い浮かべる?」


「難しい質問だが、強いて言えば…老子かな」


「ろーし?」


誰? 人なのか?


「そう、その素性は未だ謎で、創作された存在かもしれないが、一応古代中国の思想家だ。こんな言葉を残している『夫れ唯だ争わず、故に尤無し』」


「日本語でok」


「『争うことがないから、咎められることもない』。つまりは、敵を作らない生き方のことだな。『水のように』とも形容される。誰よりも下にいて、誰にでも恵みを与える、そんな人であれば、誰の敵にもならないだろう?」


それは、私にはない『無敵』の概念だった。しかし、確かに、そんな考え方もできる。


「っと、少々長居しすぎたな、そろそろ行こうか」


気づけば、店の外に長蛇の列ができていた。私は最後の一口、激甘コーヒーを飲み干し、席を立つ。


やっぱり成神は凄い。はんの1〜2時間話しただけなのに、人生の攻略法を教えてもらったような、自らの小ささと世界の大きさを教えてもらったような、そんな気分にさせてくれる。これまで関わってこなかったことが悔やまれる。


「私は、成神みたいな人が無敵だと思うよ」


「そうか、でも私のような人間は、敵も多いものだ。見えず、戦えず、勝てない…そんな敵が」


「え? それってどういう…」


この話を続けるつもりは無いようだ。彼女は伝票を持ってさっさとレジに向かってしまった。


「ごめん、私払うよ」


「いや、構わない、株主優待があるんだ」


「株主なの…? このカフェの系列って、外資系じゃない?」


「一般的な取引アプリであれば、米国株ならほとんど買える、まあ私は海外の取引アプリを使っているから関係ないがな。日本のに比べて、断然銘柄は多いし手数料も安い、おすすめだ…ところで、彼女たちへの挨拶はいいのか? よく話していたと記憶しているが」


「え?」


彼女に促されて店の奥の座席を見る。いた。2時間ほど前に教室話していた、いつものメンツだ。


できてすぐのカフェ。店選びから、彼女たちの存在まで、どうして気づかなかったんだろうか。


目が合う、向こうも確実に気付いている、ただ、合わせる顔がない。


「…いい、行こ、明日また話せるから」


「そうか」


彼女の手を引くように、あるいは盾にするように、店を出た。


ーー


駅まで無言で並んで歩く。彼女は間を繋ぐためだけの、無駄な世間話をするタイプではない。


ほんの数分の間だったが、終始無言だった。


私からも話題を振ることはなかった。しかし不思議と居心地は悪くなかった。


「それじゃあ、私はここで失礼する」


「うん、また学校で…」


「おっと、忘れるところだった、これを八良にプレゼントしよう」


「え?」


彼女はそう言って、本屋の紙袋に包まれた物を私に手渡す。


「何かの参考になれば幸いだ、それじゃ」


「え? ちょっと…」


カフェを奢られ、プレゼントまで貰ってしまうとは。お礼を言う間も無く、彼女は改札を抜けて行ってしまった。


しばし立ち尽くしていたが、明日になったらちゃんとお礼を言おうと思い、私も帰路に着く。


その前に、どうしても気になり、そのプレゼントを開けて見る。


それは、おそらく子供向けの、絵本サイズの図鑑だった。タイトルは、


『最強!! 無敵生物列伝』


バクテリアから恐竜まで、多種多様な生物について、その無敵さが大真面目に考察されていた。見た目はアレだが、親や教育機関からのクレームが入らないように、複数名の、生物系の大学教授が監修に入っている、極めて真面目な本であった。


なお、人間のカテゴリーには吉田沙保里がいた。真に賢い人間には、ユーモアがあるものだ。

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